その場で身をひるがえし、背後を見てみると。
今の俺の身長よりも頭一つ分以上も大きな身長の男性が立っていた。
金色の短髪に青い瞳、顔は間違いなくイケメンに分類されるだろう。
軽装の鎧にマントを羽織り、腰には剣を携えている。
頭上にはプレイヤーであることを示す三角形のアイコンが浮かんでいた。
「初めまして! 俺はよ……じゃなかった、クローバーって名前だ。いやー、どこからスタートするか分からないって書いてあったから不安だったんだけど、他のプレイヤーと出会えて安心したよ。どうぞよろしく! ちなみにお名前をお伺いしても?」
「へ……あ、な……ナギサ……です」
待て待て、落ち着け。なんてマシンガントークなんだ!?
思わず圧倒されてしまった。
というか、目の前にいるクローバーと名のったプレイヤー。
どう見ても現実の人間としか思えないクオリティだ。話し方や仕草まで、全くもって現実と同じである。
今まで普及していたNVRではここまでのリアリティは不可能だった。他のプレイヤーと対面しても、どこか通話をしているような感覚であったのだけど……。
ニッコリと笑っているクローバーは紛れもなく現実で、生きた人間と対面しているような錯覚に陥る。
「ナギサちゃんっていうのか! ということはだよ、名前的に日本人? 実は俺も日本人だよ、本名は秘密だけどね! めちゃくちゃ当選率低い上に同じ日本人が同じ街からスタートだなんて凄い偶然じゃん。あ、もしこの後時間があるならパーティープレイでもどうかな? 冒険者ギルドに登録して、さっそく冒険に出かけようと思ってるんだけど!」
「え、あ……その……」
おお、お、落ち着け。現実で対人スキルのない俺に、そのマシンガントークは大ダメージだ。
人とコミュニケーションをとるのが苦手でゲームの世界に没入していたけれど、ここまでリアルになったら本当に現実と変わらないじゃないか。
「あれ、もしかしてナギサちゃん会話が苦手なタイプだった? ごめんごめん、ついいつもの勢いで。お返事はゆっくりでいいからね」
しどろもどろしている間にクローバーに気を使われたようだ。
ご名答、会話は苦手なタイプです。現実ではオドオドしてしまうので極力会話のない生活を送るようにしている。
饒舌になるのはゲームの中だけだ。まあ、ここもゲームの中なんだけど……出鼻を挫かれた感が半端ない。
ともかく、何だっけ。
パーティープレイに誘われたのか?
俺の目的も冒険者ギルドに向かい、冒険者登録を行うことだったので行先は同じだ。
一人より二人で行動した方が情報も集まりやすいし、何よりできることの幅がひろがる。
……が、まずゲーム序盤でパーティーを組もうにも相手が一体どんなジョブでどんなスキルを持っているのか分からない。
それを探っていくのも楽しいかもしれないが。
俺はコミュ障だ。
現実のようにリアルな状況下でコミュニケーション能力に難のある俺があのマシンガントークに耐えることができるだろうか。
否、ジョブを聞くどころか情緒不安定な回答をして逆に迷惑をかけてしまう可能性が高い。
であるならば、しばらくの間はソロで活動し、自分の能力を検証するのと同時にコミュ力を鍛えてから出直した方がいいのではないだろうか。
よし、それでいこう。
「す、すみません……。しばらくはソロで……」
「そっか、残念。振られちゃったみたいだね。ま、この世界を誰にも邪魔されず堪能してみたいって気持ちも分からないでもないかな! ひとまず俺はモンスターと戦うために街の外に出てると思うけど、パーティープレイしたくなったらいつでも声かけてよ! いつでも歓迎してるよ! じゃ、またね、ナギサちゃん!」
クローバーはそう言い終えると、笑顔で俺に手を振りながらその場から立ち去って行った。
あれが……陽キャか……。
全てのプレイヤーがマシンガントークという訳ではないだろうけれど、これはいよいよマズイんじゃないのか?
コミュ力を鍛えなければ最後までソロプレイの可能性もある。
が、逆に考えればチャンスだ。
自分のコミュ力もパラメーターの一部として考えれば……ゲーム感覚で鍛えることができるかもしれない。
ここで練習しておけば、現実でも少しは喋れるようになるかもしれないし。
まずはNPCとの会話で練習して……ある程度慣れてきたらクローバーにリベンジしてみよう。
というわけで、冒険者ギルドへ向けて出発する。
がしかし、直行すればまたクローバーとかち合う可能性が出てくる。
ここは街の探索をしながらゆっくりと向かうのがいいだろう。
「メニュー」
と唱えてメニュー画面を表示する。
マップ機能を選択して冒険者ギルドを目的地として設定した。
事前説明にも書いていたが、各地に存在する街はかなり広い。
それはもう一日では探索しきれないほどに。
初見でこの広大な町から目的の場所を見つけるのはかなり難易度が高いため、プレイヤーにはマップ機能とナビゲート機能が搭載されているのだ。
視界の端にミニマップが表示され、冒険者ギルドまで後2.3kmと書かれている。
これで迷う心配はないだろう。
周囲を見渡しながら歩いてみると、オープニングでも見られた多種多様な種族が活発に言葉を交わしている。
西洋風な街並みに人間とは異なる見た目の種族が存在している風景を見れば思いっきりファンタジーの世界なのだけれど。
やはりNPCといえど、血の通った人のようにしか見えない。
間に入って声をかける勇気は……出てこないな。
それにNPCにも高度な人工知能が搭載されているので、定型文があるわけでもなく、自分で言葉を考えて離さなくてはならない。
んん、難易度が高すぎないか?
……もう少し観察してから話しかけよう。
街には色々な店が並んでおり、食料品からアイテム、武器や防具まで何でもありだ。
さっそく冒険に必要な品を購入したいところだけれど、ゲームスタート時点での所持金は3000UC。
回復薬ならともかく、装備品には手が届かないので今は眺めるだけだ。
お金が貯まればいい装備に買い替えてみたいけど、さてベータテスト中にどこまでできるか。
しばらく歩いたところで目的地である冒険者ギルドに到着した。
ちなみにギルドというのは冒険者ギルドだけでなく、商人ギルドや職人ギルドという組織も存在するらしい。
冒険をしたいなら冒険者ギルド、商売をしたりアイテムや武器を作りたいって人は商人ギルドや職人ギルドに登録するといった形式だ。
ユートピアの営業文句である“自由に遊べる”という言葉通り、好きな組織に属して好きに遊べるというのがこのゲーム最大の魅力だろう。
石と木が組み合わさってできた冒険者ギルドの建物の扉を押し、中に入ってみる。
おお、雰囲気があるな。
軽やかな音楽が響き渡り、それに合わせて荒くれ者達の声が飛び交う。
これ、全部NPCか? いかにも冒険者って感じの人たちが賑やかにしている。
冒険者ギルドの中はそれなりの広さがあって、入り口の近い場所に巨大な掲示板が設置されている。
そこにクエストが書かれていると思われる紙がギッシリと貼り付けられていた。
奥にはそのクエストを管理する受付カウンターと、酒場のようになっている場所もあるみたいだ。
まずは冒険者ギルドに登録をしなければクエストなどを受けることができないため、受付カウンターへと向かう。
NPC冒険者たちの間をくぐり抜けて受付に向かうが……とにかくみんなデカすぎないか?
いや、俺の身長が縮んでしまっているからか。
体感的に150センチも無いんじゃなかろうか。
子供のころに逆戻りしたような感覚だ。
以前のNVRでは現実の身長とアバターの身長の差を大きくすると操作にかなり苦労していたんだけど、その感覚が皆無だ。
というか本当に生身といった感じでしっかり馴染んでいる、かなり進化しているな。
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