Hさんの勤める東京の製薬会社にはある噂があった。
それは「真夜中の給湯室に行くと幽霊が出る」というものだった。
根っからの理系女子であったHさんはそんな噂を馬鹿馬鹿しいと思っていたが、真夜中の給湯室などわざわざ行く場所でもないので気にしていなかった。
だがある夜、大事なプロジェクトの資料作りのために残業していたHさんは、眠気覚ましにコーヒーが飲みたくなった。
資料のことで頭がいっぱいのまま給湯室に入り、入ってから噂のことを思い出した。
だが、幽霊など元々信じていなかったので、これも馬鹿な噂を否定するいい機会だと思い、そのままコーヒーを作ることにした。
ポットでお湯を沸かしている間も特に不思議なことなど起こる様子はなく、やっぱりデマだったんだなと思い、インスタントコーヒーにお湯を注ごうとしたとき、オフィスの方から「お茶!」と誰かが叫ぶ声が聞こえた。
誰か戻っていたのかと思い、急いでオフィスに行くと、相変わらずの無人だった。
気のせいだったかと思い給湯室に戻るとまた、オフィスの方から「お茶!」という、中年男性が叫ぶ声がする。
これが噂の正体のようだった。
給湯室に入ると誰もいないのにお茶を持ってこいという声が聞こえるのだ。
もうコーヒーという気分ではなくなったHさんは、声のことは気にせず仕事に戻ろうとしたが、
「お茶!!」
と声はさらに大きくなった。
もはや給湯室にいなくても叫ばれるようになってしまった。
Hさんは姿の見えない者の存在が恐ろしかったが、同時に、化けてなお女性社員をこき使おうとする幽霊には強い怒りを感じた。
そしてとうとう、さらに大きな声で
「お茶!!!」
と怒鳴られたHさんは
「うるさい!!!」
と叫び返し、そのまま帰宅した。
翌日、プロジェクトの資料作りが終わっていない上にパソコンをつけっぱなしで帰ったHさんを上司はキツく叱った。
だが、そのまま全ての責任を負って泣き寝入りするのは悔しかったので、苦し紛れだと思いつつも昨日の夜のことを話すと
「そうか」
と上司は納得し、打って変わって、叱ったことを謝まった。
これにはHさんも面食らってしまった。
まさか信じてもらえるどころか、許されるとはまったく思っていなかったのだ。
この会社では幽霊の存在がごく当たり前のこととして認識されていた。
結局Hさんはその製薬会社を辞めたそうだ。
それでは、明日もまたこの時間にお会いできれば!
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