人間引退します。

人間引退スイッチがあるとしたら、あなたはどうしますか?
白樺玲
白樺玲

2***

公開日時: 2020年9月11日(金) 17:00
文字数:1,584

 今日もまた僕は、いつもと変わらない朝のルーティンを行った。

いつもと同じく朝食の献立を決めて、今日は豪華に魚も焼いてみた。

日本人が憧れるこれこそ朝食だという物を食べた。

 今日で献立を考えるのも最後かと、朝食をとっていると通知が入った。彼女からだった。


「自殺当日ですね。夜七時に南ヶ丘公園で待ち合わせましょう。」


 あぁ、ついに今日僕は自殺をするんだ。

分かっていた事なのに、いざ自殺するとなると緊張してきた。

 今日死ぬというのに服まで悩んでしまった。

まるで初デートに行く前の少女のようだった。

 これからいけない事をします。

と宣言しているようでとても胸が高鳴った。


 そんなこんなで準備をしていたら既に時計は、午後四時を回っていた。

 死ぬ前に母の手料理を食べたかった事もあり、夕食の時間をいつもより早めてもらった。

 自殺することは未だ告げてない。

ただ友達と遊んでくるとだけ伝えてあった。

 食卓を囲む僕ら家族の会話は、いたって普通だった。

姉の職場の話や、父のどうでもいい話を聞いて楽しんだ。

いつもはつまらない父の話でも、最後となるとなぜかおもしろく感じた。


「あら、今日はやけに笑うわね」


いつもはあまり笑わない僕を見て母が言う。

 そりゃ笑うさ。

なぜならこの会話も今日で最後だからだ。

 笑ってないと涙が零れてしまう。

自ら選んだ道なのに涙を流すのはすごく矛盾している。

本当は自殺したくないのか。

まだ後悔でもあるのか。

何度考えても正解は見つからなかった。


 午後六時。

居間で団欒している家族に向けて最後の挨拶をした。


「いってきます」


少し鼻の奥がツンとした。

大丈夫。

大丈夫。

そう言い聞かせながら駅に向かった。


 待ち合わせ場所は山上にある静かな公園だった。

電車とバスを併用し、到着までは、一時間かかる予想だ。


 バスに乗りながら考えた。

今日で僕は自殺するのか。

もう家族には会えないのか。

もう朝食の献立を決める時間もないのか。

空を見ながら雲について考えることももうないのか。

 心で吐き出される言葉は、すべて今死んでいいのかと、自問自答する様な内容だった。

もしかしたら僕は、まだ死ぬべきではないのではないか。

 そう考えていると公園のひとつ手前の停留所に通り過ぎた。

公園の木の下に立つ女性が見えた。

彼女だった。



降りなきゃ。



降りなきゃ。



「通過致します」


車内に運転士の声が響く。

 


 僕は、降車ボタンを押す事は出来なかった。

直前で僕は、足が震えて動けなかった。

 結局僕には、死ぬ勇気なんてなかったんだ。

横目で彼女をみながら、僕は頭が真っ白だった。

ただ、彼女だけを見つめていた。

 僕は結局家までとんぼ返りしてしまった。


「ただいま」


何事もなかったかのように帰宅した。


「あら、早かったわね」


そりゃ、そうだ。

ただとんぼ返りしただけなんだから。

内心バクバクだった。

心臓の鼓動が早かった。

なのに、母の声を聴いた瞬間安心してしまった。


 僕は、まだ死ぬべきじゃない。

そう改めて思い直した。

人間思いつきで命を捨てるべきじゃないんだな。

また僕は、学ばなくていい事を学んでしまった。

その日の夜は、いつもより深くぐっすりと眠ることができた。


 翌朝いつも通り朝のルーティンと始めようとしていたら、テレビの音がした。


「あぁ、今日は週末だったか」


携帯をいじりながら朝食ができるのを待っているとニュース速報が流れた。


「○○市 南ヶ丘公園にて死体が発見されました。自殺と思われます」


聞いた瞬間背筋が凍りついた。


「もー、どうしたのよ」


 母が言う。

 いやそれどころではない、確実にあの人だ。

バスの窓からはっきりと見た。

彼女しかいない。


焦った。


「とっとりあえずSNS消さないと」


 巻き込まれるととっさに察知した僕は、彼女との唯一のつながりであったSNSを消そうと必死だった。

どうやって消すんだ。

消し方が分からない。


 元々ネットに弱かった僕は手間取ってしまった。

そんな時、一件の通知が届いた―――――。


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