「しばらく僕ら三人になるけど、どうしようか。僕はできるだけ討伐系の依頼を受けたいと思ってるけど、どうかな?」
テレザとシェラを鉄血都市へ向けて見送ったその日の昼。カイン・フォレッティンは昼食に頼んだスパゲッティを飲み込み、テーブルを挟んで向かい合う二人を見る。
「むぁんへー」
「もう、ピジム。た、食べながら口を開くのは行儀悪いよ」
「ごめんごめん。早く依頼を受けたいって思っちゃってさー。この間は、不完全燃焼だったし」
齧り付いていたパンとグラタンから日焼けした顔を上げ、ピジムが右の二の腕をさする。密猟者から受けた傷は灰色騎士によって綺麗に治療されたものの、依頼中にろくな働きができなかったことは彼女にとって大きな後悔となっていた。
「そ、そうだね……僕も、もっと経験を積まないと」
行儀の悪さを注意したグラシェスも、決して満足はしていないようで。
そんな二人の様子を見て取ったカインは今後の方針を固める。
「それじゃあ、食べ終わったら早速依頼を見に行こうか。下級の魔物や害獣討伐なら、僕らだけでもできるはずだ」
「あなた方に提示できる討伐依頼となると……これはいかがでしょう」
他の受付嬢は昼休憩らしく、珍しくイザベラがカウンターに立っていた。綺麗に整頓された依頼の束から、適当なものを手早く抜き出す。
「ギルドの北、『星見の丘』は知っていますね? そこにある集落周辺にゴブリンと、それに率いられた獣が目撃されたそうです。もうすぐ収穫期を迎えますし……作物を狙ってきたのでしょう」
「獣まで飼っているとなると……かなり大規模ですね」
「一刻を争う、と言っていい状況です。しかし素早く依頼していただけた分、まだ救える見込みが大きい。成長著しく、すぐに動けるあなた方ならば、と思いまして」
遠目でもいい、たかがゴブリンでも、見かけたら即座にギルドに依頼を出すべし――と、ギルドは住民に呼び掛けている。被害が出てから幻導士に依頼しても、間に合わないことがあるからだ。
最初の被害は軽くとも、その分だけ力を蓄えた奴らは強くなって襲ってくる。被害が加速度的に増し、数日後に幻導士が到着した時には手の施しようがないほど食い荒らされてしまう集落もある。
「分かりました。二人とも、いいね?」
「もちろん!」
「す、すぐに準備します」
「助かります。が、獣ともゴブリンとも違う目撃情報が入っています。どうにも怪しい……『冠持ち』がいるかもしれません。今のあなた方ならば敵わない相手ではないと思いますが、くれぐれも命を粗末にしないように。」
「――はい、ありがとうございます」
カインの顔がひときわ険しくなり、カウンターから離れる。依頼を受けるときにも当然真剣だったが、彼の想像以上に事態は悪い方向に転がる気配を見せていた。
「センパイ。さっきの『冠持ち』って……」
「ああ。成体になってから、さらに長生きしたゴブリンだよ」
ゴブリンは短命だ。人間には見つけ次第駆除されるし、魔物や野生動物との縄張り争い、何なら共食いでもバタバタ死んでいく。人間には魔物の年齢など知りようもないが、これまで記録された討伐数や死骸の数から、長生きして二年ほどではないかと見積もられている。
高い死亡率を上回る繁殖力と、他の生物が住めない劣悪な環境にも定着できる適応力。この二つがゴブリンの頼みの綱だ。
だが、稀に。幸運と機転に恵まれたゴブリンが幾多の死線を越え、力と知恵を蓄えて五年以上も生きながらえることがある。
「ひ、額に生える角が発達して、王冠のように見えるから『冠持ち』でしたっけ……。お、恐ろしい力と、狡猾さを持つとか」
「目撃例が少ないから、詳しいことは分からない。でもゴブリンの成長速度なら、五年も生きれば人間の成人より力があってもおかしくはないね。普通のゴブリンと同じ手は、通じないだろう」
三人はそれぞれ武装を整え、最低限の食糧を買い込んで馬車に乗り込む。
目指す星見の丘は、先日の金煌雄鹿の依頼地よりも少々遠い。夕焼けもいよいよ終わろうという頃、目指す集落が上り坂の先に見えてきた。多めに焚かれ、生ぬるい風になびく松明は不安の表れだろうか。
「今日はもう暗くなる。手早く挨拶と集落の状況を確認して、夜に備えよう」
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