テレザとシェラと龍と御馳走

エレメンターズ冒険記
テルー
テルー

非道の王道、辿るは破滅

公開日時: 2023年3月26日(日) 19:05
文字数:2,222

 時はやや遡り、カイン達がほうほうの体で森から撤退した後。


「ギ、ジェェ……」


 濁流に流されてどのくらい経ったか、意識を取り戻した冠持ちクラウンは武器を頼りに立とうとし……左足に体重が乗った瞬間、痛みに思わずひっくり返って悶絶する。真っ暗闇の中で足をよく見ると、つま先が足首ごと九十度外側を向いていた。


「……ッッ」


 意を決して足の甲を掴み、正しい位置に戻す。先に倍する痛みが襲い掛かり叫びそうになるが、今何者かに襲われたらひとたまりもない。鋼鉄の意志で噛み殺す。

 どうにか一本足で立ち上がり、ケンケンで移動しながら状況を把握していく。その途中で、弱々しく助けを求める声が耳に届いた。


「ジャ……ジャグ、ゲジェ」


 木の根元に、親衛隊の一匹が転がっていた。僅かに息はあるものの、その目はもう焦点が合わなくなってきている。冠持ちクラウンは躊躇いなくそいつの頭を掴み、木の幹へ叩きつける。最早断末魔を上げる力すら残っていなかった元部下は、彼にとってただのエサである。

 骸の腹に食らいつき、血肉と臓物、さらに胃の内容物を啜る。消耗しきった体には、臭く不味い同族の肉でも極上の馳走だ。が、まだ回復には程遠い。

 落ち着いてみると、足首以外に脇腹の痛みが増していることに気づく。集落での戦闘で負傷した箇所を石で抉られ、さらに真水に浸かったことで出血も酷くなっていた。頭もどんよりと重く、ともすれば地面に伏せて眠ってしまいそうになる。

 何でも良い、もっと肉を口に入れなければ。


「GrraA……!」


 喉を震わせ、まだ生きている親衛隊を呼び寄せる。しばらく待つと三匹の生き残りが、めいめいに体を引きずりながら姿を現した。


「ビョギ、ガエギョ」


 冠持ちクラウンは、部下の遅参を咎めることなく森の奥を指差す。大変だったな、アジトへ帰ろうと。部下たちを先へ促し、自身は殿を務める。ボスに守られながら安心して進む部下を見て、冠持ちクラウンもまた安堵する。彼らが歩ける体で良かった。


 死んでいたら、持ち運びが面倒だ。


「ギヒャーッ!」


 程よく森も深くなってきた頃。冠持ちクラウンは唐突に、目の前にいた一匹の頭を斧でカチ割った。何事かと驚く残りの二匹が何かする前に、斧を投げつけて二匹目を殺害。さらに死骸を投げ、転ばせる。

 右足一本とは思えぬ跳躍力で最後の一匹の元へ跳び、全体重をそいつの顔に乗せる。メキョッという音と、骨の砕ける感触が心地良い。 

 動く者のいなくなった森で、冠持ちクラウンはじっくりと食事を楽しんだ。






 そして、現在。

 仲間すら食い散らかしてきた冠持ちクラウンの悪運も、いよいよ尽きようとしていた。


「かかった!」


 ピジムが息を切らしつつも、快哉を叫ぶ。冠持ちクラウンが落とし穴を踏み抜き、盛大に水飛沫を上げて転落した。深さは約三メートル、加えて半分ほどの高さまで水が満たされている。


「凍れぇえええ!!」


 グラシェスの叫びと共に、冠持ちクラウンの足元が俄かに冷たくなる。水属性幻素アクア・エレメントの強い干渉を受け、穴の中の水が凍りつき始めた。大慌てで穴のへりに手をかけようとするも、一手遅い。自然に生えるものより数段太い蔓が冠持ちクラウンの両腕を雁字搦めにし、頭上で手首を合わせるように固定した。


「逞しき神樹よ。そのしなやかさを以て我が敵を阻みたまえ──『拘束蔓バインドプラント』」


 カインが、地面に撒いた幻素エレメントから術式を起動していた。本当はさらに多数の蔓を使い、首を絞める予定だったのだが……体のダメージが大きすぎて腕を封じるのが精一杯。


「ガッ……! ギィィイイ!!」


 どうにかこうにか体を氷の中から引っ張り上げようと体を捩り、必死の抵抗を見せる冠持ちクラウン。しかし鳩尾辺りまで氷漬けになった今、逃れる術はない。


「センパイ、グラシェス! もうちょっと頑張って!」


 三人の方も、トドメを刺す力はピジムにしか残っていない。彼女は右足を大きく引き、右拳を腰だめに構える。左手で右手首を握りしめ、拳の先端に扱える限りの幻素エレメントを集約していく。


「ビャ、ビャッジェ。ビャッジェ……!」


 冠持ちクラウンが突如、首を振り振り泣き出した。か細い声で命乞いをする。人間の言葉でなくとも、待って、どうか命だけは……という意思が大粒の涙と共に流れ落ちる。


「っ。ピ、ピジム?」

「もう……何て顔してるのよ」


 グラシェスの上ずった声に反応し、ピジムは笑う。彼女の顔には、目の前の強敵を確実に葬るという強い決意が浮かんでいた。

 慈悲や憐憫が一切湧かないわけではない。しかし鎌首をもたげた感情に惑わされず、生き残るための選択をする。事をそれに限れば、ピジムは三人の中で最も幻導士エレメンターらしい考えを持っていた。


「アタシは平気。氷解かしちゃダメだよ?」

「わ、分かってる! お、同じ失敗は、しないから」


 止まっていた凍結が、再びゆっくりと再開される。命乞いにも失敗した冠持ちクラウンは、先ほどまでの涙を引っ込め、口角泡を飛ばしながら三人にあらん限りの罵声をぶつける。

 ある意味清々しいまでの生き汚さ。これが、彼がゴブリンの王となるまで生き長らえた理由なのかもしれない。


「地に巡れる命の父よ。川をも埋める土石の奔流、立ち塞がる門を破りたまえ──『破城槌バタリングラム』!」


 ピジムは、いたって静かに詠唱を終えた。カインに教わった破城槌を右手に携え、狙うは爛々と光る大きな眼。

 腰を低く落とし、地面を蹴った。突き出した拳の先で土属性幻素ガイア・エレメントが輝きを増す。握り込まれた拳が、悪口雑言を突き破る。


「ジィ、グッギョォオ──ッ!!」


 冠持ちクラウンの顔に大穴が空き、それでも勢いは収まらず太い首が真後ろへ折れ曲がる。

 鈍い衝突音と壮絶な断末魔が、森を駆け抜けた。

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