魂/骸バトリング

魑魅魍魎との戦い。男が燃えて女が萌える。現代魔道ヒーローサイボーグ
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1・プロローク・軒太郎と憑き姫

公開日時: 2020年10月27日(火) 01:46
文字数:7,244

とても強い風が吹く晩だった。


台風の如く突風が吹き荒れ、草木だけでなく、あらゆる物を激しく揺らす。


町のあちらこちらで店の看板が軋みながら音を鳴らしていた。


古い建物は柱ごと揺れていた。


まさに眠れぬ晩が始まろうとしていた。


本来ならば帰宅途中のサラリーマンたちで賑わっている筈の繁華街も、今晩ばかりは人気が途絶えていた。


多くの飲み屋が、いつもよりも早い時間帯に店の暖簾を片付け閉店している。


そして閉めた店先のシャッターが、嵐に煽られ新たな騒音をけたたましく奏でていた。


更に時間は進み、草木も眠る丑三つ時。


しかし風が吹き荒れ草木を揺らし、眠りを妨げ続ける。嵐は今夜一晩は続きそうだった。


そこは何処だろうか――。


昔ながらの小さな居酒屋や古い構えのスナックが並ぶ路地裏の飲み屋通り。


吹き荒れる強風が、店先に置かれた行灯を揺らしていた。


そのような激しい風が吹き流れる路地を、三つの奇怪な影が楽しそうに踊りながら歩いていた。


踊る三つの影は、騒がしく歌い、両手を上げながら賑やかに踊っている。


楽しそうな歌声が荒れる風に混ざって賑わいを増す。


三つの影たちが幾ら騒いでも咎める者は誰もいない。居るわけがない。


三つの影が叫ぶ言葉は、獣の鳴き声。


三つの影が躍る姿は、獣の姿。


その姿は、人であらず。


「アニキ~、風が気持ちいいね~」


「そうだな~」


声と共に風が鋭く吹き荒れる。


三つの影が踊る側にあった植木が切り裂かれ、バサリと枝を落とす。そして突風に巻かれて飛んで行く。


「おにぃ~ちゃん、踊りって楽しいね~」


「おうよ、楽しいぞー、もっと踊れ、弟たちよ!」


声と共に再び激しく吹き荒れる風。


今度は近くに在った居酒屋の行灯が、バッサリと切り落とされた。


植木も行灯も、まるで鋭利な刃物で切られたような綺麗な切り口を見せていた。


吹き荒れる風が、まるで真空の刃物と化している。


「踊れ! 騒げ! 歌ってしまえ! 今日は俺たち鎌鼬三兄弟のナイトステージだっぜー!」


そう、三つの影は二足歩行で踊り暴れるイタチの姿。


鋭い牙と瞳を光らせベストと短パンを身に付けている。


三匹の鼬たちは吹き荒れる風を操り目に付く物を真空の刃で切り裂きながら、その感触を楽しみ、はしゃぎ、踊っていた。


「随分と楽しそうだな、鎌鼬――」


突如、獣三兄弟の眼前に現れたのは、人の姿が二つ。


背の高い男と、背の低い少女だった。


男は三匹の獣を|鎌鼬《かまいたち》と呼んだ。


長身の男は真っ黒なロングコートに、同じく真っ黒なテンガロンハットを被っていた。


片や矮躯の少女は赤い袴で、巫女のような姿であった。


二人とも髪が長い。


黒い男の髪は、灰色の針金を思わせる硬そうな直毛である。


巫女姿の少女は、艶のある美しい長髪だった。


不思議なことに、二色の長髪は強風に靡くどころか揺れてもいない。


まるで二人は台風の目に立っているかのようだった。


「んん? 何だ貴様ら!?」


踊りを止めた三匹の獣が、突如眼前に現れた二人に睨みをきかせて威嚇を現す。


野生の本能が、黒ずくめの男を見て敵と悟る。鼻に危険な香りが届いていた。


刹那、吹き荒れていた嵐がピタリと止んだ。


静けさが辺りに広がる。


まるで時間が静止したかのようだ。


辺りが静まり返る。


三匹と二人が向かい合う。


すると軋轢が生まれる。


細く綺麗な指で前髪を撫でながら少女が周りの景色を見回す。


そしてボソリと呟いた。


「辺りに結界を施したわ。風が五月蝿くて――」


「ああ、よくやった。見事な出来だ」


男が少女に相槌を打つ。


テンガロンハットと灰色の長い髪の隙間から見える顔が怪しく微笑んでいた。


「テメーら、人間じゃあねえな!?」


鎌鼬の長男が、牙を剥きながら言うと、兄の後ろで弟たちが援護をするように威嚇の表情を強く引き締める。


巫女服の少女が言う。


「私の名前は憑き姫。こっちが軒太郎。彼は私の下僕ですわ」


「誰が下僕だ……」


紹介を語る憑き姫に対して軒太郎は、凍てつくような眼差しで上から見下ろし冷静に否定を述べる。


しかし憑き姫は、睨む軒太郎に視線を向けずに鎌鼬たちから目を離さない。


「憑き姫……、軒太郎……?」


鎌鼬の長男は、僅かに聞き覚えが残る二人の名前に首を傾げた。


そこに背後から次男の声が飛んで来る。


「兄貴! 俺、こいつらを知ってるぜ!」


「なんだ?」


「軒太郎と憑き姫って、ここ最近、日本各地で妖怪狩りをしているって噂の二人組みだ!」


「妖怪狩りだと!?」


「退魔師だ!」


「よくご存知で――」


次男の台詞に黒い男が怪しく笑って答えた。


とても善人に見えない笑みだった。


全身から魔の気が垂れ流しになっている。


「知っているなら話が早いわ」


鋭い眼差しで述べる少女の手の中に、一冊の分厚い書物が現れる。


その書物は洋風。和風の巫女服には合わない魔道の書。


その分厚い書物を左手に載せた少女は、ページを右手の指でパラパラと巧みに捲る。


歳の頃は十五六だろうか。


しかし妖艶で美しい顔立ちをしていた。


将来は明らかに美女に育つだろう見事な容姿であった。


「殺り合うつもりか!」


憑き姫が手にある魔道書を開くと、鎌鼬三兄弟も警戒の構えを攻防のスタイルに変える。


人間の体躯と大差ない伸長の鼬たちが、獰猛な獣面に変わった。


それと同時に両手が鋭い鋼色の刃物に変化する。


その姿は、まさに鎌鼬――。


「いい感じの鎌だな。鋭さがとても良い。是非ともそれが欲しい」


怪しい笑みを見せたまま軒太郎が、黒いコートの中に手を入れる。


コートの下も黒色のスーツだった。


首には白いマフラーを巻いている。


履いているものも黒いカウボーイブーツである。


総合するに、まるで西部劇の悪徳保安官のようだった。


見た目も、醸し出す空気も、怪しさが満天だった。


この軒太郎と呼ばれる男は、明らかに善人には見えない。


むしろ悪党の部類に見て取れた。


「ふふっ」


そして軒太郎は鼻で笑いながら黒コートの中から一丁のショットガンを取り出す。


M1100ディフェンダー。


長いサイズのショットガンを携帯しやすく可能な限り短めにカスタムマイズされた一丁。


全長520mmのコンパクトボディー。


黒い銃が街灯に光り、威圧をその身に映し出す。


「ショットシェルは四発しか入らないが、獲物を三匹程度狩るには十分な弾丸数だ」


軒太郎が黒いコートから抜いたショットガンを、腰元で低く構えた。


深い闇を映す銃口が、三匹の妖怪へと向けられる。


「こいつバカだぜ! 妖怪に人間の武器が効くわけないじゃん!」


薄く笑いながら揶揄する鎌鼬の三男が、一人空へと跳躍した。


高く飛んだ鎌鼬の三男は、建物の壁や電信柱を蹴りながら激しく空中を飛び交い翻弄を狙うと、加速を増して天から両手の鎌を振り被り、素早い動きで軒太郎へと襲い掛かった。


両手の鎌が鋭く光り、閃光の筋を闇夜に残す。


真空の斬激を思わせるふたつの鎌が、ショットガンを手にする男の首を狙い飛んで行く。


動きは疾風の如く速かった。


「ふっ」


黒いテンガロンハットのつばが、男の表情を隠していた。


しかし口元には余裕を演出するがの如く薄笑いを続けている。


空中から迫る鎌鼬の三男に軒太郎は、銃口の角度だけを上へと向けて引き金を優しく引いた。


そして乾いた銃声が闇に轟き火花が瞬く。


「うぎゃぁあ!」


「弟よ!」


散弾を全身に浴びた鎌鼬の三男が、空中で跳ね返るように弾かれ、兄たちの眼前に力なく落ちてきた。


二匹の表情が驚きに引きつる。


弾丸を喰らわせた軒太郎が素早くピストングリップを強く引く。


ガチャリと音を立てながら空になったシェルが飛び出て足元に転がる。


空のシェルからは火薬の煙が僅かに上がっていた。


「バカな……!」


足元に転がった三男を見て、鎌鼬の長男が言葉を濁らせた。


信じられないといった表情である。


三男の顔や胸には小さな穴が複数開き、ドロドロと血液が流れ出てくる。


血みどろと化した三男は、ピクリとも動かなくなっていた。


即死だ──。


妖怪とは不思議なものである。


拳銃はもちろんのこと、刀や色々な武器を普通の人間が使用して妖怪を攻撃しても死にはしない。


霊力や妖力、または神力がないと、たとえ傷ついたとしても直ぐに傷が治り死ぬことがないのだ。


例えミンチからでも蘇る。


だが、黒ずくめの男が撃った散弾銃の一撃は、妖怪鎌鼬を即死に追い込んだ。


しかも拳銃は、妖力や霊力が宿り難い。


普通は、妖怪が銃で撃たれて死ぬことはない。有り得ない。


鎌鼬たちは、それを知っているからこそ驚いているのだ。


「バカな……」


「このショットガンの弾丸は、鉛玉を使用せずに、妖怪の髪の毛を針状に纏め鍛え上げたものをシェル内へ仕込んであってな。それで妖怪相手でも絶命を誘えるんだぜ。髪の毛針ショットガンって感じだ」


弾丸までもがカスタムマイズされたショットガン。


それは対妖怪用のチューンアップ。


その能力を自慢げに語る軒太郎の表情は、優越感に浸りきっていた。


「よ、よくも弟を!」


二匹残った鎌鼬の兄弟が、更に凶暴な表情へと変わる。


弟が殺められたのだ、当然と言えよう。


身内を殺された怒りが目に見てわかった。


四つの鎌が憤怒に光る。


「行くぞ、弟の仇討ちだ!」


「おうよ、アニキ!」


鎌鼬二匹が一斉に前へと走った。


スピーディーにフェイントを狙ったジグザクの動き。


相手の混乱を狙っている。


軒太郎が瞳だけを左右に振って二匹を追う。


「ちょこざいな」


余裕の表情でショットガンを撃ちまくる軒太郎。裏路地に火薬の発砲音が鳴り響く。


だが、ジグザクに走る鎌鼬たちには、散弾して飛んで行く毛針の玉は、一発も当たらない。


軒太郎は、あっという間に残り三発の弾丸を撃ちつくす。


空のシェルをアスファルトに散らばすばかりだった。 


「ちっ」


軒太郎の舌打ち。


表情から余裕の色が消えて苛立ちを晒していた。


「憑き姫、頼む!」


「分かってるわ」


軒太郎の言葉に少女が答えた。


少女は開いた魔道書の中から一枚のカードを取り出す。


カードのサイズはトランプと変わらない。


書物だと思えた分厚いものは、トレーディングカード用のクリアファイルだった。


憑き姫は取り出したカードを眼前に投げた。


放たれたカードは宙に浮く。


「乳母が火 ザ・ファイアーブレス!」


クールな抑揚で唱える憑き姫の呪文。


直後、浮いていたカードが光って消える。


そして消えたカードの代わりにメラメラと音を立てて燃え上がる火の玉が一つ現れた。


大きさは人の頭部と同じぐらい。


不気味な表情をした老婆の顔が浮かび上がった火の玉だった。


地を駆ける二匹の鎌鼬が軒太郎と憑き姫に迫る直前に、カードの中から現れた老婆の人魂が口から激しい炎を吹き出した。


炎は大きく路地を包み、迫る鎌鼬二人を丸ごと飲み込んだ。


軒太郎が黒コートを盾に炎から顔を隠す。


憑き姫は軒太郎の陰に回り込み火熱から身を守っていた。


軒太郎がズルイと感じる。


「うわわわ!」


「あちちちち!」


鎌鼬二匹は熱さに叫びながらも後方へと飛んで逃げた。


全身の体毛が焦げ上がり表情を火傷に歪めるが、すぐさま引火した炎を払い落とし危ういところを脱する。


巨大な火炎だったが致命傷を与える程の火力がなかった様子だった。


炎の息を吐いた妖怪乳母が火は、攻撃を終えると霧のように消えていく。


「おのれ!」


火炎から逃れた鎌鼬の兄弟が、態勢を整え直そうとし一言愚痴をもらした刹那だった。


黒コートの中から二本の刀を引き剥いた軒太郎が突っ込んで来た。


「この二太刀は、アイヌの妖刀イベタム。生き血を好む双子の妖刀だ!」


二刀流で鎌鼬の長男に襲い掛かる軒太郎。


ロングコートを靡かせ嬉しそうに笑っている。


怪しさが全身から滲み出ていた。


しかし剣技は本物。


オシャレで厨二臭く二刀を振り回している様子ではない。


その証拠に二つの鎌で対抗している長男が、冷や汗を流しながら応戦に苦しんでいた。


「弟よ、お前は女を殺せ!」


「分かったぜ、アニキ!」


軒太郎の二刀と長男の鎌二つが鍔競り合いを繰り広げる中、次男が兄の指示に従い憑き姫に狙いを定める。


鎌鼬次男がギロリと睨んで走り出した。


「こっちに来るのね……」


憑き姫は獰猛に迫る鎌鼬を見ても冷静に対処を見せた。


焦りの一つも態度に出さない。


そして左手に乗せたカードファイルから再び一枚のカードを取り出すと、呪文と共に前へと投げる。


「いべたむ ザ・ダブルブレイド!」


宙に浮いたカードが光って消える。


すると二本の妖刀が姿を現す。


軒太郎が持っている二太刀と瓜二つの二本だった。


「ぬぬっ!」


突如現れた妖刀二本に鎌鼬の速度が警戒のためか緩んだ。


そして、憑き姫の眼前に浮く二本の妖刀が、ひとりでに斬激を振るう。


狙いは迫る鎌鼬の次男。


まるで見えない剣技の達人が振るったような素晴らしい太刀筋。


するとクロスさせた光の斬弾がX字に飛び放たれ、次男鼬の体を見事に切り裂いた。


「ふぎゃぁああ!!」


四つに切り裂かれた次男の体が血飛沫を散らして無残にも転がった。


即死だろう。


「弟よ! おのれーーー!!」


台詞とは裏腹に、戦力差から来る恐怖心に顔を青ざめる鎌鼬の長男。


二人の弟を喪い、独りが心細そうだった。


そして軒太郎と交えていた刀を強く払うと、背を向け全力で逃走を始めた。


弟たちの敵討ちよりも我が身が大事なのだろう。


逃げる背中に必死な思いが伝わってくる。


「憑き姫! 逃がすなよ!」


軒太郎の声に更なるカードを取り出す憑き姫。


クールな声でカード名が唱えられる。


「ぬりかべ ザ・ウォール!」


「ぬりかべ~~」


己の名を登場の挨拶へと代え、大地を揺らして姿を現す妖怪の壁。


「な、なんだ!」


逃走を図ろうとした鎌鼬の前に突如巨大な壁が競り上がり退路を塞ぐ。


鎌鼬が勢い余って壁に激突して止まった。


両手の鎌が壁に突き刺さる。


そして抜けなくなった。


「抜けない、なんでだ!」


両手が突き刺さった灰色の壁に、蹴りを入れながら踏ん張る鎌鼬。


早く逃げなくてはと思う心が焦りを呼んで必死を誘う。


しかし両手の鎌が抜けない。


背後から体を揺らして迫る軒太郎の気配が伝わってくる。


その気配は、明らかに殺気殺意の類。


そう、殺人鬼と同じ類の残忍な殺気だった。


「すまんな。このイベタムって妖刀は、生き血を吸わないと鞘の中に収まっちゃくれないんだ。故に妖刀ってな」


「ひぃぃぃ、おたすけよーー!」


両手を壁に囚われながら後ろを振り向く鎌鼬は、完全に戦意を喪失していた。


顔は怯え、体を震わせ、口からは命乞いをせがむ情けない台詞しか出てこない。


恐怖の為か穿いた短パンの前が哀れにも染みを広げていた。


お漏らしをしている。


「お前の生き血で、こいつらの殺戮欲を静めさせて貰うぜ。ただ俺が、お前を殺したい訳じゃあないんだ。すまんな」


嘘である。


それが震える鎌鼬にも瞬時に分かった。


漆黒に全身を統一するカウボーイは、明らかに殺人鬼そのものに見えた。


瞳はテンガロンハットに隠れて見えないが、完全に口元が笑っていた。


殺意を妖刀に責任転嫁している。


逃れられない鎌鼬の背後に立つ軒太郎。


怪しく光る刀身二つが、鎌鼬の背中を優しくなぞる。


「ひぃぃいいい!!」


まるで女性の肌に触れるように官能的な動きだった。


鎌鼬が身を捩る。


畏怖する鎌鼬の体内から、恐怖があふれ出て流れ落ちて行く。


歯茎がガタガタと小刻みに音を鳴らしていた。


「安心しろ、俺は案外慈悲深い。ひと思いに殺してやるさ」


「ぐはっ!」


慰めにもならない一言の直後、二つの刀身が鎌鼬の背中に突き刺さる。


そして胸まで貫通して紅く染まった切っ先二つを胸の前から覗かせた。


「かぁ………」


軒太郎の宣言通り直ぐに鎌鼬の双眸から光が失われていく。ひと思いだった。


道を塞ぎ鎌鼬を捕らえて離さなかった灰色の壁が霧と化して消えていく。


すると鎌鼬の両手がダラリと下がる。


既に絶命している様子だった。


鎌鼬を串刺しにしている二刀へと体重がのし掛かる。


その重みに死を確認した軒太郎が二刀を引き抜きコートの中にある鞘へと戻した。


「やったわね。これでカマイタチを頂だわ」


そう言いながら憑き姫がクリアファイルの中から一枚のカードを取り出す。


何も書かれていない白紙のカードだった。


僅かに俯きながら瞼を閉ざす憑き姫。


可愛らしい口からは、何やら複雑な呪文が流れ出る。


その呪文に誘われ三つの死体から浮き上がる白い塊。


妖怪の霊魂だ――。


それらは白い尾を引きながら自由に飛び回ると、やがて白紙のカードの中へ己から飛び込むように吸い込まれていく。


「よし、魂の捕獲完了。コンプリートにまた一つ近づけたわ」


憑き姫が冷たく微笑む。


白紙だったカードに、三匹の鎌鼬が回る絵が描かれ、鎌鼬の名が刻まれる。


憑き姫は、そのカードをファイルに入れると本を閉じた。


やがて書物自体も霧となって消えていく。


一方、軒太郎は鎌鼬たちの骸を掻き集めていた。


「ふふふ、良い素材を得られたぜ。こいつらの鎌は使えそうだな。面白い一品が出来そうだ。否、二品ぐらい創れるぜ」


一箇所に集めた鎌鼬の死体。


バラバラになった次男の鎌を手に取り黒くにやける軒太郎。


その姿は怪しく奇怪だった。


「さあ、帰りましょう。軒太郎、もう私は眠いわ」


「ああ、わかった」


軒太郎に後ろから声を掛けた憑き姫の姿は、いつの間にか巫女の出で立ちから白のワンピース姿にチェンジしていた。


いかにも貴賓があるお嬢様といった清楚さが伝わってくる。


だが、かなり気が強そうな顔つきで、高飛車ではないかと思える印象が強い。


しかし美人の部類だと区別できた。


あと十年も経てば、お嬢様から女王様に昇格しそうな美少女である。


「今日は荷物が多い。三匹分の収穫だからな」


軒太郎は衣装が変わった憑き姫を見ても平然としていた。気づいていない訳でもなさそうだ。


「じゃあ私は、先に帰るわね」


「ああ、かまわん」


「じゃあ、おやすみなさい」


「おやすみ――」


こうして今宵の二人は妖怪狩りを解散させた。


憑き姫は軒太郎を残して長い黒髪と白いワンピースを揺らしながら去って行く。


辺りの結界は既に解除されていた。


嵐のような突風も止んでいる。


夜空に静けさが舞い戻っていた。


その闇夜の中で独り軒太郎が妖怪の死体を嬉しそうに漁っていた。


二人は、魂を狩るものと、骸を狩るものである。





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