「みんな。よう頑張ったな。お迎えの儀は、たった今、終了した」
村長の宣言が室内に響き、誰もが口をつぐむ。
俺も言葉を発することはなく、次々と立ち上がる村民につられて立ち上がった。
「そうた……。そうたぁぁあああ!」
大量の血液が広がる床の上、色々な部位がちらばるそこに崩れ落ち、その者の名を泣き叫ぶ若い女性。
皆一様に息を呑み、そこを見ないようにしながら拝んでいる。
「そうたは、立派に役目を果たした。彼は英霊だ。日が昇ったら、英霊祀りを行う」
村長は静かに言葉を並べ、涙する女性へ寄り添った。
女性は肩を震わせながら、悲鳴のような泣き声を上げている。
「みな、ご苦労だった。自宅へ戻ってくれ。第二日目は、英霊祀りの後、また深夜に執り行う」
村民はみな、遺体の方へ一礼をして、それからこの部屋を後にする――。
俺も一緒に宴会場を出るが、階段をあがる途中で村民同士の会話を耳にした。
「次は、献上の儀だなぁ。どこの家の長女が選ばれるんだ?」
「わからん。あの方のお心次第だろ」
「明日から、全長女が探りを入れるだろうよ」
「だろうなぁ。英霊になるというのは、名誉なことなんだが……」
「誰になろうと、俺らは英霊として弔うだけさ」
俺は、再び階段を上がり始めた。そして自分の部屋を通り過ぎ、沙希の部屋のドアを開ける。電気をつけ、布団の側まで歩み寄り――。
沙希は、死んでいる。ピクリとも動かない。
俺はズボンのポケットから、ハンカチを取り出した。返り血を浴びた沙希の顔を、丁寧にぬぐってやる。
「これじゃ、明日、沙希が立ち直れなくなっちまうな」
小さく呟き、掛け布団を剥ぎ取った。パジャマを脱がし、できるだけ血を拭き取る。それから少し考え、俺は自分の部屋へ移動した。洗面所からタオルを取り、押入れから真っ白な布団セットも沙希の部屋へと運び込む。洗面所に行き、ぬるま湯でタオルを濡らすと、沙希の髪や体から徹底的に血を拭き取った。
新しい布団を敷き、そこへ沙希を寝かせ、鞄に入っていた別の服を着せてやる。
掛け布団をかけ、退室した俺は血で汚れた全てを、自分の部屋の押し入れへ封印した。それからシャワーを浴びると、再び、沙希の部屋へと戻り――。
「おやすみ。沙希」
俺は沙希の冷たい頬へキスをして、部屋を出る。俺の部屋の前には、腕を組み、神妙な面持ちをする門真義さんの姿があった。
「僕の部屋へ来てくれ。大変なことがわかった」
俺は深く頷き、誘われるまま門真義さんの部屋へと入っていく。そして部屋の中央にあぐらをかいて座った瞬間、
「このままだと、少なくとも沙希さんは確実に殺される。一刻も早く逃げるぞ」
門真義さんは早口でまくし立てた。
「沙希さんは、さっきの儀式で更に呪いが濃くなっている。さっき宴会場で一人の村民から聞いたんだが、沙希さんはこの儀式で、呪死から呪体に変わったようだ。呪体とは、呪物の中でも最も強い呪物の一つなんだ。それから僕達はもう村民として受け入れられたから帰す気はないと、村長が言っていたらしい」
「マジですか。でも逃げるって言っても、昼間は意外に村民が多くて逃げ場がないですよ。夜は外出許可が出ていないし」
「昼と夜なら、夜の方が遥かに逃げやすいだろうな。それにおそらく、ここは呪霊の巣窟だ。僕の予想通りなら、夜に逃げ出すべきだよ。昼型の呪霊は、丑三つ時前後以外、夜間の行動はできないんだ」
「そうなんですか? ……なんで夜間の行動は、できないんですか?」
門真義さんは、胸ポケットから煙草の箱とライターを取り出す。箱から一本取り出し、煙草を吸い始めた。
「呪霊というのは、人の皮を被っているというだけじゃない。地縛霊と大差なく、この地に縛り付けられた霊でもある。だが地縛霊と違う点は、呪霊は自分の意志でいるのではなく、何者かによって無理やり縛り付けられてる霊だ。活動時間は、昼型と夜型がいて、もしここの村民が呪霊なら昼型だね。まずは、ここの連中の正体を突き止める。今夜はもう朝が近い。次の夜の十時頃、儀式の前に調べに行こう。呪霊なら夜のうちに、逃げ出せる」
俺は頷くが、両親のことを思うと頭が痛い。すでに三日、連泊している。こんなことなら、二日目は家に帰るべきだった。次はなんて言い訳をしようかと思った俺は、先程の宴会場での、村長の言葉を思い出す。
「門真義さん、次の儀式は、次の深夜って言ってましたよね」
門真義さんは肯定するように頷くが、しかし首を横に振った。
「そんなに悠長に付き合う訳にはいかない。ここには、沙希さんの母親はいないし、儀式の意味がほとんど分かった今、僕達のやるべきことは逃げることだけだ。もしもここが呪霊の巣窟なら、次の儀式は沙希さんを完璧な呪物にし、最終的には何かに捧げるはずなんだ。そして僕達は殺されて、呪霊にされる」
俺は、ごくりと息を呑む。沙希を悪いように扱うなど問題外だし呪霊にされるなんて御免だが、逃げると言っても逃げ道は一箇所しかない。しかも午後の三時三十三分限定だ。
「いつ逃げても、バスが来るのは午後三時三十三分ですよ……」
「幸い、バス停の周辺は雑木林になっている。そこに身を潜めるしかないだろうな」
「いやそれって、すぐに見つかりませんか」
門真義さんは口をつぐみ、煙草を吸った。何か思案する様子を見せながら、ゆっくりと煙を吐き出す。俺は玲香のことを話すべきかどうか少し迷ったが、
「俺に、考えがあります。門真義さん、百霊夜行って知ってますか」
門真義さんは目を見開き、「それはこっちのセリフだよ」と言った。
「よくそんな言葉を知ってるな。相当なオカルト好きぐらいしか耳にしないだろう」
「実は俺……百の霊を率いているんですよ」
門真義さんは沈黙した。人差し指と中指で挟んでいた煙草を、落としそうになる。
まぁ無理もないかもしれない。以前、玲香がとても珍しい力だと言っていた。長年オカルトライターをやってる門真義さんですら、見た事がないほど希少なのは想像がつく。
百霊夜行とは、百の悪霊を率いる者を指す言葉だ。百の悪霊を使って、俺は長い間、霊殺しを行ってきた。霊殺しとは、文字通り、霊を消失させることだ。俺には沙希に近づく悪霊を一体残らず殺してきた過去がある。
「最初の悪霊――玲香と契約したのは、十年前。それから、沙希を守っていくうちにどんどん増えて……百の悪霊との契約に到達したのは数年前です」
「驚いたな……。それが本当なら、ぜひ、見てみたい」
「見せるのは、いつでも可能です。力は夜の方、特に丑三つ時が一番強いですが。村民が霊なら、勝てる自信があります」
「なるほど……僕の術と悟くんの百霊夜行があれば怖いものなしじゃないか。今後だって、どこでも取材に行けるな」
門真義さんは大真面目に言うと顎を擦り、「バイトは確定だな」と笑みを浮かべる。
「とりあえず、一眠りしようか。数時間後には、英霊祀りがあると言っていた。この村を調べるチャンスだ」
それには俺も賛同し、門真義さんへ「おやすみなさい」と言ってからこの部屋を後にする。時刻は朝の四時半だ。眠くて、体がだるい。俺は沙希の部屋の前、廊下に座り込むと、そのまま目を閉じ、すぐにまどろんで意識をなくした。
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