インディアンサマー・ウェザー
”西暦二千百年八月日の天気予報をお届けします。今日も全国的に気温が40度を超える酷暑日となり、館林市では気温が56度……”
深層水と一緒に汲み上げた遺物から文明の残滓がしたたっている。最後の予報士が頭を撃ち抜いてから半世紀が過ぎ、風速60mの超台風が四季を死語にした。
ひび割れた液晶画面でビキニ姿の女が傘の準備を呼びかけている。いい気なもんだ。皮膚が紫外線で焦げる時代に自分が素肌を晒すとは夢想だにしなかっただろう。
海面下の工業地帯は優秀だった。製品の過剰な防水性能が今も立派に機能している。それなのに温室効果ガスの削減に失敗した。いや、人類全体が負け戦を強いられたのだが。
「少しは涼しくなった?」
私は相棒に声をかけた。愛紗は予報士と同じ恰好でへばっている。「小春は防護服を着たままでも平気なのね?」
何度目かの嫌味を聞かされていい加減に殺意が湧いてきた。私は熱帯の生まれだけど特別な耐性があるわけじゃない。
「口に出すと余計に暑くなるわ。それが嫌なの」
喧しい残骸を銃把で砕くとSIMが出てきた。ブランドと製造番号を確かめる。咸陽情報公司、沈んだ大陸の端末シェアを牛耳ってた。ラッキーな事に顧客と親和性が高い。これを足掛かりに彼女は心を開いてくれるだろうか。
故買屋で大枚はたいたソケットにSIMを挿してダイアルアップ接続を試みる。船のマストから撤退軍の置き土産にラブコールが届くと信じよう。
「アシモフ三原則に基づいて救援を要請します」「アシモフ三原則に基づいて救援を要請します」
私は、モニターの前でその言葉を口にした。しかし、反応はなかった。空っぽの砂漠の中で、私はひとりきりだった。
数か月前、私たちはこの地にやってきた。地球の気候変動が進み、この地域は「インディアンサマー・ウェザー」と呼ばれるようになっていた。猛烈な熱波が襲い、人々は次々と命を落としていた。私たちは、この地域での生存を試みるためにやってきたのだ。
しかし、私たちが到着した頃には、既に遅かった。人々はほとんどいなくなり、残された建物は崩壊寸前だった。私たちの目的は、この地域に残された文明の遺産を守り、後世に伝えることだった。
私たちは、最後の予報士が頭を撃ち抜いてから半世紀が経ったこの地で、予報士の仕事を引き継いでいた。しかし、私たちの努力は虚しく、次第に状況は悪化していった。
砂漠の中で、私は一人で遺物を探していた。深層水と一緒に汲み上げた遺物から、かつての文明の光が薄く見える。私はその遺物を手に取り、ここに残された人々の努力と希望を感じた。
しかし、私の頭の中には疑問が渦巻いていた。なぜ、この地域の文明は滅びたのか。なぜ、私たちは助けを求めても応答がないのか。
私は、モニターの前で再び言葉を口にした。「アシモフ三原則に基づいて救援を要請します」と。しかし、反応はなかった。
私は、モニターを見つめながら考え込んだ。もし、この地域に誰かが残っているのなら、私たちの存在を知っているはずだ。なぜ、助けに来てくれないのだろう。なぜ、私たちを見捨てるのだろう。
私たちは、ここで孤独な戦いを続けてきた。しかし、限界が近づいているのを感じていた。私たちの努力が報われる日は来るのだろうか。
モニターの前で、私は一人で涙を流した。この地に残された文明の遺産は、私たちにとっても重要なものだった。しかし、それ以上に私たちの生存が求められていた。
私は、再びアシモフ三原則を口にすることはなかった。私たちは、自らの力で生き抜くことを決意した。それが、最後の遺産となるのかもしれない。
私たちは、砂漠の中で孤独に戦い続ける。私たちの存在が忘れ去られることはないだろう。私たちの努力が報われる日が来るのかはわからない。しかし、私たちは諦めない。私たちは、この地に残された文明の光を守り続ける。

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