「おぉい。起きとるか? わしだ。村長だ。開けてもいいか?」
「はい。どうぞ」
ゆっくりとドアが開かれ、顔を見せたのは村の出入り口で話した初老の男。この村のリーダーっぽいなとは思っていたが、やっぱりこの男が村長だったらしい。
「おお。着替えとるな」
「下が騒がしかったんで」
「そうか。あのな、今から宴会を開く。お前さんも、強制参加。ええな?」
「え。いいですけど……」
「はよう、来い」
村長が、急かすように手招きをする。
部屋を出た俺は、村長と急ぐように階段を降りた。
「ええか。これから呪死祀りを始める。今日は、それの第一日目だ。呪死様のお迎えの儀と、言うてな」
「へぇ」
「ええか。楽しそうに、歓迎するように振る舞え。あとからやって来る者とは、絶対に目を合わすな。たとえ、お前さんの知っている人物だったとしても、見るな。近くに来ても気にせず、盛り上がるふりをしろ。ええな?」
俺の返事を聞く前に、歩き出した村長のうしろを付いていく。村長は、緊張した面持ちで宴会場へと入った。
そこには、多くの村民が必死に豪華な食事を並べているところだった。門真義さんの姿もある。
「空いてる席に座れ。どこでもいい」
俺へそれだけ告げるや、村長は村民たちの中へと紛れていく。
そこかしこで指示を出し、それはもう必死の様相だ。
「そろそろ、始まるぞ! みんな、気を引き締めて頑張ろう!」
俺も近くにいた村民から声をかけられ、一緒に準備を手伝った。門真義さんも遠くの方で手伝っている。門真義さんは積極的に、色んな村民へ話しかけているようだ。俺も門真義さんに話しかけたいが、なかなか機会が得られない。
そして開始の十分前。
皆が席へつき、宴会が始まる――。
俺は門真義さんを遠目に、なんとなく箸で食事をつつきながら、周囲の盛り上がりっぷりを眺めていた…………、その時。
何かがひきずられるような音が、聞こえてきた。
俺は興味深く、ドアの方へ目を向ける。
けれどそこを凝視していたら、隣りに座るおじさんから「悟くん」、と声をかけられた。
「君は、都会育ちか?」
「え? あー、はい。まぁ」
東京ですけど……と、またドアの方へ視線を戻そうとした時、
「目を合わせるなって、村長から言われなかったのか?」
俺は不満に思いながら、おじさんへと向き直る。
と、同時に鬼のような形相をしたおじさんを見て、少し動揺した。
「すいません。ちょっと、音が気になって」
即座に謝罪するが、おじさんの険しい顔は、なかなか戻らない。
「この場にいる全員の命が、かかってるんだ。ルールは、守れ。英霊は、一人で十分なんだよ。『すいません』では、済まされないんだ」
俺はもう一度あやまり、頭を下げる。
その時、キィ……と、何者かによってドアが開けられた。
すると村民たちの騒ぐ声が、さらに大きくなる。
村民達が、無理やり笑顔を作っている。
「いやぁ、ここは何もない村で、驚いただろう!」
と、たった今まで怒り心頭だったおじさんが、作り笑顔を浮かべて言った。
「そうですね」
「あっはっは! でも宴会のこの料理には、驚いただろう? なあ!」
「あぁ、はい」
「食え、食え! ぜーんぶ、俺らのおごりだかんなぁ! あっはっは!」
俺も「ははは……」と合わせるが、うまく笑えない。
目前のおじさんは構わず大笑いをして、ビールを一気に喉の奥へ流し込んでいく。
俺はふと、この場の気温が急激に下がっていくのを肌で感じた。
そして、ドア周辺を除いた周囲をチラッと見てみる。
異様な光景だ。
無理やりに、宴会を楽しんでいる。
額から、変な汗をかいている人もいる。
思い切り口角を上げて笑っているのに、顔全体が強張っている。
みんな、何かに恐れている――。
「なぁ、君、いくつだい?」
「十八です」
「わっかいなぁぁ! 羨ましいねぇ! あっはっはっは、は、は……」
おじさんだけを見ていた俺は、横目で何かを捉えてしまったおじさんを見逃さなかった。
恐れた顔で固まるその顔に、そっちは見てはいけないと理解する。
だが、見たい。
いや、見てはいけない。
見たい。
見てはいけない。
俺の中で好奇心と警告が、何度も交互にやってくる。
「う……うぐっ……うぅ」
押し殺した呻き声を出すおじさんは、しかしなんとか目を俺へと戻せた。だが食べていたものを吐きそうになって、俺は焦る。勘弁してくれ、と身構えたが、おじさんは、なんとかそれを飲み戻した。そして青い顔をしながら、
「はは、ははは。じゅ、十八歳だったら、すすす、好きな人とか、いるんじゃないのかい? あああ、甘酸っぱい青春とか、なぁ?」
必死に、笑顔を取り繕うとしている。
おじさんの額から流れているのは――、脂汗だ。
「まぁ、そうですね。好きな人は、いますよ」
そう受け答え、俺は箸で鯛の丸焼きをつつく。素直にうまい。そう思った時、少し離れたところから男の悲鳴が上がった。
しかしそれに負けじと皆がより大きな声を出し、必死になって宴会を盛り上げる。見えてない、聞こえてない、そう全身で訴えるように……。
悲鳴がやまないうちに、何かがブチブチと切れる音がした。
それから、しぶきの上がる音が続く。
そして部屋に充満するのは、鼻につく血の匂いだ。
また、ブチブチと何かが切れる。
ごとん、と何かが床に落ちる。
そしてまた、ブチブチと引きちぎられる。
液体の流れ落ちる音と、より濃くなる血の匂い――。
「そ、そうか! いるのか! 可愛い子か? ととと、年上か?」
おじさんの汗の量が、一気に増える。
頭から、首から大量の汗を吹き出し、震える唇で俺に問う。
「同じ十八歳です。そうですね。可愛いですよ。そりゃ」
「は……はは……ははははは! そりゃ、いい。そりゃ、いいなぁ!」
俺は、冷静だった。
大体、そこで何が起こっているのかは、見当がついていた。
ただ、一つだけ分からない。
誰が、それをしているのか。
気になる。
――気になる。
俺はとうとう我慢できなくて、ちらりとそちらへ目を向けた。
その瞬間、おじさんが箸をテーブルに叩きつけた。
驚いた俺は、おじさんに目を戻す。
おじさんは、笑顔だった。
だが目の奥で、怒っていた。
再び耳に届く音は、足をひきずる音。
それがドア付近へ戻り、出て行った直後。
一気に、室温が戻った。
いつの間にか、悲鳴も消えていた。
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