第5夜
Sさんは夜間警備の仕事をしている。
仕事場はとある研究施設で、仕事内容は至って簡単だ。
1時間に1度、交代で施設内を巡回する。
残りの時間は防犯カメラを見て、施設内に異常がないか確認する。
これだけでいい。
カメラを見ている時間は基本的には何をしていても構わない。お菓子を食べたり、音楽を聴いてもいい。
メンバーはSさんと先輩の2人。
勤務時間は夜の10時から朝の5時までの7時間で、時給は2000円。
昼夜逆転であるという以外は破格の待遇で、Sさんは出来ることなら、一生この仕事をしたいと思っていた。
だが、一緒に働く先輩は、そうは思っていなかった。
「なんか、色々おかしくないか? この仕事」
防犯カメラを眺める間は暇なので、よく2人で雑談をするのだが、先輩はいつもこの話をしていた。
「警備システムは厳重なんだから、高い時給を出してオレたちみたいな素人を2人雇ってもあまり意味はないと思うんだが」
確かにSさんも、以前は全く違う仕事をしていた。ここに就職する時も、簡単な面接が1回あっただけで、すんなり採用された。履歴書すらいらなかった。例えば仮に計器に異常が出ても、自分にはどうすることもできない。そういった時は無線で上司に連絡を取るように言われているだけだ。
「そもそも、何を研究している施設なんだ? ネットで会社の名前を検索しても、ホームページすら出てこなかったんだが」
Sさんもそれは気になっていた。応募したのも求人雑誌からだったし、警備員といっても、Sさんたちにも入れないところが沢山あるので、施設内の設備から研究内容を予想するのも難しかった。
だが、施設内は綺麗で、どうやら新しい会社のようなので、素人の自分たちが理解できないのも仕方ないのだと思うことにしていた。
「とりあえず、生きるのに金が必要だから働いているけど、オレは金が貯まったら辞めるつもりだ」
と言い残して、先輩は雑談を切り上げ、定時通り見回りに出かけていった。
先輩と違って楽観的なSさんは、こんなに楽な仕事なのにもったいないな、と思っていた。
無線で先輩から連絡が入ったのはその10分後のことだった。
なんでも、観葉植物が倒れていたが何か知らないか? ということだった。
Sさんは、風か何かで倒れたんじゃないですか、と答えて、自分で言ってから気がついた。
この施設には窓がないのだ。風が吹くはずがない。
とりあえず、2人のうちどちらかがぶつかって倒してしまったのだろう、ということになった。
それからさらに10分後、またもや先輩から無線が入った。
今度はやけに興奮しているようで、要領を得なかったが、なんでも、施設内に変質者がいるから早くきて欲しい、ということだった。
Sさんが防犯カメラを見ると、確かにカメラの端に何か写っている気がするが、画像がボヤけていてはっきりとは見えない。
Sさんは、どうせ機械の点検か何かで業者などが来ているのだろうと思ったが、懐中電灯を持って、先輩がいるフロアへと向かった。
先輩のもとへ辿り着くと、Sさんは自分の目を疑った。
確かに先輩の言う通り、不審者がそこにいた。
ただ、Sさんの予想よりもはるかに奇妙な男だった。
看護服、というのだろうか、病院で患者さんが着るような薄手の浴衣みたいな服を着ており、まるで赤ん坊のように首を傾げながら、ゆらゆらと施設内を歩き回っていた。かと思うと、次の瞬間にはその体勢のまま猛スピードで移動し始め、すぐにまたゆらゆら歩きに戻っている。まるで、動画の早送りと再生を繰り返しているかのような動きだった。
そもそもこれは人間なのだろうか、とSさんは思った。
先輩は狂ったように無線で上司に連絡しているが
、いくらかけても応答がないようだ。
男は相変わらずキョロキョロと辺りを見回しながら施設内を歩いている。
Sさんは目の前の事態が理解できずにいたが、ふと我にかえり、男を捕まえにかかった。
追いかけ、回り込み、男を取り押さえようとする。
だが、その度に男は横からにはスライドするかのように猛スピードで移動してしまう。
そうして途方もない鬼ごっこをしていると、突然男がぐるりん、と振り返った。
今までずっと逃げるだけだった男がSさん目掛けて襲いかかってきた。
それは物凄い力だった。男は決して筋骨隆々というわけではなかったが、片手でSさんの首を押さえつけ、そのままギリギリと絞め始めた。
Sさんは抵抗することもできず、そのまま意識を失った。
それからのことは目を覚ました後、上司から聞いた。
上司が交代の時間である朝5時に着くと、なんでも先輩はひどく錯乱した様子で、いもしない不審者について仕切りに喚き散らしていたそうだ。
仕方なく上司が施設内を捜索したが、先輩が言うような不審者は見当たらず、防犯カメラをチェックしても怪しい人物は確認できなかったとのことである。
Sさんは上司に頼んでその防犯カメラの映像を見せてもらうと、確かに怪しい人物は写っていなかった。
それどころか、先輩やSさんすら、写っていなかったのだ。
その様子を見て、上司はSさんに尋ねた。「何かおかしな点でも?」と。
Sさんは首を横に振った。
それからも、Sさんはその仕事を続けている。
上司によると、先輩はこの仕事をクビになったそうだ。なんでも、「職務を続けられる精神状態にない」とのことだった。
今日もSさんはヘッドホンで音楽を聴きながらお菓子を食べ、漫画を読んでいる。
防犯カメラは見ていない。というより、見ないようにしている。
漫画のページをめくるとき、カメラの端に何かが写った気がしたが、気のせいだと自分に言い聞かせ、Sさんは顔を伏せた。
こんばんエイト〜! 私です!
今回発見いつもよりちょっと長めですね。
科学とオカルトは実は逆というよりコインの裏表のようなものだと思うのです。
私、化学2でしたけど!
それでは、明日もまたこの時間にお会いできれば!
読み終わったら、ポイントを付けましょう!