西暦2016年、VR元年と呼ばれるこの年は、一般消費者向けのVRHMD……頭部に装着するヘッドマウントディスプレイが各社から一斉に発売され普及した年と呼ばれている。
歴史の教科書に記されている内容を振り返ってみると、VRの研究は1960年代からなされているが2016年が元年と称されるのは多くの人々が初めてVRに触れ、各社が挙ってコンテンツを開発し始めたからだ。
初めに普及し始めたのは建築関係だった。
消費者が家を購入する際、VRで事前に部屋の雰囲気や配置する家具などを視覚的に捉えることができるサービス。
このサービスは概ね良好で、実際に住み始めてからの不満の声がかなり減少したと記されている。
さらに建築現場など、事故を想定したコンテンツを作業員に体験させることで、実際の現場で怪我や死亡に繋がる事故が極端に減少したらしい。
次に災害体験など、防災に関するコンテンツ。
地震や津波、台風や洪水などといった災害が起こった際、どういった行動をとるべきか。
防災学習の観点から数多くの防災コンテンツが作成された。
当初は視界を覆うだけのVRであったため、臨場感を出すためにサーキュレーターで風を送ったり、霧吹きで水をかけてみたり……なんともアナログな手法が用いられていたとか。
そしてVRの技術は軍事関係にも利用された。
あまり一般公開はされていないが、某国ではハイエンドなVRコンテンツで軍事訓練を行っていたとも噂されている。
現実で体験すればそこで死んでしまうであろう現象であったとしても、VRコンテンツであればそれをリアルに体験し、経験できる。
そんな便利なものが軍事利用されない訳がなかった。
後に仮想空間と現実空間を融合させたMR……複合現実と呼ばれる技術も誕生し、新たなデバイスが次々に発売されていった。
しかし。
様々なサービスがVRコンテンツとして提供されていく中、ゲームコンテンツだけはその波から乗り遅れていた。
ヘッドマウントディスプレイの普及と同時にゲーム会社もVRゲームの開発を行い、いくつかのタイトルが発売されたが……。
クオリティを上げるには膨大な制作費用がかかり、さらにユーザーもそれを体験するには十万円以上する高額なヘッドマウントディスプレイを購入する必要があった。
そういった要因が重なり、プレイヤーからは満足の声を得ることができなかった。
気が付けばVRゲームを制作する企業はなくなり、ゲームは平面モニターで体験するコンテンツとして時代から取り残されてしまう。
だが、西暦2030年。
世界の常識が突如として覆ることになる。
無名の企業が、誰も無しえなかった視覚から映像を捉えるのではなく脳内に直接映像を映し出す技術を発表した。
脳内のニューロンを電気信号に変換し、仮想空間とリンクさせる研究は既に行われていた。
が、どれも実現段階には至っておらず、無名の企業……UC株式会社の発表に半信半疑であった。
オーバーテクノロジーであると思われる技術に人体に悪影響を及ぼす危険があると、各方面から凄まじい量の反発意見が投げかけられるも、臨床実験では一度も不具合を出すことがなく、脳にリンクすることでの後遺症や依存性といった症状は全く見られなかった。
西暦2032年には安全性に問題ないことが承認され、NVR……次世代仮想現実という名称で世界に普及する。
UC株式会社はNVRの普及と同時に今までVRの蚊帳の外にいたゲームコンテンツに注力し、世界初のVRMMOゲームを発売した。
今までの高額なヘッドマウントディスプレイとは違い、安価に手に入るNVRデバイスも相まって爆発的ヒットを生むこととなる。
いったい開発にどれだけの費用がかかったのか想像が出来ないほどの圧倒的高精細なグラフィックに、五感とリンクしたリアルな臨場感。
NVRの技術が出回ったとはいえ、どの企業も真似できない一線を画すレベルの技術に世界の注目がゲームコンテンツに向けられるのはそう時間がかからなかった。
今や世界の時価総額トップに君臨するUC株式会社であるが、昨年2049年に世界をさらに震撼させる発表を行った。
NVRは五感と仮想現実をリンクする画期的な技術ではあったが、疑似的に脳に仮想空間を体験させているだけに過ぎない。
UVR……理想郷仮想現実と発表されたソレは現実と寸分違わぬ世界を創造し、生身と変わらない感覚でその世界を体験できるというものであった。
発表と同時に翌年2050年に行われるUVRを用いた完全没入型VRMMOゲーム、『ユートピア』のベータテストプレイヤーの募集が行われ、数十億人の人間が一斉に応募することとなった。
ユートピアと名付けられた世界では何をするのも自由。
現実で実現可能な現象は全て再現することができ、思い描いた物を自分で創造することだって可能だ。
当選確率0.00001%という幸運に恵まれたプレイヤーは今、新しい世界にダイブする。
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