それは木の中身をくり抜いて作られていた。
全部で三つ。概ねの形は同じだが、全長五メートルほどのものが二つ。残る一つは全長三メートルほど。
暫時絶句していた三人だったが、最初に持ち直したカインが眼前の「道具」について考察する。
「これ、は……舟、だよね?」
「そ、そうですね。ま、丸木舟に見えます」
「何でこんなところに、っていうのは。すぐ分かっちゃうね……」
太い丸太の中身をくり抜き、中に座れるスペースを設けただけの簡易な舟の傍には、先を平たくした木の棒が置かれている。間違いなく櫂だろう。
さらには、舟に染みついている黄色い鼻水を濃縮したような悪臭。人間のものではありえない。
「このゴブリン達は、舟を作れるみたいだ。冠持ちが以前、舟について学習していたのかもしれない」
そして、舟を作れば川を渡れるという確証を群れとして得た。グラシェスが、昨日の冠持ちの行動、その真意に思い至る。
「や、やけに撤退が早かったのも、『もう必要な情報を得ていた』から……!」
「失敗しても痛手にならない程度の数で舟を試す。ついでに村を襲い、成功すれば儲けものって感じだったんだね」
仮に昨夜のように迎撃されても、舟の性能を確かめられたからマイナスではない。そんな思考が、目の前の舟からは読み取れた。
川を渡るために舟を作るアイディア。舟づくりを配下に伝え、やらせる統率力。どれも通常のゴブリンではありえない。
「思ったよりずっとクレバーな相手だ。大きな体に目を奪われてたけど……」
「センパイ。私達だけで、本当に大丈夫かな?」
普段は元気なピジムも、流石に不安を見せる。
三人だけで、本当に勝てるのか?
「……勝てる」
誤魔化しや空元気ではない。冠持ちは確かに脅威的な存在だが、それでも勝算を立てることはできる。
「三人合わされば、冠持ちにも押し負けない。それに、相手のやりたいことも分かった。それを潰し続ければ、ゴブリンの脆さが出てくるはずだよ」
「ゴブリンの、脆さ?」
「夜の襲撃で分かった。すぐ頭に血が上るのは、冠持ちでも普通のゴブリンでも同じだってね」
戦略として部下は捨ても良いはずだった。しかしいざ反抗されて部下を失うと、熱くなって要らない傷を負った。
冠持ちとしての強さ故に死ななかったが、いくら強かろうと根っこはゴブリンである。
「冠持ちは強い。でも、つけ入る隙はある。やるべきことをやれば勝てない相手じゃないと、僕は思うよ」
「そっか……。ゴブリンだと思って舐めてたからかな、急に怖くなっちゃって」
「怖がるのはおかしくないよ。僕も、グラシェスだって、怖いのは同じさ。……だよね?」
舟を観察していたところ急に水を向けられたグラシェスは、困惑気味にこくこくと頷く。明らかに素と分かるその反応が、ピジムの不安を解きほぐした。
「やるべきこと……うん。アタシ、まだ頑張れるよ」
「よし。じゃあ、川の向こうへ行こう。僕の付加術で、この舟を改造するよ」
「さ、早速相手のアジトに乗り込むんですね……」
「うん。ゴブリンの有利な夜を待ってやることはない」
そう言ってカインは、合計三艘の舟に幻素を込め始める。所詮はゴブリンの手作り、一艘一艘はお世辞にも出来が良いとは言えない。しかし三艘を繋げれば、三人を載せられる物にはなるだろう。
カインの付加術により、三艘の舟が一体となって進水する。一艘一艘に木属性幻素を張り巡らし、それを触媒に舟の舷側同士を強固に接続している。
カインの体力を考えると長距離の航行はできないが、この川を渡るには十分だ。漂う臭いは如何ともしがたいが……自分たちの匂いを誤魔化せると捉えれば我慢できなくもない。
「何か、昔やった川遊びの進化版みたい。ほら、センパイに作ってもらったオモチャでさ」
「い、今は仕事だけど……うん。な、懐かしいね」
ピジムがシャカリキに櫂を漕いで推進力を生み、カインとグラシェスで軌道修正をかける。スムーズに対岸に着いた三人は、改めてゴブリン達の潜む森と向き合った。
時間帯は、朝というには遅いが昼というにはまだまだ早いというところ。冠持ちはともかく、子分共の活動はまだまだ鈍いはずである。
「夕方には、一度森から出よう」
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