百霊夜行の青年と呪物にされた美少女

彼女の秘密を暴いたら、彼女を救わずにはいられなくなっていた……
相枝静花
相枝静花

第36話 オカルト界の一族4

公開日時: 2020年11月26日(木) 10:06
更新日時: 2021年1月2日(土) 04:48
文字数:2,262

「揉め始めた……?」


 と、呟くように言った沙希は、じっと門真義さんを見据えている。


「呪破の一族を束ねる者が、沙希さんを沙希さんのお母さんから取り上げ、一族総出で育てようとした。その事に納得できなかった沙希さんのお母さんは、自分で育てたいと言って激しく抵抗したんだ」


 門真義さんは、胸ポケットから煙草を取り出し、火をつけ、ゆっくりと吸う。それを吐き出すと、


「佐藤愛子って覚えているかな。探偵事務所に所属する僕の親友なんだが、彼女からの情報によれば、精神的に不安定になってしまった沙希さんのお母さんは、沙希さんが三歳ぐらいの頃に沙希さんを連れて家出をし、そのまま行方不明になっているそうだ」


 この場が静寂に包まれる……。


「だから今、沙希さんが呪破の一族の屋敷へ帰ればどうなるか……。歓迎されるのか、けむたがられるのか、少なくとも呪体という呪物になっている今の状態では、歓迎される可能性は低いかもしれない。なぜなら――」


 門真義さんは煙草を吸い、ゆっくりと吐き出す。


「呪破の一族は、悪霊を祓うスペシャリストの集団だ。プライドも高い。その一族の血を引く中に、呪体になるまで悪霊にいいようにされた者がいるとなると……」


 沙希は下むいて口をつぐんだ。俺は門真義さんに、口を開く。


「でも流石に、受け入れないってことはないでしょう。力を受け継いでいるし、親族ですよ。沙希の父親もいるのかもしれないし、呪物を人間に戻す方法も知っているかもしれませんよ」


「どうだろうね。沙希さんの両親が、無事なのかどうかも怪しい。カセットテープで口論になっている様子を聞く限り、破門になっていてもおかしくなさそうな感じだったよ」


「マジすか……。破門って、じゃぁ、沙希も親族扱いしてもらえない可能性があるってことですか?」


 門真義さんは「残念ながら、そういう可能性もある」と言って、短くなった煙草を手持ちの灰皿に押し付ける。さらにもう一本取り出し、


「相手にされないなら、それでいい。昨日、社長に確認したら、沙希さんも悟くんも、社長が雇うと言っている。沙希さんは、社員寮へ入る許可も出ているから、生活の面で困ることはないだろう。でももしかして始末しようとしてきたら厄介だ」


「始末って、まさか……!」


「社長も呪破の一族の家へ行くのは、慎重になるよう言っていたよ。沙希さんがどうしても行きたいというのなら、その方向で考えるが……沙希さんは、どうしたい?」


 俺と門真義さんの視線が、沙希に集中する。

 俯いていた沙希は顔を上げ、


「分かりません。親族……なんですよね。会ってみたい気もしますけど……」


 沙希の表情は、恐れがあった。自分が拒絶された時のことを考えているのかもしれない。門真義さんは吸った煙草をゆっくりと吐き出し、


「一応、佐藤愛子に連絡を入れておいた。呪破の一族について、もっと調べてもらっている。料金は、社長がもってくれた。随分、買われてるよ、沙希さん、君は」


「そう、なんですか……なんだか申し訳ないです。すみません」


「謝ることはないよ。僕たちは、沙希さんの味方だ。あまり自分を追い詰めないように」


「はい……」


 と、ここで門真義さんのスマホが鳴った。「佐藤愛子だ」とだけ言った門真義さんは立ち上がり、この部屋を出て通話に出る。何かわかったのだろうか。なにやら話し込んでいる……。


「大丈夫か、沙希」


 うつむき加減で、こたつテーブルを見つめていた沙希の表情が暗い。


「お母さんになりすましていた呪霊が被っていた人間の皮は、本当のお母さんだと思う。だからお母さんはもう……亡くなってるんじゃないかな」


 俺はハッとして、言葉を出せなかった。確かにあの呪霊の顔は、俺が見ても本当に沙希とよく似ていたのだ。


「私の本当のお母さん、呪霊に殺されたの? そして私は……呪霊に拾われて、集落に連れて行かれた? もしかしてお母さんを食べたから、呪破の一族を食べたから、その呪霊は、すごく強くなって呪い神を殺せたとか?」


「沙希」


「だって、他の呪霊は呪い神に絶対服従してたのに、あの呪霊だけ呪い神より強いっておかしいじゃない。何か、突発的に凄い力を手に入れたとしか思えない」


 沙希の指摘が鋭くて、俺は何も言葉が出てこない。


「呪物になってしまった呪破の一族の者って、どうなるの? 私はもう、いらない子だから始末されてしまうのかな」


「沙希。俺にとっては、沙希はなくてはならない存在だ」


 両目に涙を浮かべる沙希は、顔を上げて俺を見つめた。


「俺にとっては、一番、必要な存在だよ。沙希」


 沙希の瞳からポロポロと涙が流れて落ちる。でもハンカチを持ち合わせていなかった俺はただ、そんな沙希を見つめていることしかできなかった。


「あー、ごほん、ごほん」


 わざとらしい咳をする門真義さんが、この部屋の入口付近に立ってこちらを見ている。


「入ってもいいかな? 邪魔して悪いね」


 言われて顔が一気に熱くなった。なんでそんなところにいるんだよ、と思ったが、すぐそこで電話をしていたんだったと思い出し、思わず舌打ちしてしまった。


「入ってきてくださいよ。それで、佐藤愛子って人から、何、言われたんです?」


 頭を掻きながら訊くと、


「沙希さんの母親は、破門されている。しかも家を出される前に沙希さんを連れ出した彼女は、その直後、不審な死を遂げたらしい。その後、親族は、沙希さんを探そうとしたらしいんだが……見つけることは出来なかったということだ」


 門真義さんは腕を組み、


「もしかしたら、歓迎されるのかもしれない。沙希さんに、親族のもとへ行く気があるならば、の話だが……」

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