酒場の目が集中した先には、漆黒の鎧を纏い、身の丈ほどもある大剣を担いだ男が、取り巻きを連れて立っていた。群れを率いる強大な獅子のような迫力は、荒事になれた幻導士が思わず後退りそうになるほど。
「俺は、ジークフリート・レイワンスという。国王ハイクツェルペ・ロードランより、魔竜討伐の命を受けて到着した」
男の名乗りに、クラレンスが瞠目する。
「ジークフリート……? あの『冠位を食む者』か!?」
「いかにも」
酒場をさらなる驚きが襲った。王国はギルドへの使者もなしに、いきなり討伐隊を寄越したらしい。その事実で、テレザは王国が事態をどう捉えているかを理解した。
「それだけ緊急事態ってことね……」
「そういうことだ。そこの受付嬢、現状を説明してくれるか」
ジークフリートの要求に、フィーナが前に出た。彼女の話に頷くと、ジークフリートはゆったりと自らの所感を述べる。
「ふむ……小規模なギルドだが、中々どうして見事な対応だ。しかし、俺達が来たからには森の捜索は任せてもらいたい」
「え? し、しかし」
「森の中での活動に、大人数は不要。選り抜いた精鋭で当たるのが常道だ」
「ちょっと待った」
フィーナの反論を遮り、力強く言い放つジークフリート。そこに、テレザが待ったをかけた。ここには足手まといしかいない、とでも言いたげな口調に少なからずカチンと来ている。
「どうした? 言ってみろ」
しかしテレザの苛立ちを孕んだ視線など、ジークフリートはどこ吹く風。あっさりと発言を促される。その態度にさらに血が上るが、相手は国王の命を受けているのだ、喧嘩腰は良くない。息をつき、努めて素直に聞いた。
「精鋭で当たるってんなら、私達を置いてくのはどういうこと?」
「どうも何も、自然だろう? 貴様が麗銀級と言っても、それはこの片田舎での話だ」
「……へえ?」
直接侮られ、テレザから殺気が迸る。ジークフリートの取り巻きが色めき立つが、ジークフリートは眉一つ動かさず彼らを制した。彼は静かにテレザを見下ろし、少し考えた後口を開く。
「喧嘩を売るつもりはなかったが……これは、俺の言い方が悪かったな。ならば謝罪しよう。だが、貴様らがこれ以上余計な被害を出す必要はない。俺達が魔竜を倒してやる」
「気を遣った言い方でそれって、本当根っからナメてるのよね……ッ!」
「……俺は喧嘩は売らん。が、売られれば買うぞ。安くな」
一触即発。一気に沸騰したテレザだが、一歩踏み出した瞬間、後ろから強く肩を掴まれる。
「よせ、テレザ! 利き手を痛めた今、勝てる相手じゃない」
はっとテレザが我に返ると、クラレンスが険しい表情で見つめていた。その頬には、冷や汗が一筋伝っている。彼は過去にジークフリートの強さを目の当たりにしたことがあるようで、何と敬称つきで呼んだ。
「ジークフリート……さん。あんたもあんただ、わざと煽ったのか?」
「そんなつもりはないが……む? その声、クラレンスか。久しいな、一皮むけたようにも見える」
「ああ。今ここで、テレザがあんたに勝てないことくらいは判断できるようになった」
そしてジークフリートも、クラレンスを知っていたらしい。しかし互いに今から昔話を始める気はない。ジークフリートは取り巻きに指示し、先んじて森に向かわせた。クラレンスもテレザを説得し、話をまとめにかかる。
「テレザ。業腹なのは分かるが、ここは向こうの言う通り動け。今は幻導士同士で争っている場合じゃないはずだ」
「……ごめんなさい。迂闊だった」
ジークフリートはテレザの反省の弁を聞き、小さく息をついた。一応、喧嘩にならなかったことに安堵しているらしい。
「決まりだな。森には俺達が向かう。ギルドの幻導士は、集落の防衛に集中しろ。防衛線の構築には単騎の力よりも、地理の把握や人数こそ重要だ。この地に疎い俺達では務まらん」
そう指示を置くと、取り巻きを追ってジークフリートも酒場を出て行った。彼の考えは非常に合理的で、テレザは子供じみたプライドではねっ返ったことを恥じ入る。いくら腕は上がっても、こういうところはガキのまま止まっている。
クラレンスがやれやれと首を振り、やはりと言うべきかテレザに苦言を呈した。
「まさか、あの冠位を食む者に食って掛かるとはな。どうなるかと思ったぞ」
「ごめんなさい……。侮られるのは、負けるより嫌なのよ」
「負けず嫌いは俺も嫌いじゃない。が……流石に、もう少しこらえ性も身に付けるべきだな」
そう窘められ、反論の余地もなくテレザはがっくりと頷く。それを見かね、オーガスタスが話題を切り替える。
「にしても、あのジークフリートって男。恐ろしく腕が立つのは見れば分かるが、何者なんだ? 俺は片田舎の人間だからな。教えてもらえるか、クラレンス」
「それも良いが……先に、移動を始めよう。あちらのおかげで、折角やることが絞れたんだ」
クラレンスの言葉に同調し、四人は急ぎ馬車を走らせる。
今夜は長くなる。全員が、そう予感していた。
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