百霊夜行の青年と呪物にされた美少女

彼女の秘密を暴いたら、彼女を救わずにはいられなくなっていた……
相枝静花
相枝静花

第37話 オカルト界の一族5

公開日時: 2020年11月27日(金) 11:11
更新日時: 2021年2月13日(土) 16:01
文字数:1,887

「私は、行きません。住む場所は変わっても、なるべく、これまで通りの生活がしたいです」


 沙希はきっぱりと断言すると、俺を見てにっこりと微笑んだ。

 沙希が呪破の一族の元へ行く決断をしなくて、ホッとしてる自分がいる。


「そうか。それは、僕達にとってありがたい話だ。沙希さんには、ぜひ、うちで働いてもらいたいからね。呪破の一族の屋敷へ戻ったほうが、早く人間に戻れるかもしれないが……」


「私は急いでません。悪霊に狙われる体質なのは、結界を張ればなんとかなりますし。私は悟と一緒にいたいから」


 少し顔を赤らめて言う沙希に、俺の顔はさっきよりも熱くなる。門真義さんは黙って口元を緩ませた。そしてコタツに座り込み、


「そういえば、沙希さん。引っ越しの方は、どうだい?」

「あ、えっと、二月末に出れることになりました」

「そうか。じゃぁ、社員寮へ入るのは三月一日からだね。社長に伝えておくよ」

「はい。ありがとうございます」


 門真義さんは、煙草を取り出し吸い始めた。


「じゃぁ、今日は十二月二十八日だから約二ヶ月、僕の家に来ると良い。もう完璧な結界を張ってあるし、一人でここに住むには心細いだろう。この家に張ってある札も古くてボロボロになっているし」


「……いいんですか? 私、てっきり二月末までは、ここで一人暮らしだと思ってました」


 門真義さんは、「構わないよ」と言って煙草を吸う。俺も門真義さんの提案には、賛成だ。何かあれば門真義さんが近くにいるというのは、本当に心強い。


「アルバイトは、一月からでかまわないかな? 悟くんも」

「私は、構いません」

「俺も問題ないです」

「良い返事だ。仕事は、年明け七日から始まる。当分、沙希さんと悟くんは僕と仕事をこなすことになるよ。案件は、呪物を人間に戻す方法を探せそうなものばかりを、回してもらえることになってるから」


 門真義さんは鞄から紙の束を取り出し、それをこたつテーブルに広げた。


「契約書だ。うちで働く上で、約束して欲しいこととか書いてあるから、しっかり読んだ上で印鑑をここに押して欲しい。三月まではアルバイトだけど、沙希さんは四月から正社員だよ。悟くんは、アルバイトでいいね?」


 俺は頷き、「はい。俺は大学があるんで。フルタイムで働くのは難しいですね」

「じゃぁ、正社員に昇格するのは、四年後かな。それからこれを覚えているかい? 集落で見つけたペンダントだよ」


 門真義さんは鞄から出したそれも、こたつテーブルの上においた。


「この家紋は、呪減じゅげんの一族のものだった。呪減の一族も、呪破の一族と同様に悪霊の類を祓うスペシャリストなんだ。でも祓い方が違ってね。呪破よりも荒っぽいというか、成仏ではなく消失させるスペシャリストなんだ」


 俺はそのペンダントを見つめ、視線を門真義さんに戻す。


「あの集落に消失させに行って、返り討ちに遭ったってことですかね?」

「わからない。でも、これを届けに行けば、何か話が聞けるかもしれない。ただし、オカルト界の一族は皆、横につながっている。沙希さんが呪破の一族であることは、バレないように行動した方がいいね」


 俺と沙希は顔を見合わせ、門真義さんに頷きを返した。


「それから最後に、沙希さん。これは、君に預けておくよ」


 門真義さんは鞄から、分厚い書物を取り出した。


「呪破の秘伝書だ。これを使えば、おそらく沙希さんは覚醒する。呪破の一族が使う霊術を、すべて使えるようになるだろう。一通り読んだら、僕の弟のところへ行くといい。覚醒するには、まず本殿と神主が必要なんだ。覚醒の儀式が必要でね」


「はい。ありがとうございます」


「よし。じゃぁ僕は、一旦帰るよ。会社に寄ならきゃならない用事があってね。夕方にまたここへ戻ってくるから、契約書にサインを済ませておいて欲しい」


 了承した俺達は門真義さんを見送り、早速、契約書へ目を通し始めた。契約書に書かれてあったことは何てことない、守秘義務は守れだとか、無断欠勤や遅刻は厳禁だとか、当たり前のことが書かれてあるだけだ。あとは給与の事や配属先、勤務中に死亡しても会社は責任を取らないと書かれてある。


 俺と沙希はサインをして、沙希は印鑑も押していた。俺は持ち合わせていないから、契約書を自分のボディバッグに突っ込む。それから夕方まで俺達は談笑していた。沙希はすっかり落ち着きを取り戻し、俺も安堵して時間を潰していく。


 夕方に顔を見せた門真義さんは、沙希を連れて帰っていった。だから俺も帰路につき、まっすぐ自室のベッドに倒れ込む。


 ここのところ、忙しかったな……そんなことを思いながら目をつむっていると、いつの間にかまどろんで、俺の意識は遠のいていった。

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