百霊夜行の青年と呪物にされた美少女

彼女の秘密を暴いたら、彼女を救わずにはいられなくなっていた……
相枝静花
相枝静花

第14話 百霊夜行1

公開日時: 2020年11月4日(水) 09:27
更新日時: 2020年12月24日(木) 05:52
文字数:2,374

 翌朝の八時前。

 沙希の部屋からの物音で目覚めた俺は、大きく伸びをして沙希の部屋をノックした。


「沙希? 起きたのか?」


 するとドアの向こうから歩み寄る足音がして、ドアが開かれる。


「悟。おはよう! たった今、起きたところだよ」


 沙希の表情は、とても明るい。それはホッとしたのだが、血のせいで髪が所々ベタついて見える。俺は沙希が気づく前に手を打とうと、わざとひょうきんに髪の話を振った。


「つーかお前、昨夜は風呂に入ってないだろ?」

「へっ?」

「シャワーしてこいよ。髪もなんかベタついてるように見えるぞ」

「うそ、や、やだっ!」


 沙希は、自分のベタベタした髪を触って確認する。


「うそ。なんだか、カピカピになってるような」

「よだれか? よだれが乾いてそうなったのか?」


 問われた沙希は、湯気が出そうなほど真っ赤になり――。


「バス停からここまでかなり歩いたからなぁ。汗もかいただろ」

「き、昨日は、ここへ着いてすぐに日没になっちゃったから」

「もうすぐ朝食が来るぞ。沙希の分も受け取っといてやるから、シャワー浴びてこいよ」

「ありがとう!」


 沙希は、小走りで浴室の方へ走っていく。昨夜は念入りに血をふき取った。だからシャワーのお湯が真っ赤に染まることはないはずだ。首辺りもベタベタしているだろうが、よだれか汗だと言い聞かせてある。きっとバレない。


「おはよう。悟くん」


 横を向くと、門真義さんがそこにいた。門真義さんは昨日と同じ服装で、随分と上機嫌な表情だ。


「おはようございます。沙希は今、シャワーを浴びてます。昨夜はかなり血をふき取ったんですが、髪がベタついて見えたので。浴びるように言ったところなんですよ」

「そうか。沙希さん、血に気づいてしまったかい?」


 俺は首を振り、大丈夫です、と答える。門真義さんは微笑んで、「君がいれば、沙希さんは大丈夫そうだね」と笑った。


「実はこれから、英霊祀えいれいまつりに参加するんだ」

「え。俺らもですか?」


「いや……、未成年は参加できないらしい。昨日の亡くなった村民を英霊として扱って葬儀をやるそうだ。午前中に参列して歩き、正午に火葬、午後は神社に骨を納めるらしい」


「じゃぁ、俺はその間、村を調べますよ。暇ですし」

「本当かい?!」


 目を輝かせた門真義さんは、


「なら、まずは村全体の見取り図が欲しい。それから、鉢合わせにならないように神社を調べて欲しいんだ」


「それは構いませんけど……神社なんてあるんですか? それに調べるって……、一体、なにを」


「絶対にいるはずなんだ。そこに何かいると思うから、それが何なのか調べてくれ。こっちの状況は細かくチャットで伝えるから」


 頷く俺を見た門真義さんは自分の腕時計を見おろすと、


「そろそろだね。行ってくるよ。今日は一日、村民の目がある。日が暮れ、村民の正体やこの集落のことを暴いたら、逃げよう。今日は、日没まで怪しまれないようにしておいてくれ」

「わかりました」


 門真義さんは立ち去ろうとしたが、「あぁ、そうだ」と振り返る。


「沙希さんは呪体じゅたいになったから、もう日没を過ぎても死人にはならないよ。今夜は、絶好の逃げるチャンスだ。それじゃ、作戦はまた夕食のときに」


 俺は門真義さんを見送り、沙希の部屋へ入ってドアを閉める。それから部屋の中央に座り、ズボンのポケットからスマホを取り出した。ゲーム画面を開き、暇つぶしにゲームを始める。


 ――と、その時だった。誰かが急ぎ足で廊下を歩いてくると思った瞬間、ドアが強くノックされる。こちらが言葉を返す間もなくドアが開けられると、


「おはよう。あのねぇ、今日は、ちょっと大事な用があるのよ」


 見知らぬ村民のおばさんがまくし立てた。


「英霊祀りですか?」

「あら、知ってるのね。そうよ。そうなの。だからね、これ、朝食と昼食。申し訳ないね。昼食は冷めちゃってると思うけど、勘弁してね」


 押し付けられるようにして差し出されたそれを受け取り、俺は足早に戻っていくおばさんへ大きな声を投げかけた。


「今日の昼間は、外出してもいいですかー?」


 するとおばさんはこちらを見ずに、右手だけを左右に振る。


「村長にいてちょうだい!」


 大急ぎで去っていく……。俺は諦めてドアを閉めると、食事を部屋の中央に並べた。朝食も昼食も大差ない内容で、どっちも精進料理みたいだ。俺はハンバーガーやポテトチップスを想像してため息をついた。


「悟? 誰か来たの?」


 シャワーを終えた沙希が、部屋の奥から顔を覗かせる。俺は「あぁ、来たよ」と、食事を指差して手招いた。


「沙希。スッキリしたか?」


 沙希はワインレッドのワンピース姿で、満足そうに微笑んでいる。


「完璧! それでね、えっと、一応、誤解のないように言っておきたいんだけど、普段は私、ちゃんと寝る前にはお風呂にも入るし、パジャマにも着替えるし、歯磨きだって」

「わかった、わかった。食おうぜ。腹、減った」

「むー!」


 沙希は頬をぷくっと膨らませ、唇をとがらせた。良かった。何も気づいていないようだ。俺はホッとしながら、箸を手にとる。


「まずそうだなー。年寄りが好きそうなメニューだ」

「やだ、そんな大きな声で……聞かれたら怒られるよ!」

「いや、だって事実なんだから、しょーがねーだろ。見ろよ、これ。かぼちゃの煮物に、豆腐に、なんかよく分からん練りもの?」

「文句言わずに、食べるの!」


 へいへい、と俺は、それらを口にする。

 沙希も、俺の「焼きそばパンは、ねーのかなー」という言葉を無視して手をつけていく。


「メンチカツパンとかさ」

「な・い」

「ハンバーガーにポテトチップス」

「ないに決まってるでしょ」

「カップ麺、食いてーなー。シーフードか、激辛系」

「ここには、スーパーがないんだってば!」


 俺はなんだか可笑しくて笑ってしまった。

 と、食べ進める沙希は、ふと視界の端に何かが見えたような仕草をし、そちらを向く。俺も窓の向こうを見ると、黒い行列が見えた。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート