前回のあらすじ
邪神が気軽に過ぎる件。
やっぱり極端に効きが強い奴より、弱いやつで体調と相談しながら使ってくのがいいわよね。その方が調整しやすいし。
あたしが月のものの薬を買いこんで、リリオが碌でもない買い物を済ませている間に、ウルウはなんとお布施を納めていた。しかも結構な額。
「あんたそんなに信心深かったっけ」
「厄払いだよ」
短く返したウルウは、苦々しい顔だ。なんか嫌なことでもあったんだろうか。
まあ嫌なことがなかった日の方がウルウにとっては珍しいかもしれないけど。
気を紛らわすようにしてあたしの買い物を覗き込んでくるから、ウルウにも薬をすすめてやる。ウルウはあんまり重い方じゃないけど、でもやっぱりあるとないとじゃだいぶ違う。
そこそこ値が張るし、かさばるし、常備できる訳じゃないけど、ある時はやっぱり安心できるわよね。
それに買える場所も限られてて、ヴォーストやハヴェノじゃ、境界の神の神殿があんまり大きくないから、医の神の神殿とかで買わないといけないのよね。そっちだと効きはいいんだけどもっと高いし、やっぱり慣れてる方が落ち着くわ。
ウルウも疑わしそうにしながらいくつか買ってみるようだった。
境界の神の屋台では、そう言った実用的な品の他には、お遊び系のものが結構あったりもする。
一時的に性別をかえる薬は、子供を授かることはできない完全にお遊び用だし、髪の色や量を買えるものもある。そういったものは当たり外れも大きいから、買うこと自体が博打めいてる。もちろん、その原理は不明だから、慎重な人は買わない。度胸試しに買っていく人はいる。
「はかると身長が変わる巻き尺……伸びる方向で? 縮む方向で?」
「それも博打よね。しかもどれくらいって言うのがわかんないし」
「……これ、ちゃんと戻るやつ?」
「戻るわよ。ほとんどの場合は」
「普通はその注釈いらないんだよなあ」
まあ、あたしはそう言うのは買わない。
宴会なんかで買っていって、酔いから冷めてどえらいことになっていたっていう笑い話は良く聞くけど、自分がそういう目に遭うかもってなると笑えない。解呪……いえいえ、ご加護を改めていただくためのお布施は、そういう道具を買った時の何倍もするから、まったくいい商売だ。
建前としては、ご加護を願いながらも、自分の考え違いからうまくいかなかったから、ご加護を取り消していただくという身勝手になるので、その分、手間もかかるとかなんとか。
よく言うわ。
「マッチポンプだねえ」
「なによそれ」
「自分で火をつけておいて、自分で消してみせる奴」
成程、まったくそれのことね。
ろくでもない道具をあれこれと買ってきたらしいリリオに二人で冷たい視線を投げかけて、リリオが妙な方向に目覚めそうになった頃、慌ただしい足音が聞こえた。
おまけにあたしの名前を呼ぶ声も。もうちょっとこう、おしとやかさってものを学んだ方がいいんじゃないかしら。
人込みを器用にかき分けて、がちゃがちゃとやってきたのは三等武装女中のデゲーロだった。フロントの城門で、あたしたちを出迎えた土蜘蛛の娘ね。相変わらずがちゃつかせてはんかくさいんだから。
「あー! トルンペート! やっと見つけた!」
「ちょっと、リリオもいるのよ」
「おわっ、おぜう様! こりまたすんずれいをば!」
「訛ってる訛ってる」
デゲーロは四本足をかっちゃかっちゃとしばらく彷徨わせながら深呼吸して、心を落ち着けた。
そういうのを現れる前に済ませておけば、もう少し見られる登場だったんだけど。
ようやく落ち着いた呼吸を、結局ふんすふんすと荒い鼻息で台無しにしながら、デゲーロは再度あたしを呼びつけた。
「もう、あんたを探して随分走りまわされたわ!」
「その割には四つ腕がいっぱいだけど」
デゲーロの四本の腕は、温麦酒と串焼きと薄円焼きと林檎飴で埋まってた。
「武装女中を見なかったかって聞きまわったら、なんでか知らないけどおまけに持たされちゃったのよ! 仕方ないじゃない!」
「おつかいの子供だものね」
「おつかいの子供のやつだねえ」
「おつかい上手にできましたね、偉いですよ」
「えへへえ……じゃなくて!」
子供っぽく腕を振り回して、デゲーロは再度、いやいや三度仕切り直した。
「とにかくあんたよ、トルンペート! お呼びがかかってんのよ!」
「ええ? 辺境伯令嬢の侍女を呼びつけるってなによ?」
そりゃああたしは三等武装女中で、あんまり偉くはないけど、それでもリリオのお付きだから、リリオを通さないであたしを呼びつけるってのは道理じゃない。御屋形様や奥様ならともかくだけど、そのお二人も今頃お忙しいだろうし。
なんて小首を傾げたら、デゲーロは今更声を潜めるようにこう言ってきたのだった。
「特等よ、特等! 養成所の特等方が御屋形にいらしてるの!」
「うへえ、特等ゥ? いま冬よ? 雪積もってんのよ? 養成所から御屋形までどうやって来たってのよ」
「走って来たわよ」
「……ほんとにやりそうだから困るわね」
「ほんとだって。特等なんだから」
特等武装女中。
そんな風に呼ばれる武装女中は本当に一握りだ。
御屋形様付きのペルニオ様が御屋形にいる唯一の特等で、残りの数名も武装女中の養成所で後進を育ててるか、帝都で宮廷勤めだ。
一等、二等、三等って並んでいて、その一番上に君臨してる特等は、あたしたち武装女中からすると逆らおうとも思えないおっかない連中なのよね。
三等のあたしだって、下手な騎士に対抗できる。一等や二等ともなれば下手な騎士より強い。じゃあ特等はって言うと、達人とかと比べなきゃ話にもならない。
「なんでまた特等があたしを?」
「私も詳しく聞いてないけど、あんたの昇格試験するって言ってたわよ?」
「なんで?」
「なんでなんでって私に聞いてもわかんないわよ! 私が聞きたいもの!」
まあ確かに、ここでデゲーロを問い詰めたって仕方ない。
仕方ないけど、頭の中ではなんでがいっぱいだ。
普通、武装女中の昇格試験は一等がやる。普通の武装女中の中で一番優秀なのが一等だからだ。
あたしがただの女中から、三等武装女中に認められた時だって、一等が見てくれた。その時だって、他の同期と並んで一緒くたに試験を受けたものだ。
三等から二等も、確か同じだったはずだ。
二等から一等へは推薦があったときだけ数人の一等が試験するらしいけど。
「うーん……まあ、いいわ。わかった。待たせるわけにもいかないし、すぐ戻るわ。あんたはリリオたちを、」
「え、一緒にいきますよ」
「えっ、いやでも」
「私も気になる。試験って何するの?」
デゲーロに代わってもらって、二人には冬至祭市を楽しんでもらおうと思ったのだけれど、どうやらこのお人よしどもはついてくる気満々のようだった。
用語解説
・はかると身長が変わる巻き尺
我々の世界より神様との距離が近い現地ではあるが、ジョークグッズを売りさばくのは境界の神の神殿くらいである。
しかも実害がある類の。
ジョークグッズとは言え本物の神の加護があるものなので笑えない事態になることもしばしばで、そのくせ効果は一回限りだったり不明の回数制限付きだったりと使い捨て前提。
・薄円焼き
蕎麦粉や小麦粉を水で溶き、薄く広げて焼いたもの、
クレープ。甘いものをまくこともあるが、塩気のあるものをまいた軽食としてのものが多い。
・林檎飴
丸のままのリンゴに肉桂などで風味をつけた飴をまとわせたもの。
リンゴ飴。
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