第9夜
千葉県に住む大学生のKさんから聞いた話
ある晩、Kさんは小腹が空いたのでコンビニにお菓子を買いに来ていた。夜中の糖分はダイエットと美容の天敵だを分かってはいたが、どうしても食べたくなったのだ。
家から一番近いコンビニまで歩いて15ふんくらいかかるので、カロリー的にはプラスマイナスゼロ、なんて都合のいいことを考えていた。
さて、Kさんがコンビニに着くと、入り口に怪しい男性が立っているのに気づいた。
その人は携帯をいじっていたり、タバコを吸っているわけでもなかった。ただ何をするでもなく、入り口の前で辺りを見回していた。
せわしなく目と頭を動かす様子は明らかに挙動不審であり、Kさんは気味悪がったが、目を合わせないことにしてそのまま自動ドアをくぐろうとした。
すると、
「今何時ですか?」
その男がKさんに話しかけてきた。
突然のことに驚いて、Kさんが何も言わずに立ち止まってしまうと、男はもう一度、「今何時ですか?」と繰り返す。
ハッとしたKさんは仕方なくスマートフォンの電源をつけて、「は、8時20分です……」と男に現在の時刻を伝えた。
すると男はお礼を言うでもなく、また辺りをキョロキョロと見回し始めたので、Kさんは気を取り直してコンビニの中へと入った。
お菓子を選びながら、Kさんは先ほどの男の行動について考えていた。あの男はなぜ、見知らぬ自分にわざわざ時刻を尋ねたのかと。
このコンビニで、誰かと待ち合わせでもしていたのだろうか。それで、時計を持っていなかったから自分に聞いたのかもしれない。
いや、とKさんは飲み物のショーケースの上に目をやる。そこにはコンビニのロゴマークが入った掛け時計がかかっていた。入り口からでもこの時計は目に入るはずだ。知らない人に時間を確認する必要はない。
ではナンパ目的だろうか。でもそれにしては時間を聞いただけで、連絡先なども聞かれていない。仮にナンパだとしたら下手過ぎる。
Kさんはわけがわからなかった。だが、二度と合わない人のことを一生懸命考えても仕方がない、と努めて気にしないようにして、レジで会計を済ませた。
そうして帰ろうとしたその時、自動ドアの先にまだあの男がいることに気がついた。
先ほどから10分くらいたったと思うが、相変わらずキョロキョロと辺りを見回している。
もしこのまま自動ドアをくぐったら、またあの気味が悪い人と喋らなければならないかもしれない。
そこでKさんは自動ドアが開くと、そのまま男の脇をサッと通り抜けた。
「今何時ですか?」
通り抜けざま、やはり男は先ほどと同じように時間を尋ねてきたが、Kさんは無視して、そのまま走り去った。
時間を確認したいならコンビニの時計を見ればいいし、ナンパなら他をあたって欲しい。
もう関わり合いになりたくない。
そう思ったのだ。
だが、Kさんがそのまま走り続けていると、何やら背後に違和感を感じた。
自分の足音の他にも、別の足音が聞こえる気がする。
もしや、と思い足を止めないまま後ろを振り返ると、信じられないことに、先ほどの男がついてきていた。
男は小声で何かを呟きながら、手足をバタバタとせわしなく動かしながら、こちらを追ってきている。
それは
今何時ですか今何時ですか今何時ですか今何時ですか今何時ですか今何時ですか今何時ですか今何時ですか今何時ですか今何時ですか今何時ですか
やはり先ほどと同じ質問だった。
Kさんは半ばパニックになりながらも男を振り切ろうと必死になって走ったが、なかなか振り切ることができない。
このまま自宅にて辿り着いてしまうと、この男に住所を知られてしまう。
男は、
今何時ですか今何時ですか今何時ですか今何時ですか今何時ですか今何時ですか今何時ですか今何時ですか今何時ですか今何時ですか今何時ですか
まだブツブツと呟きながらこちらを追いかけてきている。
そうだ、と思い、Kさんは走りながら、時間も確認せずに後ろの男に向かって
「く、9時です!」
と叫んだ。
すると男はピタ、と動きを止めて振り返ると、元来た道へと引き返して行った。
Kさんが安心して帰ろうとすると、街頭に照らされて男の手元に光るものがあることに気づいた。
Kさんはギョッとした。
それは限界まで刃が出されたカッターナイフだった。
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