日差しが地表へ降り注ぐ。木々の群れに、ぽっかりと大きく穴が開いていた。
砦らしき建造物を改めて見ると、太い木をそのまま柱に使い、伐採した細い木をその間に渡した構造をしている。周囲には、十匹以上のゴブリン達が横たわっていた。全員揃って、腹回りに大きく抉られたような傷がある。
三人の脳裏に、森の入り口で見たゴブリンの死骸が思い起こされる。
「あれと、同じ傷……」
カインの考えがまとまりかけたのと、事態が動いたのは同時だった。砦の向こう側から、ゴブリンを壊滅させた何者かが姿を見せる。
咀嚼する口からは、まだ温かい鮮血が滴っている。額には、王冠を思わせる大角。
「ク、冠持ち。し、しかも」
「何か食べてる。……ウソでしょ?」
「多分、二人の考えてる通りだよ。こいつ、回復のために仲間を喰った!!」
「グゥoaアAAーーーッ!!」
口に含んだ臓物を撒き散らしながら、冠持ちが吼えた。その禍々しい様相が、音量以上の威圧感を放つ。
体は切り傷だらけ、左足も引きずって歩くような状態。恐らくは死の淵を彷徨っていたところを共食いで凌いだのだろうが……瀕死であるはずのその目には、未だ闘志が煮えたぎっている。
「……ふーっ」
大きく息を吐いたカインは木剣の柄を変形させ、左手に巻き付ける。武器だけは、最後まで手放さないように。
冠持ちから見たカイン達は、問答無用で自分達を殺そうとする殺戮者。怒り、憎み、抵抗するのも当然だろう。しかしカイン達も、集落の存亡を懸けてここへ来た。
「これが最後だ。冠持ちを、仕留める!!」
「よっしゃぁ――!!」
「りょ、了解です!!」
カインの覚悟を感じ取ったか、ピジムとグラシェスも気後れせず声を張り上げる。突っ込んでくる冠持ちに対し、三人は二手に分かれて的を散らす。
「センパイ、種まきはヨロシクね!」
「分かってる。二人とも、頼んだよ!」
冠持ちが追いかけたのは、単独で走り出したカイン。切り株を盾にしたり、顔へ向けて草のナイフを飛ばしたりと抵抗するものの、悪路での鬼ごっこで人間が敵うはずもない。逃げるその背を、巨大な斧が射程圏に捉える。
真上からでなく袈裟懸けに振るわれる斧刃。少々の回避も、リーチと筋力で強引に当てに行ける算段だろう。
「ここは、リスクを取る!」
カインは一転、果敢な迎撃を選ぶ。剣を持つ左腕を九〇度曲げ、肋骨に肘を押し当てて固定する。さらに斬撃から逃げるように跳びながら空中で反転、体幹ごと木剣をぶん回し、斧の側面へと叩きつけた。
真正面からの押し合いではひとたまりもない怪力も、横から押してやれば案外脆い。細身の木剣は軋みを上げつつも、肉厚な斧を弾き飛ばす。
「ギャ、グァンデァ!?」
まともに受けたわけでもないのに手が軽く痺れる。が、カインの被害はそれだけ。
一方、足腰が伸びきったところに想定外の力を受けた冠持ちの上体は大きく左に流されていた。大きな得物ほど、制御を失った時に使い手に牙を剥きやすい。
「よしっ!」
絶対優位。カインは周囲を見渡し、ピジムとグラシェスの準備ができているかを確認する。
しかしこの時点でカインは見失っていた。目の前で殺し合いを演じる相手から、一瞬でも目を離すことの危険性を。そして追い詰められた野性は、魔性は、人の感覚では測れないことを。
「ガッ、グゥゥrrraAAーー!!」
名状しがたい雄叫びと共に、冠持ちは痛めた左足一本で強引に踏ん張り、右足を振り上げる。何年も素足で歩き続けた強靭なつま先が、無防備なカインの膝下にめり込んだ。
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