気を取り直して作業を始めることとしました。
もし何かあるとすれば、ありそうなのはやっぱり爆弾の起爆プログラムかな。機体に爆弾が仕込んであって、プログラムの合図で……っていう。
何もないといいんだけどなあ……。テロが起こるだけでも嫌なのに、こんな可愛く作られたアイドル型ロボットがその道具にされてたら悲しすぎるもの。
〈杖〉のホログラム画面を投影して、機体ストレージ内のデータを表示。
フスタさんからもらった〈キーワードリスト〉を参考に、怪しげなものがないか調べていきます。
まず〈爆弾〉で検索すると……該当データ、なし。英語の〈Bomb〉で検索し直すと、これも該当なし。
〈Attack〉で検索、該当なし。〈Magic〉、これもなし。
その他テロリストっぽい言葉でいろいろ検索、全部なし。テロリストがよく使う隠語や言い換えでもやっぱりなし。
なし、なし、なし。何もありません。
【フスタさん、そっちはどうですか?】
【いやあ何にも。怪しげなファイルはないね】
ストレージの次は通信を調べてみます。ひょっとするとテロ組織とやり取りしているかもしれませんから。
古より伝わる〈netstat〉コマンドを実行し、システムの通信状況を開示……すると通信の規格、接続先のアドレスとポート番号、接続の状態などといった情報がズラズラズラッと出現しました。
【……主な接続先はロケットスターの社内サーバだね。機体の状態を会社からモニターしたり、記憶をバックアップしたりしてるっぽい】
【つまり変な通信じゃないってことですね】
【そういうこと。ちなみにだけど、そのwatashi: 65535って接続先、多分チカイちゃんのことだよ】
【えっそうなんですか】
【だって他にないし。人間と機械を魔法で繋ぐとそう認識されるんだねえ、知らなかった~】
私も一つ勉強になった……ていうのは置いといて。
とりあえず、有害そうなファイルも通信も出てはきませんでした。
つまり何もないのです。この子たちは無実なのです。
【……なんか、安心しました】
【同感。それじゃそろそろ解放してあげよっか……ん?】
【どうしました?】
二体を解き放つべく私たちの痕跡を消そうとしたその時、フスタさんが怪訝そうな声をあげました。
【何このアドレス。強制、接続器?】
見てみると、確かにズラッと並んだ接続先アドレスに【Forcibly-Connector: 58798】というものがありました。
確かに何なんでしょう? 強制的に接続する機器? 接続するって機体を? 一体どこに?
【……ん~よく分からんな。もう少し時間があればゆっくり調べたいんだけどな】
と、フスタさんは歯噛みしたような口調で言います。
そう、もうタイムリミットが迫っていました。男子トイレの奥の方から水を流す音が聞こえてきますし、ずっと見張りをしていたマリナも【やばいよ、もう主任さん出てきそうだよ!】と言っています。
この〈強制接続器〉とやらが一体なんなのか、ちゃんと調べる時間はなさそうです。
【気になるけど今は一旦退こう。切迫した危険はとりあえず無かったんだし、また後でゆっくり検めさせてもらおう】
【そうですね……じゃあ、ずらかりますか】
【うん】
というわけでフスタさんはハッキングの痕跡を綺麗に消去し、蒼い髪の子を解放。私も同様に足跡を消して、二人にかけた〈サイバージャック〉を解きました。
すると二体の眼球が正面を向き、さっきまでのようなお喋りを再開します。
『あ゛──……そしたら、主任さんったらひどいんですよ!「それは所謂コラテラル・ダメージというものに過ぎない」とかなんとか言い出して!』
『あっ、ミハル。〈アルビレオ☆★〉さんを行かせてあげなきゃ。出番がもうすぐだよ』
『えっ? うわっ、ほんとだ! なんでだろうマキちゃん、いつの間にか時間が経ってたよ!?』
『楽しいと時間が早く過ぎるって言うでしょ? すみません、二人とも』
「「ああ、いえいえ……」」
すっかり正常な様子のディープ・マーメイドの二体。その機体からテロリストの邪念は感じられません。
だって実際無実なんですから。二体は純粋に人々を楽しませ、会社を宣伝するために作られた、罪のないアイドル型ロボットに過ぎないのです。
ミハルと呼ばれたツインテールの子の屈託のない笑顔を見た私は、さっきまでその笑顔を魔法で犯していたことを思い出して……ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、死にたい気持ちになりました。
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