次の日の昼休み。俺は来栖さんに告白の返事をすべく、友達づてで来栖さんを体育館の裏に呼び出した。ここならそう目立つまい、やっぱり周囲に目があると恥ずかしい。
俺が体育館の裏に到着してから数分後に、校庭の方からキョロキョロしながらこちらにやってくる人影が見えた。その人影は次第に大きくなり、やがてそれが来栖さんだということが解る距離まで近づいてきた。
「あっ! 東雲先輩っ! お待たせしましたあっ!」
来栖さんは俺に気づくと、やたら駆け足でこちらにやって来た。トコトコと駆けてくるその姿はまさに小動物、見ているだけで何だかほっこりしてしまう。
「やあ、来栖さん。ごめんね、わざわざ来てもらって」
俺が軽く手を振りながら来栖さんに挨拶をすると、来栖さんは手をパタパタと振りながら首横にブンブンと回す。
「いえっ! 元はと言えばこちらからお願いしたことですから! それで、昨日のお返事、聞かせてくれるんですよね? わたし、覚悟は出来てます! 聞かせてくださいっ!」
来栖さんはその場で目をギュッと閉じ、手をギュッと握りしめ、プルプルしながら俺の返事を待っている。この調子だと来栖さんが酸欠になりかねない、俺は意を決して来栖さんに告白の返事をした。
「いいよ、俺でよかったら、付き合おう」
俺の告白を聞いた来栖さんは、目を見開き、両手を口に当てながら驚いている。何だかちょっと大袈裟な反応な気がするな。
「本当にいいんですかっ!? わたしでっ!」
来栖さんから告白してきた割りには意外な反応、俺は少し不自然さを感じながらも改めて来栖さんに返事をする。
「うん、来栖さんがいいなら、俺は大歓迎だよ」
俺の返事を聞いた来栖さんは、満面の笑顔を浮かべながらその場でピョンとジャンプした。
「やったあ! ありがとうございますっ! 先輩っ!」
そして、来栖さんは俺に駆け寄り、何とそのままガバッと抱きついてきた。今までの人生で経験したことがない事態に、俺の体に電流走るっ……!
鼻腔をくすぐる甘いせっけんのような香りに、ボリュームはないけど、ちっちゃくて柔らかい感触。女の子の体ってのはこんなに柔らかいもんなんだなあ。
「ちょっと、来栖さんっ! 落ち着いて!」
俺は慌てて来栖さんをなだめるけど、それでも来栖さんの抱擁は止まらない。もし来栖さんに尻尾があったなら、千切れんばかりにブンブンと振っていることだろう。
しばらくすると、来栖さんが俺を解放する。それと同時に、俺は慌てて辺りを見渡した。よかった、来栖さんが俺に抱きついているところは誰にも見られてないようだ。
「それでは、これから宜しくお願いしますねっ! せ~んぱいっ!」
「うん、宜しくね、来栖さん」
桃花ちゃんは俺の返事を聞き、満足そうにパタパタと校庭の方に戻っていった。これで、はれて俺に可愛い彼女ができた訳だ。俺も何だか嬉しくてにやけてしまうな。こんな気持ちは生まれて初めてだ。
俺はかつてない幸福感を味わいながら、夢心地で教室へ戻った。しかし、この後俺にはこの幸福感を帳消しにしかねない出来事が待っていたのだった。
…………
俺が体育館の裏から教室へ戻ると、クラスメイト全員の目が俺に注がれる。そして、その中から一人、図体のでかい、今どき珍しいリーゼント&ポンパドールの髪型の男がこちらへと駆け寄ってきた。
「戻ったかっ! 東雲! で、どうしたんだ? 桃花ちゃんからの告白の返事はよおっ!」
「何の騒ぎだこりゃ。ま、どうせお前がみんなに触れて回ったんだろうが、赤西」
「ふふん、俺の情報ネットワークを侮ったらいかんぜよ。ま、それはそれとして、早く聞かせろや!」
どこから情報を入手したのやら、俺が来栖さんから告白を受けたことは、この『赤西 仁』によってクラス全員に知れ渡っていた。全く、図体の割にはやることがみみっちいな。
それにしても、俺なんかの色恋沙汰に食い付くとは揃いも揃って暇な奴らだ。まぁ、隠してもしょうがないから事実を話してこいつらにはおとなしくしてもらおうか。
「ま、聞くまでもないが……」
「ああ、受けたよ、告白」
何の気なしに放った俺の言葉に、教室の空気がピシッと凍った。更に、俺に向けられていた視線の熱が心なしか増している気もする。
「東雲…… もう一度言ってみろ……」
ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ……
赤西から放たれるただならぬオーラに、俺は一瞬たじろぎながらも、赤西の言う通りに今自分が言ったことを復唱する。
「だから、来栖さんからの告白、受けたって……」
その俺の発言をかわきりに、男子からは怒号じみた声、女子からは金切り声じみた悲鳴が上がった。次の瞬間、俺の制服の襟に赤西のゴツい手が掛かる。
「はぁ!? 何でだっ!? どうしてそうなるんだよっ!」
赤西は俺に恫喝じみた剣幕で捲し立てる。あまりに予想外の反応と赤西の無駄な迫力に、俺は二の句を継げなかった。
「ぐえっ! いや、どうしてって……」
「お前の彼女はあの麗しき六条様で決まりって流れだったろうが! それなのに、何を桃花ちゃんからの告白を受けてんだ馬鹿野郎っ!」
俺を揺さぶる赤西の目には、何故か涙が浮かんでいる。こんなことで男泣きなんてみっともない。いや、それよりも、何だ今の赤西の話は、そんなこと俺は初耳だぞ?
「いやっ! 今は沙羅姉は関係ないだろ!?」
「大有りだ! お前、自分の立場解ってんのか! 六条さんが数多の告白を断ってたのはお前がいるからだってことは学校中のみんなが知ってるんだぞっ! なあ! みんなっ!」
赤西がクラスメイトに問いかけると、クラスメイトが一斉に頷く。まさかそんなことになっていたとは、知らぬは己だけってか。でも、こっちにだって言い分はある!
「いやっ! でも、みんな沙羅姉にラブレターを山のように渡してるだろ? それって、当然、みんな沙羅姉と付き合いたかったからだろ? それなのに今の話って何か話が矛盾してないか?」
俺の僅かながらの抵抗も、赤西が代表して切って落とす。
「人ってえのはなあ、ダメだと解っていてもやらずにはいられない生き物なんだよっ! 全く、お前は人間の心が解らん奴だなあっ!」
これはまた酷い言われようだ、俺が何をしたっていうんだ。そんな俺の内なる抗議をよそに、赤西は更なる追撃をしてくる。
「しかも相手は、『新聞部主催! 守ってあげたくなる女子ランキング第1位』の来栖 桃花ちゃんときたもんだ! いや、本当にお前はこの学校の男子全員を馬鹿にしてるのかこのド畜生がっ!」
いや、何だその頭の悪そうな企画は。このご時世、そんな企画は女子が黙ってなさそうなもんだけどな。俺の変な心配を書き消すように、赤西が俺に詰め寄る。
「この際だ! 聞かせろっ! どうやって桃花ちゃんをものにしたんだっ! それを聞かんことにはこの騒ぎは収まらんぞっ!」
これもまたクラスメイト全員が首を縦に振る。この際仕方ないか。俺は諦めてこれまた事実通り、ありのままをみんなに話した。
すると、教室のカオスな状態は火に油を注いだようにヒートアップする。もはや俺は吊し上げをくらっているようなもんだ。そして、俺は赤西にガクガクと揺さぶられる。ああ、何だか少し気持ち悪くなってきた。
「何だあそりゃっ!? 完全に運じゃねぇかっ! 本当にお前って奴はっ……! ああ! お前は何なんだよっ!」
「い、いや、な、何なんだって言われてもな。お、俺は本当のことを言っただけだし……オエップ!」
「こいつはメチャ許せんっ! 許せんよなあ! 皆の衆!」
赤西の悲痛な声に、主にクラスの男子から一人、また一人と声が上がった。ああ、これは嫌な予感がするのう。
「ああ! これは聖泉高校の男子全員に対する冒涜だ!」
「そうだそうだ! 東雲には然るべき報いをっ!」
「私だって生徒会長のこと狙ってたのに……! この色魔っ!」
クラスメイトの声は、やがて一つの結論に到達する。そして、それを受けてクラスの大半が俺の周りをグルグルと囲んだ。
「な、何だお前ら、何のつもりだ!?」
「黙れっ! これは聖泉高校全生徒の総意だっ! 諦めて受け入れろ! 東雲えっ!」
赤西の号令と共に、俺を囲む円がだんだん小さくなっていく。ああ、俺、もうダメかも解らんな。俺は声を振り絞って最後の抵抗をする。
「や、止めろっ! みんなっ! 落ち着けっ! 話せば解るって!」
そんな俺の抵抗もむなしく、赤西による最終命令が俺を囲むクラスメイトに下される。
「皆の者っ! かかれえっ!」
こうして、俺はクラスメイトからさんざんな袋叩きにあった。俺はなんでこんな痛い思いをしなきゃならんのだ。俺は何も悪いことはしていない、していないんだ。
ただ、赤西の言う通り、確かに俺は恵まれ過ぎているのかもしれないな。俺はそんな妙な後ろめたさを抱きながら、クラスメイトからの熱い洗礼を甘んじて受け入れた。
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