魔法少女のアルビレオ

─私の幼馴染が〈世界を滅ぼす力〉を持ってた話─
射水航
射水航

0-2 悪党

公開日時: 2021年9月9日(木) 00:08
文字数:2,366

 内田の手下を殴り倒し、第一理学実験棟に踏み入った私たち。

 けれど中は電気もついていないし、そもそも初めて来るところだしで、どこを目指せばいいのか分かりません。

 

 周りに誰もいないことを私たちに確認させた教官はスカートのポケットを探り、黒いゴムで巻かれた乾電池のようなものを取り出しました。

 教官が軽く握り込んで魔力を送り込むと、機械じかけになっているそれはカシャカシャと音を立てて伸び、銀色の金属でできた質素な〈杖〉に変形します。

 

【こらオッパイ、見取り図】

【はいはい、おちびの大佐ちゃん】

 

 と、頭の中で教官と若い女性が会話。

 これは魔法によるものではなく、〈杖〉の持つ通信機能──れっきとした現代の技術によるものです。〈思念通話テレパシー〉と言ってしまえば魔法に片足突っ込んでるような気もしますが、五年ほど前に合衆国の国防高等研究計画局DARPAが実用化し、ANNAのような特務機関や軍の特殊部隊でのみ使われている最先端技術なのです。

 そして通話の相手はANNA本部の管制室から私たちを見守っている、謂わばオペレータ──ナツミ教官の十年来の戦友でもある、フスタ=アンドレーア・ヴァンロッサム戦術管制官です。階級は2尉。実際の見た目は──まあ、セクシーな女性です。

 フスタさんは眠たそうに答えると、教官の〈杖〉に各階の見取り図データを送信。ホログラムでそれを空中に表示させ、五階のとある一室を赤くマークしました。

 

【この突き当たりの大教室に魔力を励起した痕跡がある。多分そこが根城だよ】

【魔力は内田のモンで間違いない?】

【属性も固有波形も〈インデックス〉のデータと一致してる。内田本人と断言して差し支えないかな】

【オーケー、しばき倒しに行くわ】

 

 教官はエレベータを呼び出し、五階のボタンを押下。抑揚のないアナウンスが流れ、それからエレベータは動き出しました。 




 五階の大教室前。

 

『……もうみんな知らせが回ってると思うけど、一応この場でも共有しときます。船橋マリナさんを勧誘しようとした僕たちの同志、経済学科三年の佐藤さとうタロウくんと漢文学科一年の鈴木すずきリコさんが警察に逮捕されました。自由党政権による不当な逮捕です』

 

 私たちはドアの隙間から中の様子を伺っていましたが、中では教壇に上がった男子学生──内田ジュンが、ホログラムのスライドショーを映しながら演説していました。

 話を聞いている手下たちはざっと数えて五十人ほど。こちらに背を向けるように座っているので顔は見えませんが、格好や雰囲気からはみんな学生に思えます。

 魔法使いとその手下というより、学生運動の集会という方が印象としては正しそうです。演説の内容もなんか政治的な感じですから。

 

【ああやって何の関係もないカタギを騙して手下にしてるのよ】

 

 と、ナツミ教官が通信越しに話しかけてきます。

 

【学生運動という体で人を集めて、適当な陰謀論で言い含めて従えてるの。マリナ学生に麻酔弾ブチ込もうとしたあの二人も、こうして集められたカタギだったわ】

【政権がどうとか言ってますけど、マリナと一体なんの関係があるっていうんですか……】

【気にするだけ無駄よそんなこと、どうせただの出任せだから。それより大切なのは、これがネオ・バプテストの本質だってこと】

 

 本質?

 

【奴らは目的のためとあらば、こうして騙したカタギに自爆テロをさせることだって厭わないわ。魔法使いなんていう裏社会の事情に、平気で無関係の人間を付き合わせるの。人の心とか無いのよ】

【そんな奴らがこの子を狙ってるっていうんですか】

【ええそうよ。だから守るの。なんとしてでもね】

 

 なんて危険で汚い連中なの……。

 世界征服とか言われてもピンと来なかったけど、そうやって言われるとやっぱり警戒心が増してくる。もしそんな奴らにマリナが捕まったら何をされるか分かったもんじゃない。ただ間違いないこととして、最終的に殺されるか、死ぬより酷い目に遭うに決まってる。

 そんなの絶対に嫌だ。自分がそうなるならまだしも、自分の幼馴染がそうなるなんて。

 ……だったら、護らなきゃ。強くならなきゃな……。

 

【さて、もう少しこのクソみたいな御託を聞いていきましょうか。会場のバイブスが最高にアガったところで突入して、あのクソッタレの悪党をふん縛るのよ】

【【了解!!】】

【フスタもサポートよろしくね】

【はいはーい】

 

 ドアの向こうの大教室では、まだ内田が教壇に立っていました。

 最初は比較的落ち着いていた演説も少し熱を帯び、『そうだそうだ!』『その通り!』と合いの手を入れる手下の声も聞こえてきます。

 カタギを騙すために適当にでっち上げてる演説とはいえ、人々から同調されるとやっぱり気持ち良いみたいです。楽しそうな顔が最高にムカつく。

 

『……政府は先日、東京コロニーのさらなる拡張を閣議決定しました。自然環境を愛する僕たち市民の反対にも関わらずです。……』

『けしからーん!』

 

 ……まだまだ。

 

『……またYouTunerユーチューナーの〈きゅう・あのう〉さんによれば、いま自由党では〈四・〇五ヨンテンゼロゴー〉以来無期限凍結されている縮退炉研究の再始動が議論されているそうです。もちろん極秘でです。……』

『ふざけるなー!』

 

 ……まだまだ。

 

『……そうした動きの全ては自然環境を率先して破壊し、地球を人類が住めない星に変え、それを口実に宇宙植民という名目で軍事研究を推進、憲法を改悪して大日本銀河帝国を樹立し……』

 

 ……まだまだ、いやそろそろ?

 

『……そのためには何が何でも船橋マリナさんの力を借りなくてはなりません。かの船橋ヒカリ艦長が命がけで内務省から盗み出し、娘のマリナさんに受け継がれた、自由党重鎮の犯罪リスト! これを白日の下に晒し、自由党を政界から完全永久追放して、本当の世界平和と民主主義を実現するんです!』

『ウオオオオーッ!! 世界平和!! 民主主義!! ウオオオオーッ!!』

 

 ……今だ!

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