部屋を出ると、呪霊が持っていたと思われる懐中電灯が転がっていた。それを拾い、スイッチを入れる。門真義さんの持つスマホの明かりだけだった時より明るくなって、周囲が見やすくなった。
「この母屋、結構、広いですね。門真義さん、どこから見ていきます?」
門真義さんは「そうだなぁ」と顎をさすった。
「適当に歩いていると見落としが出る。入り口まで戻って、端から順番に見ていこう」
了承した俺は、門真義さんのうしろについて入口まで戻る。二階はないが、横にだだっぴろいこの場所は、部屋数がそれなりにあるようだった。俺達は一旦、入口まで戻り、順番に部屋を開けて中を確認していく……。
辺りは静まり返っていた。人や霊の気配は、全くない。それでも何もない部屋の中をひたすら確認していく作業にあたっていた時、俺は、契約霊を使って集落を捜索した方が早いんじゃないかとの考えに至った。
「君の契約霊は、本当に君の言う事をなんでも聞くんだなぁ」
俺の提案に「便利でいいなぁ」と笑う門真義さん。
俺は右人差し指を天井へ向け、「楽しいゲームを始めようぜ」と契約霊に語りかける。
「参加したいやつ、この指、止まれ」
するとおびただしい数の手が、俺の指に集まってくる。
手が幾重にも重なり、だがそれは一瞬にして消えた。
「何よりも霊殺しを楽しむやつらですけどね。たまには、違う事にも動いてもらいますよ」
俺は指をパチンと鳴らし、集落中の捜索に当たるよう指示を出す。玲香が司令塔になって動く契約霊達は、不満なく動いてくれた。
「ここはおそらく、人間を閉じ込める場所。それだけ。何かあるとしたら、別の施設だと思うよ」
暫くして報告してくれた契約霊に、顔を見合わせた俺と門真義さんは、話し合うこともなくこの場所を後にする――。
契約霊の道案内のおかげで、道に迷うことはなかった。
母屋を出て、少し歩いた先を右手に曲がり、ここだよ、と言われた建物を見上げれば見覚えがある。懐中電灯を使って建物の全体を見てみると、この白くて四角い建物は、沙希が指を差していた建物だと気づいた。牢屋やら拷問部屋やら物騒な部屋があるという、近寄りがたい建造物だ。
「いかにもな建物だな。何かあるのを、隠す気もないような」
俺が言うと、別の契約霊が横で「隠す必要がなかったんだよ」と続ける。
「今までの人間は、呪い神の前では無力だったんだ」
それを聞いた門真義さんは、
「なるほどね……確かに、呪い神を倒せる者は限られる。僕でも倒すのは無理だ。逃げるのは、逃げられたかもしれないが」
俺は門真義さんの結界を思い出し、確かに門真義さんなら逃げ切れただろうと思う。門真義さんの守りは完璧だ。対して俺は、守りに関しては全くできていない。攻撃力ばかり上げてきたから、守り方がわからないのだ。この先のことを考えれば、沙希を守るためにも防御の仕方は学んでおくべきかもしれない。
「じゃ、中に入ろうか」
門真義さんは一歩を踏み出し、玄関扉に手をかける。だが、扉はびくともしない。扉には鍵がかかっているようだ……。
「困りましたね。どうします?」
俺が門真義さんに問いかけると、
「じゃあ、先に由美のところへ行こう。鍵のことを知っているかもしれない」
俺たちは懐中電灯の光を頼りに、集落の建物を片っ端から探し回ることにした。
集落の中は、静かだった。
一旦、集落の一番奥まで行き、端から見て回ったのだが、なかなか由美さんを見つけられない。空っぽになった建物内には何もなく、大人の呪霊もいなかった。
「おかしいな……。建物は、全部、回ったぞ」
門真義さんは独りごち、立ち止まって何やら考え込んでいるようだ。俺はなんとなく、もう一度見たほうが良さそうな場所を思い浮かべ、
「門真義さん、母屋の隣の建物に行きませんか。呪い神の家です。鍵とか大事なものは、そこに隠してあるような気がするんで」
「そうだね……。もう一度、探してみよう。呪い神の家を徹底的に調べるぞ」
そしてまた歩き出した俺たちの頭上にある空は、少し明るくなってきている。悪霊達は身を潜めているようだが、俺は、昼型の呪霊が起きてくることがあったら面倒だな……などと思いつつ、歩くスピードを少し早めた。
吐く息は白く、辺りは結構、冷え込んでいた。
呪い神の家にたどり着き、中へ入ると一層、寒い。挨拶へ行った時は暖房が入っていたはずだが……、と壁を見渡してみてもスイッチらしきものはどこにもない。電気もつかないし、どうなってんだ、と心中で悪態をつきながら廊下を突き進んでいく。
さっき呪い神の部屋を探したときは、何もなかった。もしも隠されてあるとすれば、探すべきはこの長い廊下か、それとも玄関か、あるいは壁か……。俺が懐中電灯の明かりを廊下や天井に当てていると、一足先に呪い神の部屋へ入っていった契約霊が、大きな悲鳴を上げた。
「大丈夫か!」
と、俺が一番に、呪い神の部屋へと駆けていく。だが、懐中電灯の光を頼りに、部屋の中を見渡しても、契約霊の姿がどこにもない。
「隠し部屋か、何かか……?」
後から駆けてきた門真義さんも部屋に入ってきて、ふたりで探すも何もないように見える。ため息をついた門真義さんは、「暗くてよく見えない。日が昇るのを待とう」と言った。
「この明かりだけじゃ、限界がある。ここで朝日が上るのを待つしかなさそうだよ」
確かに……と、俺は頷き、ソファーに座り込んだ。尻が冷たい。自分の手首にスマホの明かりを近づけると、腕時計は、午前五時過ぎを指していた。
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