トンネルの入り口に立つのは巨人だった。
デカイ。
遠目にも理解できる大きさだ。
明らかに人のサイズではない。
2メートル半、否、3メートルはあるだろうか……。
四人は驚きのあまりに声も上げない。悲鳴も出ない。
呆然の表情で入り口に立つ巨人を見ている。
驚愕が震え出しながら沈黙と化していた。
「ドッキリ……?」
そのような訳がないだろう。
一般市民の若造に、こんなところで、こんな風に誰がドッキリを仕掛けるというのだ。
「おいしそうなお肉ズラー」
太い声が聞こえた。
四人が一斉に、その声の聞こえて来た方向を見上げる。
そう、見上げたのだ。
わざとらしくキャラ設定を立てようとしている方言の訛り声を落とした者が天井に張り付いていた。
「ひぃ!」
四人の視界に入った光景は、巨漢の男が蜥蜴のように張り付いている姿であった。
女が口から小さな悲鳴を漏らすと、空気が震えて冷え上がる。
大気までもが怯えていた。
天井に張り付くそれは、入り口に立つ巨人ほどではないが、かなりの巨漢で肌の色が深い緑色だった。
どちらも人間には見えない。
そう、化け物だ。
「うわぁぁぁあ!」
女の悲鳴よりもワンテンポ遅れて一人の男が悲鳴を上げながら持っていたデジカメを落とし、腰を抜かすように尻餅を付いた。
男の声に続いて女性二人が「きゃぁぁあああ!」と悲鳴を響かせる。
騒がしく混乱が始まった。
まず四人は、うろたえた。
身を守る。
彼女を守る。
仲間を守る。
それとも逃げる。
それらよりも最初に取った行動は『うろたえる』だった。
そして次に取った行動も『うろたえる』だった。
愚かにも判断を忘れ、哀れにも混乱を選んでしまう。
そもそも心霊スポットなんぞに来るだけの根性は備えていなかったのだ。
少しずつ本能が状況を飲み込み始める。
怖い時は逃げる。
それが純粋な反応だろう。
逃げおおせる先は、車がある反対側の出口。
本能に促され彼ら四人が、恐怖のまま逃げようと行動を起こす。
しかし車が在るのとは別の出入り口にも人影が見えた。
しかも三人だ。
カップルたちは、その三つの影に助けを求めようとは考えなかった。
何故なら理由は簡単明快である。
マッチョな男。
髪の長いスマートな男。
そしてグラマーな女。
それら三人は時代劇のエキストラかと思う程の古めかしい町民や女郎の姿をしていたからだ。
しかも髪の長い男は、右手に長めの合口を持っていた。
銀色の刀身がへッドライトの光に輝き殺意をチラ付かせている。
「な、なによ、こいつら……」
「知るかよ……」
ただ、うろたえ続ける四人。
赤い男が述べる。
「封印が解けたばかりで、妖力が殆ど残ってなくてよ。実のところ困っていたんだよ、俺たち」
着物を膨らませる大きな筋肉は全身赤かった。
額には二本の角。
形相が鬼その物。
「そうそう、空飛ぶ黒雲馬の術も使えず、歩いて山中を彷徨っていたの」
女郎のような女が言う。
肌は紫色。
人とは思えない肌色だが魅惑的な大人の女性だった。
「これで、妖力も回復できますわ」
「ああ、そうですね。これで腹が満たせます。妖力も回復できますな」
合口を手にした髪の長い男が薄ら笑いで紫の女に言葉を返す。
長いワンレンの髪から覗く笑みは青く奇怪だった。
赤い肌。青い肌。紫の肌。
三匹が四人を目指して歩き出す。
四人が怯えて逃げ出そうとしたが、入り口からヘッドライトを隠すように巨人が猫背でトンネルへと入って来て居た。
それを見て四人が足を止めた。
前を向き、後ろを向き、クルクル回る。
挟まれている。
逃げ場の無い状況に危機感を急上昇させて行く。
「鬼だ!」
一人が気付き口に出す。
突如現れた者たちは女以外は角が見えた。
一本二本と角がある色取り取りの鬼たち――。
「一匹足りないズラ!」
天井に張り付く緑の鬼が言う。
鬼は五匹で、若者は四人。
その言葉から自分たちが食われるのかと連想を進めるカップルたち。
恐怖のあまり一人の女性が粗相した。
しかし仲間たちは誰も気付かない。
そんな余裕は欠片もない。
「大丈夫よ、心配しないで――」
紫色の女が言う。
「全部刻んで集めてから、私が料理してあげる。そうすれば皆に均等に行き渡るわ」
「おお、名案ズラ!」
「生きたまま捌いてあげるわ」
怪しい口紅で微笑む紫色の女。
その女の言葉に恐怖心が臨界点に到達したのか一人の女が我武者羅に走りだした。
三匹の鬼たちの間をすり抜けようと試みる。
無謀なチャレンジだった。
しかし彼女は三匹の間に存在している僅かな隙間に、淡い期待を見出し突き進む。
仲間の三人は彼女を止めない。
追わない。
続かない。
その行動に希望を見出せないからだ。
彼らは試みることよりも諦めることを選んだのだ。
運が良ければやり過ごせる。
誰かが助けに来てくれる。
これはただのドッキリだ。
夢だ。
嘘っぱちだ。
彼らは淡い希望を、そちらに向けたのだ。
走り出した彼女のように自分で希望を勝ち取ることよりも運を天に任せたのだ。
しかし──。
三匹の鬼に向かった彼女の前に長髪の青鬼が走り出る。
彼女は前をふさがれ走りを止めた。
すると目の前で合口が振られ上から下へと輝く剣筋を煌かせた。
「加奈子!」
男が彼女の名前を呼んだ。
――が、彼女は真っ二つに割れて左右に体を開いて倒れて行く。
綺麗に割れた器から血や臓物が床に散らばった。
残忍な程に惨い光景だ。
青鬼がうっすら笑うと、その光景を見ていた女が悲鳴を上げた。
「いぃぁぁぁああああ!」
「嘘……だろ……」
しかしトンネル内に響き渡る女の悲鳴は、直ぐに止まった。
悲鳴が止まると同時に彼女が後ろへ倒れ込む。
何が彼女に起きたのかを直ぐに男たちが視線だけで確認を求めた。
女は顔面から血を流していた。
水道管が破けたように顔面から血が吹き出ている。
穴が開いているのだ。
一つ二つではない。
拳銃か何かで撃たれたような小さな穴だ。
そこから血が吹き出ていた。
止まる事無く。
「うそ、だろ……」
男が悟る。
もうこれはドッキリではない。
助けもこない。
自分は死ぬのだと――。
自分は運が無かったのだと……。
そう絶望に浸るなかゴキゴキっと、嫌な音が隣から聴こえた。
いつの間にか天井から降りてきていた緑の鬼が、仲間の頭を両手で掴み、可笑しな方向へと捻っていた。
仲間の首が変形して鼻血を垂れ流し、口から赤い泡を吐いている。
「っ…………」
男は思った。
自分の運は、完全に尽きたのだと……。
そして――。
五色の鬼たちに囲まれながら――。
仲間の後を追う……。
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