百霊夜行の青年と呪物にされた美少女

彼女の秘密を暴いたら、彼女を救わずにはいられなくなっていた……
相枝静花
相枝静花

第40話 呪破の一族3

公開日時: 2020年11月30日(月) 11:58
更新日時: 2021年1月2日(土) 05:15
文字数:2,267

「呪い神……そんなものがいると分かっていたら、単独で行かせるようなことはしなかっただろうと思いますけれどね。そこから戻ってこられたという事は、あなた方はそれなりにお強いようですね」


 門真義さんは微笑を浮かべ、「恐れ入ります」と言葉を返す。だがこの場の空気は、決して穏やかではない。徳間洋子の出すオーラは冷たく、漂う空気がピリピリとしているのだ。


「ところで……すごい呪気ですね。そちらのお嬢さんと、あなたは百呪夜行の匂いがします」


 徳間洋子は目を細め、沙希と俺を順に見やる。

 流石だ。と俺は思った。別に隠すつもりはなかったが、だからなんだという思いで徳間洋子を見返すと、彼女はフッと笑みを浮かべて目を伏せた。


「被った呪いを軽減させる湯あみが、うちにはありましてね。ペンダントをお持ちいただいたお礼に、浸かっていかれますか?」


「それは、ありがたい申し出です。実は、私どもは、呪いを解く方法を探しておりまして」


 門真義さんが言うと、徳間さんは「簡単ですよ」と、さらりと答える。


「呪いの元を消せばいいのです。例えば、Aという呪い神の手によって呪物になったとしたら、そのAを成仏、もしくは消失させれば呪いは消えます。百呪夜行の場合は、喰った契約霊すべてを成仏、もしくは消失させれば良いのです」


「……なるほど……」


 門真義さんは、目を輝かせている。

 だが俺は、頭の中で沙希のことを考えていた。

 あの集落の呪い神は、俺が消失させた。しかし由美さんも沙希も呪いは消えていない……。つまり、沙希や由美さんに手を出した呪い神は他にいて、しかもまだ生きているということだ。


「うちの湯あみをくぐれば、呪体を呪死に戻すことぐらいは可能ですよ。浸かっていかれますか?」


「はい! とても助かります。ありがとうございます。では今から、彼女をその湯あみに案内してもらってもいいでしょうか」


「構いませんよ。それでは、わたしはこれで……。ペンダントをお持ちいただき、ありがとうございました」


 スッと立ち上がり、ペンダントを手に持った徳間洋子はこの部屋を後にする。三人だけになったところで、「こんなに有益な情報をもらえるとは思わなかったな」と、門真義さんは嬉しそうにしながら煙草を取り出した。


「門真義さん、前にも言いましたけど、俺は百霊夜行に戻る気なんて」

「わかってるよ。でも、いずれは戻るだろう? 沙希さんが人間に戻った時に」


 俺は、答えなかった。戻るためには、契約霊を全て成仏か消失させなければならないからだ。それにこの先、沙希が人間に戻ったとしても沙希はオカルト界で生きていくのではないか。だったら俺だって、この世界から身を引く気はない。だったら百呪夜行でいた方がいいだろう。それに、霊殺しが楽しくて仕方がないのだ。


 でもそれを口にはしなかった。門真義さんには、言いにくい。それに沙希にも、霊殺しが楽しいなんて言ったらどう思われるか……。


「とにかく、今回は大収穫だ。沙希さんも、呪死に戻れることになったしね」


 門真義さんは嬉しそうに煙草を吸っている。


「私も嬉しい。早く普通に戻りたい……」


 はにかむ沙希に、俺も笑みを返す。そうだ。沙希は、それでいい。俺が早く人間に戻してやるんだ。そして、ずっと寄り添っていたい。俺だけが沙希を理解してやれるし、幸せにしてやれるんだ。大学を出たら一緒になって、俺はオカルトの世界で稼げばいい。門真義さんのように。


「失礼します」


 顔を見せたのは、先ほどのお手伝いさんに見える女性だった。


「それでは、沙希さんを湯あみへお連れしますので、男性の方々は外でお待ちください」


 言われて俺と門真義さんは立ち上がる。沙希に「また後でな」、と声をかけ、女性の横を通り過ぎた時、俺は何か嫌な予感を感じた。沙希のことになると第六感が働くらしい俺は、何か胸騒ぎを感じている……。


 それは珍しいことではない。沙希を一人にする時に、よく感じる胸騒ぎだった。そしてそれの的中率は怖いぐらいに高く、俺は霊殺しをして沙希を助けることになる。だが、ここは屋敷の中だ。悪霊の気配はないし、何から沙希を守れと言うのだろうか……。


 考え込む俺を見ていたらしい門真義さんは、俺の肩を二度叩き、


「どうした。怖い顔をして」

「いや……別に、なにもありませんけど」

「君は、危ういところがあるからな。僕は、ある意味、沙希さんより君を心配している部分もあるんだよ」


 余計なお世話だ。とは言わなかった。

 駐車場まで戻ったところで門真義さんは、


「悟くんは車に乗っていて構わないよ。僕は、車の側で煙草を吸うから」


 と、しかしここで俺のスマホにラインが入る。


――悟。なにか、おかしいよ。今、お湯が張られていない浴槽に入ってるんだけど、結界が張られてるみたいで出れない

――どういうことだ? 中には、どうやって入った?

――入るのは普通に入れた。お湯が張ってなかったから、服を着たままでスマホを持って入ったんだけど……

――徳間家の人に訊いてみる。ちょっと待ってろ


 俺は沙希とのラインを門真義さんに見せ、もう一度、一緒に玄関まで戻り、俺がインターホンを押した。


「はい。どうされましたか?」

「沙希をどうするつもりだ。沙希に会わせろ」

「……申し訳ありませんが、沙希さんを引き渡すことは出来かねます。お引き取りください」


 さっきのお手伝いさんらしき女性が抑揚のない口調で言う。門真義さんは、「どういうことですか!」と声を張り上げた。


「沙希さんは、呪破の一族の者です。オカルト界で指名手配されています。呪破の一族のもとへお送りいたしますので、お引き取りください」

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