百霊夜行の青年と呪物にされた美少女

彼女の秘密を暴いたら、彼女を救わずにはいられなくなっていた……
相枝静花
相枝静花

第12話 呪死祀り4

公開日時: 2020年11月2日(月) 08:43
更新日時: 2021年1月1日(金) 05:44
文字数:2,506

「おぉい。起きとるか? わしだ。村長だ。開けてもいいか?」

「はい。どうぞ」


 ゆっくりとドアが開かれ、顔を見せたのは村の出入り口で話した初老の男。この村のリーダーっぽいなとは思っていたが、やっぱりこの男が村長だったらしい。


「おお。着替えとるな」

「下が騒がしかったんで」

「そうか。あのな、今から宴会を開く。お前さんも、強制参加。ええな?」

「え。いいですけど……」

「はよう、来い」


 村長が、急かすように手招きをする。

 部屋を出た俺は、村長と急ぐように階段を降りた。


「ええか。これから呪死じゅしまつりを始める。今日は、それの第一日目だ。呪死様のお迎えの儀と、言うてな」


「へぇ」


「ええか。楽しそうに、歓迎するように振る舞え。あとからやって来る者とは、絶対に目を合わすな。たとえ、お前さんの知っている人物だったとしても、見るな。近くに来ても気にせず、盛り上がるふりをしろ。ええな?」


 俺の返事を聞く前に、歩き出した村長のうしろを付いていく。村長は、緊張した面持ちで宴会場へと入った。

 そこには、多くの村民が必死に豪華な食事を並べているところだった。門真義さんの姿もある。


「空いてる席に座れ。どこでもいい」


 俺へそれだけ告げるや、村長は村民たちの中へと紛れていく。

 そこかしこで指示を出し、それはもう必死の様相だ。


「そろそろ、始まるぞ! みんな、気を引き締めて頑張ろう!」


 俺も近くにいた村民から声をかけられ、一緒に準備を手伝った。門真義さんも遠くの方で手伝っている。門真義さんは積極的に、色んな村民へ話しかけているようだ。俺も門真義さんに話しかけたいが、なかなか機会が得られない。


 そして開始の十分前。


 皆が席へつき、宴会が始まる――。 


 俺は門真義さんを遠目に、なんとなく箸で食事をつつきながら、周囲の盛り上がりっぷりを眺めていた…………、その時。


 何かがひきずられるような音が、聞こえてきた。


 俺は興味深く、ドアの方へ目を向ける。

 けれどそこを凝視していたら、隣りに座るおじさんから「悟くん」、と声をかけられた。


「君は、都会育ちか?」

「え? あー、はい。まぁ」


 東京ですけど……と、またドアの方へ視線を戻そうとした時、


「目を合わせるなって、村長から言われなかったのか?」


 俺は不満に思いながら、おじさんへと向き直る。

 と、同時に鬼のような形相をしたおじさんを見て、少し動揺した。


「すいません。ちょっと、音が気になって」


 即座に謝罪するが、おじさんの険しい顔は、なかなか戻らない。


「この場にいる全員の命が、かかってるんだ。ルールは、守れ。英霊は、一人で十分なんだよ。『すいません』では、済まされないんだ」


 俺はもう一度あやまり、頭を下げる。

 その時、キィ……と、何者かによってドアが開けられた。

 すると村民たちの騒ぐ声が、さらに大きくなる。

 村民達が、無理やり笑顔を作っている。


「いやぁ、ここは何もない村で、驚いただろう!」


 と、たった今まで怒り心頭だったおじさんが、作り笑顔を浮かべて言った。


「そうですね」

「あっはっは! でも宴会のこの料理には、驚いただろう? なあ!」

「あぁ、はい」

「食え、食え! ぜーんぶ、俺らのおごりだかんなぁ! あっはっは!」


 俺も「ははは……」と合わせるが、うまく笑えない。

 目前のおじさんは構わず大笑いをして、ビールを一気に喉の奥へ流し込んでいく。

 俺はふと、この場の気温が急激に下がっていくのを肌で感じた。

 そして、ドア周辺を除いた周囲をチラッと見てみる。


 異様な光景だ。


 無理やりに、宴会を楽しんでいる。

 額から、変な汗をかいている人もいる。

 思い切り口角を上げて笑っているのに、顔全体が強張っている。

 みんな、何かに恐れている――。


「なぁ、君、いくつだい?」

「十八です」

「わっかいなぁぁ! 羨ましいねぇ! あっはっはっは、は、は……」


 おじさんだけを見ていた俺は、横目で何かを捉えてしまったおじさんを見逃さなかった。

 恐れた顔で固まるその顔に、そっちは見てはいけないと理解する。


 だが、見たい。

 いや、見てはいけない。

 見たい。

 見てはいけない。


 俺の中で好奇心と警告が、何度も交互にやってくる。


「う……うぐっ……うぅ」


 押し殺した呻き声を出すおじさんは、しかしなんとか目を俺へと戻せた。だが食べていたものを吐きそうになって、俺は焦る。勘弁してくれ、と身構えたが、おじさんは、なんとかそれを飲み戻した。そして青い顔をしながら、


「はは、ははは。じゅ、十八歳だったら、すすす、好きな人とか、いるんじゃないのかい? あああ、甘酸っぱい青春とか、なぁ?」


 必死に、笑顔を取り繕うとしている。

 おじさんの額から流れているのは――、脂汗だ。


「まぁ、そうですね。好きな人は、いますよ」


 そう受け答え、俺は箸で鯛の丸焼きをつつく。素直にうまい。そう思った時、少し離れたところから男の悲鳴が上がった。


 しかしそれに負けじと皆がより大きな声を出し、必死になって宴会を盛り上げる。見えてない、聞こえてない、そう全身で訴えるように……。


 悲鳴がやまないうちに、何かがブチブチと切れる音がした。

 それから、しぶきの上がる音が続く。

 そして部屋に充満するのは、鼻につく血の匂いだ。

 また、ブチブチと何かが切れる。

 ごとん、と何かが床に落ちる。

 そしてまた、ブチブチと引きちぎられる。

 液体の流れ落ちる音と、より濃くなる血の匂い――。


「そ、そうか! いるのか! 可愛い子か? ととと、年上か?」


 おじさんの汗の量が、一気に増える。

 頭から、首から大量の汗を吹き出し、震える唇で俺に問う。


「同じ十八歳です。そうですね。可愛いですよ。そりゃ」

「は……はは……ははははは! そりゃ、いい。そりゃ、いいなぁ!」


 俺は、冷静だった。

 大体、そこで何が起こっているのかは、見当がついていた。

 ただ、一つだけ分からない。

 誰が、それをしているのか。


 気になる。

 ――気になる。


 俺はとうとう我慢できなくて、ちらりとそちらへ目を向けた。

 その瞬間、おじさんが箸をテーブルに叩きつけた。

 驚いた俺は、おじさんに目を戻す。

 おじさんは、笑顔だった。

 だが目の奥で、怒っていた。


 再び耳に届く音は、足をひきずる音。

 それがドア付近へ戻り、出て行った直後。

 一気に、室温が戻った。


 いつの間にか、悲鳴も消えていた。

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