テレザとシェラと龍と御馳走

エレメンターズ冒険記
テルー
テルー

8-3 奮戦の銀、暗中に霞む

公開日時: 2021年6月4日(金) 22:50
更新日時: 2021年12月11日(土) 23:34
文字数:2,950

 複数の足音が草を踏みしめる音、そして夜空をつんざく狼王の咆哮。


 ジェヴォーダンの配下――レッサーガルムの群れを蹴散らしていたテレザは、本格的な魔物の攻勢を感じ取った。テレザの背後から、マーブルウルフが四頭。足音はますます大きく、若い女の匂いに興奮した息遣いが聞こえるまでに距離が縮まる。



「シェラ!」



 対多数ならば、先手が肝心。テレザがシェラの名を叫ぶ。



「はいっ! ――『閃光フラッシュ』!」



 打てば響く答えと同時、強烈な閃光がテレザの周囲を染めた。『閃光フラッシュ』の光はテレザの予想より随分明るく、閉じた瞼の裏に白が残りるほど。目を瞑ったテレザでさえこうだ、モロに浴びた狼どもは軽いショック状態に陥り、悲鳴と唸り声を草地へ落としていた。



「好機逸すべからず、ね!」



 テレザは正面にいたレッサーガルムの顔を半分を拳で吹き飛ばす。半死半生でもんどりうったそいつの前足を、がっしりと掴んだ。



「っ、ぉおりゃあ――っ!」



 そのまま、ハンマー投げのようにぐるんぐるんと振り回し始める。今はジェヴォーダンの能力により、下っ端の魔物も侮れない耐久力を持っている。それを逆手に取り、凶器として使わせてもらう。大規模な炎での攻撃は消耗も大きく、出来る限り避けなくてはならない。


 武器となったレッサーガルムが凶悪な遠心力に晒されて不吉な音を立てるが、テレザはお構いなしに周囲の狼どもを巻き込んでいく。旋風つむじかぜさながら、テレザの勢いは収まることを知らず、肉で肉を叩き続ける。

 臓器の潰れる湿った音や骨を叩き折る鈍い音、甲高い断末魔が連続した。



「これっ、で――ラストっ!」



 高速回転にも一切軸をぶれさすことなく、テレザは投擲に入る。毛皮は剥げて肉も抉れ、文字通りぼろ雑巾になったレッサーガルムを、思いっきりマーブルウルフの一頭へと叩きつけた。顔に血まみれの同胞を被されたマーブルウルフは草地を転がり、頭を振るって立ち上がる。



「残りは……」



 テレザが周囲を見ると、ズタボロになった狼が死屍累々。生き残った者もテレザに怯えるように遠巻きに、弱々しく唸っているのが殆どだ。実力差は歴然、それでも逃げ出さないのはジェヴォーダンへの忠誠か、あるいは恐怖か。

 が、マーブルウルフは流石に頑丈だった。投擲を喰らった奴も含めて三頭とも健在で牙を剥き出し、テレザを狙っている。ここからは、真っ向きって――



「まずい!」



 見えるマーブルウルフが一頭足りない。反射的にシェラを振り向くと、闇に紛れた一頭が今まさにシェラへ飛びかかるところだった。



「きゃぁあっ!」



 悲鳴を上げつつも、シェラは地面を転がってその牙を逃れた。素早く膝立ちになりながら、唱える。



「貴き光よ。照りて駆け抜け、邪を貫きたまえ――『輝槍ブライトネスピアー』!」



 杖の先端から眩い穂先がマーブルウルフの脇腹めがけて伸びた。が、剛毛の密集した毛皮に阻まれた光は、それ以上進むことなく砕け散ってしまった。



「そ、んな……」



 淡く光を放ちながら消えていく術式の残滓を、シェラは呆然と見るでもなく見つめる。

 強大化した魔物の装甲を貫くには、補助術式を重点的に鍛えてきたシェラはあまりにも非力。失望に沈むシェラに舌なめずりし、再度噛みつこうとするマーブルウルフ。

 大きく口を開けたその顔が、歪む。



「させるかぁっ――!」



 横合いから爪先をねじ込まれ、マーブルウルフが声もなく吹っ飛ぶ。代わりにその場所に立ったのは、誰あろうテレザ。本気で焦っていたらしく、息を切らしている。



「シェラ、無事? ……迂闊だったわ」


「い、いえ! ありがとうございます」


「早めにカタを付けないと、まずいわね」



 目の利かない夜の戦闘、テレザと言えどミスが増える。体力的にも精神的にも、早めに終わらせてジェヴォーダンを引き付ける二人の援護に回りたい。が……草地に血を垂らしながらもマーブルウルフは立ってきた。



「どんだけタフなのよ……!」



 テレザの苛立ちを隠しきれない声が風に紛れる。残るはマーブルウルフが四頭。ジェヴォーダンによる強化を受けた彼らから、シェラを守りながら戦うとなると……。



「シェラ、集落の中へ逃げて」


「へ? でも、そうしたら」


「大丈夫、集落への被害は出させない。情けないけど……ここにいるより安全だから」



 自尊心の高いテレザからすれば業腹極まりない話だが、今この状況において、シェラはテレザの近くにいない方が安全だと言わざるを得ない。奥歯を噛みしめたテレザの表情でその気持ちを察し、シェラは頷く。



「分かりました……勝ってくださいね。絶対、絶対ですよ」


「言われるまでもないわ」



 シェラはソロソロと後退り、集落へと逃げ込む。それを追うようにマーブルウルフが走り出そうとして――凍り付くような殺意と、反比例するように熱く滾る拳を前に立ち竦んだ。



「……ほんっと、ムカつくことの多い日ね」



 テレザは独りごちる。色々と酷い日だった。後先考えず突っかかるわ、後輩を危ない目に遭わせるわ……散々だったと言って良い。


 だから、



「せめて最後はきっちり締めさせてもらうわよ」



 マーブルウルフはまずテレザを倒してから、シェラに向かうことにしたらしい。軽やかな足取りでテレザを囲み始める。それを突き破らんと繰り出されるテレザの拳が、再三にわたってマーブルウルフを捉える。が、一撃でのせたレッサーガルムとは格が違う。しぶとく起き上がり、テレザの隙を狙い続ける。先ほどまで尻込みしていたレッサーウルフ達も息を吹き返し、



「くっ、この!」



 テレザが押される場面が増え始める。夜目の利く魔物が有利な状況の上、テレザは日没直後から戦い通しだ。消耗は激しい。いかに炎を節約しているとはいえ、肉体への付加術エンチャント幻素エレメントは使わざるを得ない。


 首筋を狙った牙を籠手で受け、勢いよく地面を転がる。かぶりつかれた左腕を大きく振って引きはがし、立ち上がると同時に右拳で殴りつけ――られない。既に右手側から迫っていた爪を握りしめた裏拳で弾くと、背後に気配。右足を軸に左足で半円を描く。反転すると、案の定唾液を纏った牙が月に光る。



「はぁっ!」



 裂帛の気合いと共に、テレザの左フックが会心のカウンターとなる。ぼこっと穴を空けたような感触が伝わり、マーブルウルフは地面にくずおれて痙攣し始める。おそらく頭蓋骨が陥没し、脳にもダメージが行ったのだろう。



「残り、三……!」



 ようやく一体倒した、と安堵する。


 そんな暇、なかったはずなのに。



 「しまっ――」



 またも背後から危機が迫る。今度は、気づくのが遅すぎた。振り返った時にはもう、視界一杯に真っ赤なあぎとが広がっている。


 テレザに出来たのは、顔を不格好に庇うくらい。牙が籠手にぶち当たり、地面へと押し倒された。先ほどのように自分から転がったのとはわけが違う、完全に相手有利な姿勢で抑え込まれる。残った二頭もようやくテレザを仕留められる、と喜び勇んで彼女の足にかぶりついた。



「ひっ……」



 悲鳴をかみ殺した。辛うじて、鎧の上を噛ませることに成功はする。だが、不機嫌そうな唸り声と共に今度は脇腹に爪が振り下ろされる。革鎧と言えど付加術エンチャントで強化したためある程度は強いが、魔物相手にいつまでも持つものではない。少しずつ壊されていく鎧の呻きで、テレザの寿命のカウントダウンを始まる。獣に集られもがくテレザは、今や完全に食われる側となっていた。


 死神の足音が、月夜に木霊する。


読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート