「悟。神主さんが来たよ。起きて」
自分の名前を呼ぶ、聞き慣れたその声にハッとして目を開ける。だが次の瞬間、差し込む朝日が眩しくて目を細めた。数度、瞬きをして、ゆっくりと両目を見開く。目前では、だるそうにしている沙希が俺の腕を掴んでいた。
「沙希……」
生きている。確かに昨夜、事切れていた沙希が。目の前で息づいている。
「悟。この方が神主さん。ついさっき来られたの。事情は説明したよ」
顔を上げると、二十代半ばを思わせる凛々しい顔立ちの男性が、袴姿で俺を見下ろしていた。
「おはようございます。相田沙希さんが体調不良で、ここに泊まったそうですねぇ」
俺は、ずっと座りっぱなしで固まっていた体をほぐしながら、ゆっくりと立ち上がる。
「おはようございます。こんなところに、勝手に上がり込むようなことをして……すいません」
「罰当たりなことをした、という自覚はあるようですねぇ。済んだことに何を言っても仕方がないでしょう。昨夜は、よく眠れましたか? 親御さんに連絡は?」
訊かれて俺はドキリとした。俺の方は連絡済みだが、沙希の方は未連絡だ。
だからこんなところで捕まっていないで、すぐに帰らなければならない。
「あぁ。それは大丈夫です。お手数おかけしました。帰ります。行くぞ、沙希」
頷く沙希も立ち上がり「お世話になりました」と、神主に頭を下げてから先に本殿を出る。だが俺も後に続こうとした瞬間、
「ちょっと、君」
呼び止められて後ろを振り返るや、神主は眉間にしわを寄せつつ、難しい顔をしながら口を開いた。
「本来なら、警察に連絡を入れてもいいんだよ。私から親御さんへ連絡するという手段もある」
神主はふーっと息をつき、腕を組んだ。それからじっと俺の目を見据えてくる。
「……すいませんでした。もう二度と、こんなことはしません」
俺は深々ともう一度、頭を下げた。
「見逃すのは、今回限りだよ。相田沙希さんが、本当に具合が悪そうにしているからねぇ。早く家まで送ってあげなさい。それからあの子……、呪われてますよ。でも、うちでは何もしてあげられない。あそこまでひどい状態は、初めて見る。何があったのかは知らないけどね、もううちには来ないで貰えるかな。神社内のあちこちが穢れてしまっている。申し訳ないねぇ。出来ることがあるとしたら、護符や札を売るくらいだよ」
「売店……もう開いてるんですか」
「さっき開けたばかりだ。気休め程度でも、多めに持っておくと良い」
「ありがとうございます」
頭を下げながら、あぁこの人も霊感を持ってるんだな、と俺は思う。多くの悪霊をここへ集めてしまった事を、静かに怒っているのが分かった。それから、今の受け答え方で、俺も霊感持ちであることは神主も察したことだろう。
「……君は気づいていて、沙希さんから逃げないのか」
案の定、神主は少し驚いた顔をして俺を注視した。
「大事な幼馴染なんで」
即答すると神主は沈黙し、なにやら期待させるような思案顔を見せてくる。俺は黙って、神主の言葉を待った。
「……彼女を助けてあげたいのなら、この人に頼ってみると良い」
そう言って、神主から手渡された名刺には知らない名前が明記されてある。
神主は苦い顔をしながら、
「私の兄なんだけれどねぇ。私よりも強い力を持ってる人で、私よりもここを継ぐべき人だった。この名刺を見せて、私の紹介だと言えば相手をしてくれるだろう」
「本当ですか?!」
「うちでは見てあげられなくて、申し訳ないねぇ。助けたいなら、急いだ方がいい」
「ありがとうございます!」
それから今度こそ踵を返し、売店へ寄ってからこの神社を後にした俺と沙希は、まっすぐ沙希の家へと足を向けたのだった。
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