テレザとシェラと龍と御馳走

エレメンターズ冒険記
テルー
テルー

水際の攻防、撤退戦

公開日時: 2023年3月19日(日) 21:10
文字数:1,862

 怒り、苛立ち、憎悪……負の感情そのものでぶっ叩くような咆哮だった。姿が見える距離で聞いていたら、足が竦んでしまったかもしれない。


冠持ちクラウンか……!? 急ぐよ!」


 三人は来た道を駆けだす。叫び声はおぞましかったが、まだ遠かった。逃げ切れる。


「センパイ。何か、来てない……!?」

「振り向くな! 捕まる前に、何としても森を出る!!」


 着実に暗くなってくる森の中を、焦燥を抑えつけて駆け抜ける。

 昼休憩を取った朽ち木のある場所で空を確認すると、橙色の輝きが濃くなり始めていた。


「ぜぇ、はっ……」


 息せき切って川へと戻った三人は、膝に手をつきつつ後ろを振り返る。足音もしないし

 ゴブリンの足は、一般人よりも遅いことが殆ど。全速力で逃げた三人に追いつくことはできなかったようだ。


「に、逃げ切れたんですよね?」

「確証は、ないけどね。追いつかれないうちに対岸へ行こう」


 三人は休む間もなく川岸へ着けた舟へ乗り込み、必死にパドルを動かす。しかし疲弊した体では上手く水を捉えられず、舟は中々思うように進んでくれない。


「ぐ、んむ……っ!」


 ピジムが、最後の踏ん張りどころと歯を食いしばる。

 対岸を目指す三人の元へ、何かが風を切って飛来する細い音が届く。一体何が飛んできた、と考える前にカインが動いた。


「僕らが舟に乗るのを待ってたのか!?」


 持っていたパドルを水面から引き抜き、振り向きざま残る力を振り絞って付加術エンチャントを施す。

 木属性幻素ウッド・エレメントを受け、パドルにするため落とされた枝葉が一挙に蘇る。伐採前の逞しさを取り戻した大振りの枝を、盾としてそのまま突き出す。堅い音を立て、飛来した何かが盾にぶち当たった。続けざま、同じような風切り音が舟の横を通り過ぎて水面へ着弾する。


「何!? センパイ、大丈夫!?」

「ピジム、漕ぐのに集中するんだ!」

 

 枝葉の隙間からカインは後方を覗く。

 薄闇の中に冠持ちクラウンと、通常より大きなゴブリンが三匹。投石具スリングを構えていた。動物の毛束で作られたそれを頭上で一回しし、サイドスローで放ってくる。

 今度は手の近くに飛んできたらしく、右の小指に鋭い痛みが走る。チラッと水面を見やると、木の欠片が浮いている。


「なるほどね……!」


 舟を作るために木をくり抜き、くり抜いた木を投石具スリングの弾にするとは。正しく一石二鳥の戦略と言わざるを得ない。

 対岸までの道のりは、まだ半分を過ぎたばかり。カインが漕ぎ手として働けない以上、ペースは下がる一方である。

 ゴブリンどもは、カイン達が反撃しないと見るや攻勢を強める。川岸まで走り寄り、木よりも高威力な石を拾って使うようになった。船体で跳ね上がった弾がカインの右目を襲う。

 咄嗟に直撃だけは避けたが、瞼が切れたか。流血で視界が狭くなる。何度も衝撃を受けすぎて、盾を支える手も感覚がなくなってきた。


「せ、先輩! 治療を」

「ダメだグラシェス!! 舟が遅くなったら、余計に攻撃を受ける」


 優しい後輩を強い口調で制する。カインが持っているうちに何とかして対岸に辿り着ければ、三人の連携でやりようはある。今はできる限り枝の太い部分で顔を庇い、凌ぐしかない。


「も、もうすぐです!」


 永遠にも思えた数分の後、やっと嬉しい報告がもたらされる。後ろを振り返ると、疲労と痛みで霞んできた視界でも対岸の草がはっきりと見える。


「グラシェス、向こう岸へ飛び移るんだ!」

「と、跳び?」

「飛び移って、反撃を頼む」

「え。と、咄嗟の術式は、まだ自信が」

「ごめんね。でも、僕がもう持ちそうにないんだ!」


 頼りなく震えるカインの手は、度重なる投石を受けて真っ赤に腫れている。どこか折れているかもしれない。


「グラシェスっ、お願い!」


 必死に推進力を生んでいるピジムも流れ弾を一発、背中に受けている。対岸に飛び移ったうえで何かするほどの余力は残っていない。


「や、やってみ……やります!!」


 パドルを置き、全身に付加術エンチャントして助走をつける。決して運動神経良好とは言えないグラシェスだが、跳べない距離ではないはずだ。

 船首を目いっぱい蹴って空中に飛び出したのも束の間、すぐに重力に捕まった。

 近づいてくるのは対岸だけではない、眼下には水面が広がっている。もし落ちれば……。


「っ……う、ぅぉおおおおお!!」


 精一杯伸ばした足先に、固い感触が伝わる。跳ぶことに専念しすぎて着地で盛大に尻を打ったが、石をぶつけられた二人の痛みに比べれば何て事はない。

 すぐ立ち上がり、仲間を救うべく術式を紡ぐ。


「澄み切った清流よ──」


 舟から見えた彼の表情は魔物に怯えたものでも、吃音に思い悩んだものでもなく。

 傷を癒してくれる時に見せる、真剣でありつつも優しい顔だった。

エレメンターズ豆知識

『投石』


拳大の石でも、人間の頭に高速で当たれば昏倒、あるいは即死させることが可能。投石具は簡単に作れるうえ、弓や銃ほどには扱いの習熟も必要ない。

さらに弾を周囲から無限に調達可能なので、数を揃えることで極めて厄介な攻撃となる。

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