沙羅姉とのティータイムを終えて、いつもの流れなら、沙羅姉を見送ってからそのまま風呂の準備をして、宿題を片付けて、風呂に入って、居間でだらだらしてから寝るという、自堕落な生活を送っているんだけど、沙羅姉と同居をするからにはそうはいかない。
「さて、それじゃあ、俺は今から風呂にお湯張ってくるけど、沙羅姉はどうする?」
俺からの問いに、沙羅姉はキッチンで湯呑みを洗いながら答えた。
「ああ、風呂の準備ならお前が部屋で着替えている間に済ませたぞ。すぐにでも入れるが、どうする? 先に入るか? それとも、一緒に入るか?」
まぁ、沙羅姉はあくまでも真面目に言っているんだろうけど、俺としては沙羅姉のことを意識してしまうから勘弁して欲しい。さっきみたいな冗談の後だから尚更だ。
「いや、ナチュラルにとんでもないことを言うのはマジで止めてくれよ、沙羅姉。心臓に悪いからさ……」
「私は全然構わんのだがなぁ。ま、海人がそう言うのであれば今日のところは一緒に入るのは止めておこう。今日のところは、な」
全く、沙羅姉は結局俺のことをどうしたいんだ。俺にはだんだん解らなくなってきた。いや、今は取り敢えずいつも通りの自分のペースでことを運ぶとしよう。
「それじゃあ、今日は宿題が結構出たから、それを済ませてから風呂に入るよ。だから、沙羅姉が先に入ってしまってくれよ」
「そうか、では、そうさせてもらおうか。それじゃあ、今日は少し長めに風呂に浸かるとしようかな。風呂、お先に頂いてくるよ」
そう言って、沙羅姉は湯呑みを食器乾燥機に入れてから、エプロンを脱いで、制服のまま部屋へと戻っていった。ああ、そういえば、制服の上からエプロンを着た沙羅姉を見るのは今日で最後かもしれないのか。なんだか、少し寂しいかも。
そんなことを考えながら、俺も自分の部屋へと戻り、宿題に取りかかった。量は多いけど、内容は前学年の復習が主だから、意外と早く済んでしまうかもしれないな。
…………
一時間ほどして、宿題も解らないところ以外は大方片付いた。俺は自分の部屋から居間の方に行き、沙羅姉が風呂からあがるのをテレビを見ながら待つことにした。
しばらくすると、風呂場の方からドアが開く音がした。沙羅姉って、意外と長風呂なんだな。そして、居間のドアが開き、沙羅姉が居間へと入ってくる。
「海人、あがったぞ。お前も風呂が冷めないうちにさっさと入ってこい」
「ああ、解ったよ、沙羅ね……ぬあっ!?」
俺が返事をしながら沙羅姉の方に振り返ると、そこには派手なワイン色のパンツ一丁で、上半身が裸の沙羅姉が居た。いや、正確には、タオルを首から掛けてるから、大事なところは見えていないんだけど、沙羅姉が動く度にヒラヒラとなびくそのタオルは、見るからに危なっかしい。
「おいっ! 沙羅姉っ! なんて格好をしているんだ!」
俺の悲鳴に近い叫びに、沙羅姉はヘラヘラと笑いながら答える。
「別に、いつもの風呂上がりの格好だが、何かおかしいか?」
何かというか、全てがおかしい。パンツ一丁なことも、上半身がほぼ裸なことも、そんな格好で健全な男子の前に堂々とやってきたことも、全てだ。
「ツッコミどころはいくらでもあるけど、まずは服を着てから呼びに来てくれよっ! 沙羅姉っ!」
沙羅姉はそんな俺の反応を見て、ホカホカと湯気をあげながらイタズラっぽく笑う。なんだか、イヤな予感がしてきたのう。
「ほう、やはり、海人は私のこのパ~フェクトなボディに欲情しているわけか。そうだろうそうだろう。なあ、海人。お前、もっと私の体を見てみたいとは思わんか?」
沙羅姉はそう言うと、俺の方を見ながらニヤリと笑う。そんな沙羅姉から、俺は目を離すことが出来ないでいた。
「隙ありっ! ほ~れ! 特とご覧あれっ!」
そう言いながら、沙羅姉は最後の砦であるタオルを投げ捨てた。状況を理解した俺は、咄嗟に目を閉じる。
「な、なにやってんだ沙羅姉っ! 冗談にしてもこれは悪質だぞっ!」
慌てて俺は沙羅姉とは真逆の方を向き、絶対に沙羅姉が視線に入らないように顔を手で覆う。そんな俺に、沙羅姉は背中越しに抱きついてきた。
「か~いと、こんなものでそんな風になってたら、来栖とセックスするときに難儀だぞ? 男なら女の裸くらい堂々と見てみないかっ! 全く、相変わらずヘタレだなぁ、海人は!」
「セッ……! おい、沙羅姉! いい加減にっ……!」
口ではそう言っているけど、俺の神経は全て背中に集中してしまっていた。少し湿った、柔らかい感触。来栖さんに抱きつかれたときとは違う、圧倒的な存在感。
いや、落ち着け、俺。俺と来栖さんはまだ付き合いたてなわけで、そんなこと考える段階はまだまだ先だ。いや、それ以前にまだ俺達は学生だ。そんなこと……
沙羅姉からのいきなりの話に、俺の下半身が反応してしまう。来栖さんとのセックス。俺はそんな未来を想像してしまった。不純だ、ゴメンよ、来栖さん。
そんなことを考えていると、沙羅姉は更なる一手に出た。
「そうだ、いっそのこと、こういうのはどうだ?」
そう言って、沙羅姉は俺の背中から離れた。そして、なにやら沙羅姉の方からゴソゴソと音がしてきた。
「ほれっ! 私の一張羅だ、特と味わえっ!」
沙羅姉の声と同時に、俺の頭にパサリと何かが乗った。俺はそれを手に取り、目を開けて確認した。すると、俺の手には、真っ赤なパンツが握られていた。
「風呂上がりだし、洗濯もしてあるから汚くないぞ? どうだ、初めて女物の下着を触ってみた感想は」
これは、さっきまで沙羅姉がはいていたもの。ほんのり湿っていて、暖かい。つまり、今の沙羅姉は……!
「おいっ! 本当にどういうつもりだよ、沙羅姉っ! あんまり俺をからかってると、本気で怒るぞっ!」
沙羅姉とは逆の方を向いたまま、声を荒げる俺に、沙羅姉は、少し真剣な口調で、俺の背中越しに、言った。
「海人、お前は、私の裸に興味はないのか? 私のこと、見てくれないのか?」
そんなわけない。俺だって男だ、女の子の裸に興味がないわけないじゃないか。それも、絶世の美女である沙羅姉の裸なら、尚更だ。でも、なんで沙羅姉はこんなことを、俺には解らない。
「いやっ! そんなことはないけど、今、沙羅姉の裸を見たら、俺、我慢できる自信がないんだよっ! そんなの、来栖さんに申し訳がたたないじゃないかっ!」
恥ずかしさをかなぐり捨てて、俺は叫んだ。すると、沙羅姉は大声で笑いながら俺に言った。
「ハッハッハッ! 悪い、海人、冗談が過ぎた! しかし、これなら今後海人が浮気などする心配はないなっ! なにせ、私からの甘~い誘惑を跳ね退けて見せたのだ! 合格だ、海人!」
「は? 合格って……!」
「まずは、こっちを向け、海人。大丈夫、もう服も着ている。だから、こっちを向け」
俺は沙羅姉の言う通り、恐る恐る沙羅姉の方を向く。すると、俺の目には、上下ライトブルーのパジャマを着た沙羅姉がいた。
「すまない、海人。私なりにお前の覚悟を試させてもらった。もしお前が私の裸を見たならば、その場でお前のことを見限るつもりだったのだが、要らぬ心配だったようだな」
「な、なんだ、沙羅姉、なんでそんなことを……」
呆然とする俺に、沙羅姉は頭を軽く下げ、微笑みながら、言った。
「いや、本当に悪かったよ、海人。本当のところを言うと、私はお前に未練タラタラなのだ。だから、こんなことをしてお前の気を引こうとしてしまった。本当に、すまない、海人。でも、これで私も吹っ切れたっ! これからはお前と来栖の未来に私の『全て』を捧げることを、ここに誓おう」
「いや、なにもそんな大袈裟に言わなくってもいいじゃないか。俺だって、沙羅姉のこと、大好きだからさ、これからもずっと。だから、沙羅姉をガッカリさせないように、来栖さんのこと、精一杯頑張るよ」
「ああ、そうしてくれ、海人。あ、それはそうと、そろそろその手に握っているものを、返してくれないかな。その、パジャマは着ているが、その、な、いわゆる、『ノーパン』というやつなのだ」
俺は頬を人差し指で掻きながら顔を赤くしている沙羅姉を見て我に返り、手に握っていた沙羅姉のパンツを慌てて返した。
「ゴ、ゴメン! 沙羅姉っ! これ、返すからっ!」
「ああ、確かに。しかし、実際に来栖とセックスをすることになったら心配なのは事実だぞ? 今のうちに、私で免疫をつけておけよ、か・い・とっ!」
全く、沙羅姉は段階を踏むってことを知らないのかな。いきなりそんなことを言われても俺にはどうすることも出来ないよ。それでも、沙羅姉が体を張ってまで俺のことを応援してくれているのは事実だ。
こうして、俺と沙羅姉の長くて大変な同居生活の一日目は更けていった。でも、明日からの生活が今日より楽なのかというと、どうやらそういうわけじゃないみたいだった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!