「お前――」
陰気な雰囲気を纏う、おさげの少女。俺を見て、「美月です」と頭を垂れる。
「あぁ、美月さんか。こんなところで、何をしているんだ?」
「私の家は神社で、私は巫女なので部分的にお手伝いをするんですけど、午前のお手伝いが終わったところで……。今は散歩をしていて、そうしたらあなたの姿が見えたので……」
だから巫女の姿をしているらしい。美月さんが歩くたび、下駄がカランと音を立てる。
「なぁ。ちょっと聞いてもいいか。神社には、何かがあるって聞いたんだが」
何かあるのか? そう問うと、美月さんは無表情のまま、目をしばたたかせた。
「ここは歴史のある村だから、ちょっと変わった風習とか、語り継がれているものや受け継がれているものがあって……」
「へぇ。興味あるな。訊いてもいいか?」
「えっと……」
美月さんは、少し考える素振りを見せ、こくりと頷く。
「神社には、というか、この村には、呪われた神と書いて、呪い神様がいるんです」
「呪い……神?」
俺は、聞いたことのないその単語に顎を擦る。
「なんだ、それ」
「呪い神様は、この村の守り神です。そして呪死と深い繋がりがあります」
美月さんはふっと笑みを浮かべ、それからゆっくりと語り始めた。
「えっと……、ずーっと大昔、この村に初めて呪死と呼ばれる呪物が来た時の話なんですけど……」
美月さんは「伝承なんですけどね」と続け、
「その呪物は、助けを求めてふらりとここへ訪れました。でも当時の神主は、呪いが強すぎて祓えなかったんです。困った初代の神主様は、『助けることは出来ないけれど、ここへ呪いを置いておくことも出来ない』と言って、心苦しかったんですけど呪死を呪体化させました。そしてより強力な呪物となった呪体を呪い神へ捧げたそうです。そうしてこの村は、呪いを被る危機を逃れたんです」
ところが――。と、美月さんの声色が低くなった。
「助けてもらえないどころか、より強力な呪物にされ、呪い神へ捧げられた呪物の怨念が、この村を包んでしまったらしくて……。そこで神主様は、自らの霊魂を柱にして、この村の神社の中にその怨念を閉じ込めたんだそうです。そして祀りました。という経緯から、神社には色々いるっていうか……」
「なんだよ、それ……それじゃあ、沙希は」
言いかけたところで、美月さんは話を続ける。
「普段、神社に近づいちゃいけないってことを子供に教えるための作り話と言われています。そういう理由で、あの神社には近づいちゃいけないって言われてるんです。神事の時以外は」
「神事?」
美月さんは、少し迷った顔をした。
「はい。呪死祀りや英霊祀りっていう神事と、今回はもう一つありまして」
「もう一つ?」
美月さんは俺へ頷きを返し、
「呪死祀りは昨夜、行われた祀りのことで、英霊祀りは今、行われてる最中の祀りのことで、献上祭りは今夜、あります」
「献上祭りって、何をするんだよ?」
美月さんは俺から目を逸らし、言いにくそうにしている。が、俺に引くつもりはない。俺は「頼む。教えてくれ」と懇願した。
「沙希さんが……長女の誰かを食べて……その後で、呪い神様に沙希さんを献上するお祀りです」
この場がしん、と静まり返る……。
「あの、あなたは、沙希さんを守りたいんですよね?」
「そうだよ。当たり前だろ」
「だったら、逃げてください」
美月さんは今、自分が出てきた場所を指差し、
「雑木林の中に、逃げ道が一本だけ伸びてるんです。あなた達がいなくなったら、村民総出で血眼になって探すと思いますけど、頑張って逃げてください」
それだけ言うと一礼し、またカランコロンと下駄の音を立てながら神社へ戻っていく……。
俺は礼を言いそびれたことに後から気づき、でもその時には美月さんの姿は大分向こうへ遠のいていた。
「よお! 遅かったな」
戻ってきた沙希の顔を見て、俺はスマホのゲームをやめる。そして昼食の前に座り直し、沙希にも向かいへ座るよう促した。
「うん。琴音ちゃんの家でおしゃべりしてたの」
「診察は?」
沙希は、首を横に振る。
「今日は、休診日。英霊祀りがあるから」
「は? じゃー、なんで沙希を招いたんだ?」
「お父さんがそのうち帰ってくるから、その時に、って思ってくれてたみたい」
沙希は俺の向かいに座り、手を合わせて「いただきます」と言って食べ始める。
俺も食事へ手を伸ばし、里芋の煮物を口の中に放り込んだ。
「悟は? 神社、調べられた?」
「いや。間に合わなかった。入る前に、正午になっちまった。門真義さんには、グループチャットで状況を伝えておいたけどさ。でもとりあえず、村全体は把握したぞ。遠目に、神社も見た。それから逃げ道も、一応」
俺は昼食にがっつきながら、一枚の紙を沙希へと見せる。この村の見取り図だ。かなり詳細まで書いたその地図は、さほど広くない敷地で、円を描くように立ち並ぶ家と両側にそれぞれ一本の砂利道が伸びている。一つはバス停へ続く道、そしてもう一つは神社へと続く道だ。でも美月さんが教えてくれた一本道は、あえて記していない。彼女の話が本当なのかどうか、未確認だからだ。
「門真義さんは、夕方まで戻ってきそうにねぇよ。英霊祀りの朝の部が終わっても、火葬中の今は、村民同士で昼食を取りながらおしゃべりしてるってさ」
沙希は「忙しそうだね」と言って、湯呑みの緑茶を静かに飲む。
「夕方まで、散歩でもするか」
頷いた沙希は箸を動かし、かぼちゃの煮物を口の中に放り入れた。
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