〈魔法〉。
それは太古の昔から受け継がれてきた超常の科学。
常人の百倍もの力を発揮し、炎や風を人の意思に従えさせる異能の技術。
そして徹底的な検閲と隠蔽により、人々がその実在を知ることは決してなく。
ただ神話やおとぎ話の一部としてだけ語られてきたもの。
やがて21世紀も折り返し、西暦2050年の〈東京コロニー〉でもそれは変わらず。
〈魔法使い〉たちは日夜、暗闘に明け暮れていました──。
『よし、決まりね♪ それじゃ早速、明日から訓練を始めるから』
ネオ・バプテストからマリナを護る──護れるぐらい強くなることを決意したあの日。
私はそのマリナともども〈魔力〉に目覚め、あの白軍服の少女から魔法を教わる〈見習い魔法使い〉となりました。
ちなみにあの人の官姓名は深川ナツミ1佐、今年で三十二歳。十二歳ぐらいにしか見えなかったけど立派なアラサーで、もう十年以上も魔法使いやってるベテランだとか。
その深川ナツミ1佐、もといナツミ教官の教え子となった私たち。
魔法を使うことにも慣れ、実戦形式の訓練にも手を付け始めた……そんな四月のある日のこと。
私とマリナは、初めて魔法使いの仕事場へ出ることになりました。
東京湾に浮かぶ巨大海上都市、私たちの住む街・東京コロニー。
私とマリナは教官と一緒にその一角にある某私立大学へやってきていました。
なんでも、あの日マリナに麻酔弾を撃ち込もうとして失敗し、ナツミ教官に倒された二人の男女──彼らに指示を出していたネオ・バプテストの魔法使い〈内田ジュン〉が、ここを根城にしているとかで。
組織の情報を吐き出させるため、彼を捕まえに来たのです。
【環境破壊政権を倒そう】とか【人権侵害企業を許すな】とか【コロニー拡張工事断固阻止!】とか──そんな反体制的な言葉が書き殴られた立て看板。
主張の激しいそれらがいくつも立ち並んでいるキャンパス内の大通りは、視覚的にはうるさいのに聴覚的には静かで、聞こえてくるのは私たち自身の足音だけ。
今は深夜で人がいないので当たり前のことなんだけど、そのギャップがなんとも言えない異様な雰囲気を強調していました。強いて言うなら……「ああ、東京コロニーってこういう人たちもいる街なんだな」っていう。
地元の横須賀ではあまり見かけなかったから。
「そういえばあんたたち、この四月に上京してきたばっかだっけ」
と、前を歩く教官が言います。
「はい、進学のために」
「そ。東京コロニーは良いところよ~。色んな輩がごちゃまぜになってて、毎日何かしら起きるから退屈しないの」
「あはは……」
「若いうちに色々楽しんどきなさいね。……さてと」
教官が歩みを止め、その注意を私たちから他に移しました。
声が向けられた先には髪をカラフルに染めた活動家風の男が二人。〈第一理学実験棟〉と銘打たれた建物の入口を塞ぐようにしゃがみ込み、揃って葉巻を──いやこの臭い、まさか大麻?──をふかしています。
内田の手下であろう二人はこちらに気づくとのっそり立ち上がり、大麻を咥えたまま近づいてきました。うわ、ガラ悪っ。てか臭っ……。
「そのお揃いの白制服、もしかして自衛隊のコスプレ?笑」
「せっかく可愛いのに、そんなんじゃ彼氏できないよ?笑」
「ここ通してよ。あんたたちの親分に用があるから」
ふわふわと気が抜けた手下たちの煽りを、教官は華麗にスルー。私も(多分マリナも)死ぬほどムカついたけど、教官に倣ってここはガマン。
大麻がキマってる輩の言葉なんてまともに取り合うだけ無駄なのです。
「「え??」」
「だから、あんたたちの親分に会わせろって言ってんのよ」
「……え、もしかして内田さんのこと逆ナンしにきたの?笑」
「いやーやっぱモテるなあ! さすが内田さんだわ!笑」
「……ハァ」
埒が明かない。そもそも会話が成立してない。
これどうするんだろう、と思ったその時!
教官の右腕が一瞬ぼやけたかと思うと、ビュッ! という鋭い音を放ちました。
空気を裂くようなその音と同時──
「ぶっ……!?」
──と、髭を生やした方の手下が鈍い悲鳴をあげました。
真っ赤な鼻血を噴き出しながら。
そのままの勢いで大きく仰け反り、一瞬のうちに気絶した髭は大の字になって倒れます。
どすん、と。
「……えっ?」
驚いたのはもう片方、帽子をかぶった手下です。
「え、なっ……なんで?」
「急ぎの用事なのよこっちは。通してくれないならぶん殴ってでも押し通るまでよ」
「え、あ、ぼ、暴力反た──もがっ!?」
パニックに陥って大声で叫びかける手下。
でも言い終わらないうちにまた教官のパンチが入り、ただ口を押さえながら呻き声を漏らすだけに留まります。
そして一発食らわした教官は手下の胸ぐらを乱暴に掴み、顔を自分に近づけさせて真っ直ぐ睨みつけました。
「じ、人権侵害……」
「何が人権よ、たかが前歯が全部折れただけでしょ」
「たかが!? 信じられない、ツイスタで拡散してやる! こっちにはフォロワーが千人も──」
「あっそ、勝手にすれば?」
教官はそれだけ言うと、情け容赦ない右フック。〈魔力〉によってプロボクサーのそれすら上回る破壊力の拳は、いとも容易く常人の意識を刈り取ってしまいます。
〈魔力〉とは人間の秘めた潜在エネルギーのこと。つまり魔法使いとは、魔力に目覚め、自在に操る者のことなのです。
教官は気絶した二人をサッカーボールみたいに蹴り飛ばして脇へどかし、二人の大麻をブーツで踏みつけて火を消すと、ため息をついて言いました。
「全く世も末ねえ、親御さんが見たらどんな顔するかしら。ねえ?」
「「はっ、はい」」
全くだよ、こんな夜中に大学で大麻吸ってるなんて……。
「殴られて出てくる言葉が『ツイスタで拡散』だなんて……。自分の息子がこんなダサい男に育ったら、アタシが母親ならショックで三日は寝込むわね」
えっ、そっち!?
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