「な、なんの話……?」
沙希は、心配そうな顔で未来を見やるが、
「例えばの話だよ。でも、本気でそう思うんだ」
「例えばって……」
と、ここで沙希は、何故かサーッと顔から血の気を引かせつつ、神妙な面持ちで、未来さんへと口を開く。
「や、やっぱり、この村には、食人文化があるの?」
俺はつい、ぽかんと口をあけてしまった。未来さんも、きょとんとしている。
「琴音さんが似たようなことを言ってて……。誰かが、食べられちゃうの……? 村人に? もし、もしそうなら」
逃げた方が良いよ。と、沙希は真顔で、忠告する。
未来さんは、大きな声を上げて笑った。
「食人文化……って。ない、ない、ないから」
「本当に? すごく怪しいんだけど」
「いや、ほんとにないから。でも、そっか。そういう事か」
未来さんは何やら納得して、何度も頷いている。
「未来さん?」
「いや――。なんでもないよ。じゃぁ、私、帰るね。今日は、ありがとう」
「え? もう?」
首をかしげる沙希の手前、未来さんは立ち上がってお暇を告げる。
沙希は何だか良くわからないといった顔をしながら、「またね」と手を振った。それに応えるようにして手を振り返しながら去っていく未来さんを見ていた俺は、去り際に呟いた未来さんの言葉をしっかり拾っていたのだった。
そっか。昨夜の事は何も覚えていないんだ――と。
それから、何も知らないんだ、とも彼女は呟いていた。
夕方に門真義さんが戻ってくると、俺達は沙希の部屋で作戦会議をした。俺は美月さんから得た情報を二人に話し、門真義さんに村の見取り図を手渡す。
「さすが、としか言いようがないな。ここまで頼りになるとは思っていなかったよ」
「でも神社の中までは調べられませんでした。すいません」
「いや、いいんだ。でも気になるのは、美月さんの話が本当かどうか、わからない点だね」
「そこなんですが、まず俺が一人で行って確かめてこようと思うんです。だから問題がなければ、グループチャットで伝えますから来てください」
門真義さんは煙草を吸い、煙をゆっくりと吐き出す。
「それは構わないが……何かあった時、どうする?」
俺は自分の胸を拳で軽く叩き、
「話しましたよね? 俺は百の霊を率いているって。戦って勝つのは俺です。まず呪霊かどうかを調べてきますよ」
俺は、玲香、と名前を呼び、呼ばれた彼女は姿を現す。門真義さんは俺の隣――玲香を見て目を見張った。沙希は玲香を見つめながら「こんにちは」と、お辞儀をする。
「初めまして。門真義さん。玲香です。それから、こんにちはー、沙希ちゃん。元気そうでなりよりだわ」
黒いモヤに包まれた玲香は長い髪をかきあげて、俺の隣に正座をする。俺は玲香を見据えながら、「村民の正体を、今夜、暴きたいんだ」と説明した。
「いいわよ。じゃぁ、夜の九時ぐらいなんて、どう? 普通の人間なら、家に明かりがついているはずだし、何処も真っ暗なら家に侵入して呪霊かどうか確かめればいいのよ」
玲香は自信たっぷりだ。門真義さんは笑みを浮かべて頷いた。
「うん。確かに、君達なら安心して任せられる。じゃあ、二手に分かれよう。僕と沙希さんは二人で行動するよ。いいね? 沙希さん」
沙希はこくりと頷き、けれど少し不安げな顔をした。だから俺は沙希の手を取り、「大丈夫だ」と優しく握ってやったのだった。
その夜――。
静まり返る村の中は、夜の九時を迎えている。
俺は今、玲香と外を忍び足で歩いている。母親への連絡は骨が折れたが、どうにかこうにかもう一泊だけ許可が降りた。センターを受ける友人に勉強を教えていると話したのが良かったみたいだ。
「さみ……」
雨は上がっていた。俺はパーカーを羽織っているが、外の空気は冷たい。
それでも引き返すことはせずに、村の中を歩きまわる。家々は、まだ九時なのにどこも真っ暗だ。頭上の月明かりがなければ、とてもじゃないが暗すぎて歩けない。
「そこを、前。そう。そのまま道なりに曲がって……」
耳元で玲香が囁き続ける。俺はその通りに歩を進め、玲香は「中に入って」と俺を促した。
「不法侵入、か?」
「そうよ。でも、問題ないわ。誰も気づかないから」
俺はその言葉を信じ、堂々と正面から入っていく。
誰の家なのかは、分からない。表札は、暗くて見えなかった。
「寝室に行って」
「マジかよ……」
俺はさすがに気が引けたが、廊下を進み、手前の部屋から順にドアを開けていく。すると一番奥の部屋、川の字になって眠る見覚えのない村民の姿を見つけた。
「なんだ……あれ……」
年配の男性と女性、その二人の子供と思われる幼児が二人。
四人とも目を閉じて眠っているが、口から白いモヤが出ている。
「じゃぁ、他の家も見て回りましょ。悟くん」
囁く玲香の声は、とても楽しそうだ。
俺はその白いモヤモヤしたものを凝視しながら、戸を閉めた。
その家を出た俺は、隣家も片っ端から確認していくが――。
「なんだ? あの白いモヤモヤしたやつ」
うふふふふ……ひひひひひ……。
俺と契約している悪霊達が玲香の背後で、ただ不気味な笑いを浮かべている。
俺は、考え込みながら歩いていた。
どの村民の口からも、白いもやもやしたものが出ているのだ。
スマホを取り出し、チャットで状況を伝えながら神社へ続く一本道を目指す……。
「お、お前!」
俺は、神社の前に座り込む美月さんに駆け寄って行った。
美月さんはゆっくりと顔を上げ、俺を注視してくる。
俺は美月さんの顔を見て、ぎょっと目を見はってしまった。
「ふーん。見えるんだ。この、白いの」
美月さんの口からも、白いモヤモヤしたものが出ている。
「お前、こんな時間に、ここで何をしてるんだ?」
「あなたこそ、夜の外出は禁止されてないの?」
しん……と、沈黙になり――。
次に口火を切ったのは、美月さんの方だった。
「私は、起きていられるみたい」
巫女だからかな、と呟くが、じゃぁどうして神主であるお父さんは無反応なんだろう、と首を傾げる。
俺は、言葉を返さない。
「別に、とって食べるようなことはしないわ。私は、何もしない。ただ、怖い目に遭いたくないだけ。だから、伝えてもらえる? 沙希さんに」
巫女姿の美月さんは、下駄を鳴らしながら俺の横を通り過ぎようとした……その時、俺に囁きかけてきた。
「今夜の儀式が終わった後、あなた達は殺される。でも、それを回避する方法は、昼間に教えた。だから、逃げて。この村からいなくなって」
俺は、思い切り振り返った。
美月さんはゆっくりと立ち去っていく。
「待てよ!」
美月さんは、足を止めた。そしてゆっくりと、こちらを顧みる。
「今、この村で何が起こってる?」
美月さんは表情を変えずにしゃがみ込み、近くに転がる石ころを見つめた。
「巻き込まれてる。あなた達が、来たから」
「呪死祀りの事を言ってるのか?」
「それも、そう」
「他に、何がある?」
美月さんは、黙った。
相変わらず無表情で、顔から何かを読み取ることは出来ない。
数十秒間の静かな時間が過ぎていき――。
「あなた達は、たぶん、何も分からず、この村に来てる」
「今は、かなり分かってるぞ」
美月は、初めて顔を上げた。ゆっくりと俺を見上げ、口を開く。
「ここの村人達は、この村を救う為に行動しているだけ。あなた達を、救おうと思う気持ちなんてない」
と、周囲の異変に気づいた美月さんは、警戒して立ち上がった。
でも、もう遅い。
大勢の、この村とは関係のない悪霊達によって、完全に包囲されている。
美月さんは俺へ目を向けて、初めて表情を見せた。
恐れを抱く表情と、何か確信したような瞳。
「あなたは……、百霊夜行……百の霊を率いる人、だったのね」
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