ああ、どうしよう、東雲先輩がわたしの告白を受けてくれた。なんで東雲先輩がわたしなんかからの告白を受けてくれたのか、わたしには今でも信じられない。
もちろん、わたしだって、東雲先輩と六条先輩が幼馴染で、六条先輩が東雲先輩のために色んな人からの告白を断っていたってことも知っている。だって、みんなそう言ってたから。
わたし達一年生は、まだ入学してそんなに経ってないけど、学校中の生徒が六条先輩の圧倒的な魅力に夢中だから、東雲先輩についての話も嫌でも耳に入ってくる。
だから、元々玉砕覚悟の告白だったけど、それでもわたしは東雲先輩に気持ちを伝えずにはいられなかった。なのに、東雲先輩はわたしの告白を受けてくれた。それは素直に嬉しい。でも、それと同じくらいわたしは、怖い。
六条先輩がわたしのことをどう思っているのか、それがとても、怖い。六条先輩、わたしが東雲先輩の彼女になったこと、怒ってないかな? 恨まれてないかな? 嫌な思いをさせてしまってないかな? そんな考えが頭のなかでグルグル回って、昨日は全然眠れなかった。
それでもわたしが東雲先輩を好きになった気持ちは変わらない! わたしはわたしにやれることを勇気を出してやっただけ! これからわたしがどうなろうと後悔はしないっ!
そうだよね、うん、大丈夫っ! 自信を持って! わたし! わたしだって女の子だもん、乙女の恋心は誰にも止められないんだから! ファイト! わたし!
「と~うか! どうしたの? そんなに張り切っちゃって」
わたしがガッツポーズをしながら気合いを入れていると、いきなり後ろの席からわたしを呼ぶ声がした。わたしがその声の方にあわてて振り返ると、見馴れた赤みがかったセミロングのスレンダーな女の子が笑っている。
「え!? な、何でもないよっ、椿ちゃんっ!」
「そう? それならいいんだけどさ。それにしても、桃花も隅に置けないなぁ~ まさか、ほぼ六条先輩のフィアンセ扱いだった東雲先輩に告白するなんて、本当にビックリだよ、椿ちゃんは」
そう言って椿ちゃんがわたしのほっぺを人差し指でツンツンとつつく。その顔にはなんだかちょっとあやしい笑いを浮かべている。
「えへへ、わたし、頑張っちゃいまし…… きゃあっ!」
わたしが椿ちゃんからのほっぺツンツン攻撃に照れながら答えていると、背中越しに誰かが急に抱きついてきた! 背中からは、とても柔らかい感触が伝わってくる。
「よっ! 桃花ぁ! 椿ぃ! な~んだ、二人でちちくりあってよっ! あっ! さては、桃花が東雲先輩に告った件だな~あ?」
「ちょっと、いきなり抱きつかないでよ、葵ちゃん!」
わたしは振り返りながら抱きついてきた手から逃れる。そこには、これもまた見馴れた、おっぱいの大きい、茶色いショートカットの女の子がいた。
「でも、もっとビックリなのは東雲先輩が桃花の告白を受けたことだよな~ いや、もしや、桃花、まさか、お前……! いや~! その手があったか! やるなあ、桃花っ!」
「何!? どういうこと!? 葵ちゃん!」
「え~っと、たしかこういうのって、『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』っていうんだろ!? いやいや、オレ達にはその発想は無かったぜ! なあ、椿」
「どういうこと? 葵ちゃん」
「いや、だってさ~ 東雲先輩って、お世辞にもカッコいいって感じじゃねぇし、な~んで桃花が東雲先輩に告ったのかが謎だったんだよな~ しかぁし! 六条先輩の存在を考えたら話が違うんだな!」
葵ちゃんはこぶしをグッと握りながら、やたら派手なジェスチャーで葵ちゃんの考えてを力説をする。
「え~っと、葵ちゃん?」
「まずは、東雲先輩を桃花のそのチャーミングな顔と仕草で虜にし、ゆくゆくは六条先輩の寵愛を一身に受けるっ……! かーっ! 堪らねぇなあ! 桃花が秘密の花園の向こう側に行っちまうなんて、オレ達、寂しいぜ!」
そんな! わたし、そんな理由で東雲先輩に告白したんじゃない! わたしは机を叩きながら目一杯葵ちゃんに反論する。
「ち、違うもん! そんなんじゃないもんっ! わたし、東雲先輩が好きなんだもんっ! なんでそんなこと言うの? 葵ちゃんっ!」
そんなわたしの抗議に、葵ちゃんは大声で笑いながらわたしの頭をワシャワシャとなでる。
「ゴメンゴメン、冗談だって桃花、泣くな泣くな。いや~ やっぱり桃花はからかいがいがあって飽きねぇな~!」
「もう、葵ちゃ~ん!」
葵ちゃんがひとしきり笑い終わったタイミングで、椿ちゃんが少し真面目な顔をして、頬杖をつきながらわたしに質問をしてきた。
「それにしても桃花、なんでまた東雲先輩のことを好きになったのさ? 椿ちゃんに教えてよ! 誰にも言わないからさっ!」
「あ、オレも聞きたい聞きたい! 聞かせろよお、桃花あ!」
困ったな、二人とも、わたしの話を聞いて笑わないかな。でも、言わないと離してくれなさそうだし、いいや! 言っちゃえ!
わたしは思いきって、椿ちゃんと葵ちゃんにわたしが東雲先輩を好きになった理由を話した。すると、二人とも大袈裟に呆れたような顔をする。
「うわ~ 無いわ~ 今時それは無いわ~ 桃花って、なんか悪い男に騙されそうで見ちゃいられないよ、椿ちゃんは」
「桃花はちょっとロマンチスト過ぎるんだよな~ まぁ、桃花のそんなところがまたかわいいんだけどな!」
二人ともやっぱりわたしが東雲先輩を好きになった理由を聞いて呆れているみたいだった。やっぱりこんな理由で人を好きになるのは変なのかな?
「やっぱりおかしいかなぁ、椿ちゃん、葵ちゃん」
わたしからの問いに、椿ちゃんは頬杖をつくのを止めて、葵ちゃんは頭を掻きながら、それぞれ真面目な顔で答えてくれた。
「いや、私は桃花らしくっていいとは思うんだけど、直感で決めちゃって後悔しないかなって、ちょっと不安かな、椿ちゃんは」
「ビビッとくるっていうのは何となく解るんだけどよ~ そ~れだけっていうのはな~ しかもオレって、よく考えたらこんな話するのは苦手なんだよな~」
椿ちゃんも葵ちゃんもやっぱりわたしが東雲先輩を好きになった理由にはちょっと納得がいってないみたいだった。それでも、わたしは決めたんだ! 自分で考えて決めたんだ! そこは譲れないっ!
「それでも、わたしは東雲先輩と付き合うっ! 止めないで! 椿ちゃん! 葵ちゃん!」
ちょっと大声で、わたしは自分の決意を新たにする。すると、椿ちゃんも葵ちゃんも軽くため息を吐き出して、わたしに言葉をかける。
「いや、止めないよ。桃花が真剣に考えて決めたことなら、背中を押してあげるのが友達だからね。頑張りな、桃花。椿ちゃんは桃花の恋を応援するよっ!」
「もちろん、オレも応援するぜ! だって、あの学校のアイドルの六条先輩を差し置いて、東雲先輩と桃花が付き合うなんて面白い話はそうそう無いし! 頑張れっ! 桃花っ!」
ああ、やっぱり、何だかんだで椿ちゃんも葵ちゃんもわたしのことを応援してくれるんだ。だからわたし、二人のこと、大好き。
「ありがとうっ、椿ちゃん、葵ちゃん……!」
なんだか嬉しくって泣いちゃいそう。わたしが二人からのエールを噛み締めていると。教室の外からわたしを呼ぶ声がした。
「桃花~ ちょっとい~い?」
わたしが声の方に顔を向けるとら隣のクラスの女子がわたしをドアの近くで呼んでいる。わたしは二人の元から離れ、呼ばれた方へと歩いていく。
「な~に? わたしに用事?」
「いや、何か生徒会長さんが桃花に用事があるらしくてさ、『放課後、時間があるのであれば生徒会室まで来てくれないか』って、伝言預かったんだ。生徒会長さん、何だか難しい顔してたけど、何かしたの? 桃花」
「ううん、別にそんなんじゃっ……」
「まぁ、事情はわからないけど、伝えたからね、それじゃっ!」
六条先輩からの呼び出し。いつかはあるかなとは思ってたけど、こんなに早いとは思わなかった。私は心臓をバクバクさせながら隣のクラスの女子を見送った。
…………
「あ~ やっぱりいつ見ても我がクラスに咲く三輪のお花ちゃん達を見てたら癒されるな~」
「でもよ~ そのうちの一人が彼氏持ちになっちまって、寂しくなるよな~ 俺、来栖のこと、密かに狙ってたんだけどな~」
「いや、佐伯はともかく、鍋島は彼氏いるんじゃねぇの? だって、頭もいいし、人当たりもいいし、逆に彼氏がいないのがおかしいだろ」
「それを言ったら、佐伯だって。あの高校生とは思えんデカイ胸を自由に出来る男がいるなんて考えたら、もう堪らねぇよ……」
「ま、残念ながらあの胸を揉めるのは、佐伯先輩のめがねにかなう男でないといかん訳だけどな。佐伯もそれなりに空手強いし」
「そういえば、鍋島も剣道強いんだったっけ…… 最近の女子は強いよな、本当に」
「あ~ 彼女欲しいな、相棒」
「ああ、そうだな、相棒」
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