あの空は、いつになく水色に染まっていた。

ー空色革命ー
蒼月凛
蒼月凛

第三話 「全てが凍った、大地の果てで」

公開日時: 2022年5月15日(日) 07:00
更新日時: 2022年7月10日(日) 19:47
文字数:6,076

〈到着〉〈第一番線〉

〈南極支部発着場へようこそ〉


ガラス張りのパイプの端の可動式ドアがぷしゅー、と音を立てて開く。


「――っ寒っ!」

開く、と同時に吹き込んでくる空気を思いっきり吸い込んだ故に、肺に冷たい空気が飛び込む。

当然、体感温度は急激に低下し、思わず狭いパイプの中で手を体に巻き付けてしまった。


組織服の耐寒機能は素晴らしく、五度の空間であれば寒さを感じない。しっかり白を基調とした青のラインが入る、戦闘服を着用していても身震いを起こしてしまうほどの寒さとは、この施設内はどんな空調設備を持ってるんだと気になる。


「――ご利用、ありがとうございましたー」

〈南極支部〉は、名の通り所在地は南極大陸である。地球の南極点であるここは、世界中に支部を置く〈ハーモニア〉の中継地点とはなり得ないので、東京支部やシドニー支部ではとても混雑するここ〈大陸間超音速航路ゲート〉は、異様な静けさを漂わせている。


また、世界中に施設を並ばせる〈ハーモニア〉の施設群の中でも、群を抜いて最も古い施設がここ〈南極支部基地〉である。言い方を変えれば、改修工事を一回も受けていない、最硬の〈ハーモニア〉施設ということだ。


「うわぁぁ......!」

メインエントランスに出る。〈大陸間超音速航路ゲート〉と同じように、本当に人が少ない。恐らくはここに常駐する組織員しか存在しないのだろう。しかし、縦三階吹き抜けの、天井に引っ張られる巨大なシャンデリアは、とても美しいものだ。

床に貼られた大理石のタイルや、中央に置かれた〈東京支部〉と全く同じ噴水設備はヒビが入ったり、取れない黒ズミなどがへばりついてはいるが、それでも改修工事一度も無しでこの美しさが保てるならば素晴らしいと賞賛を送っても良いのではと考える。


〈ニュースタブ・更新完了〉

〈本日、南極大陸東部にて揺れを観測〉〈当直は東部方面の哨戒を怠るべからず〉


パリパリパリ、と音を立て、空中投影ディスプレイが〈南極支部〉の組織内ニュースに更新される。右視界半分に浮き上がる三枚のディスプレイは、画像付きで南極大陸東部の地震について伝えている。そして、右視界半分に展開された三枚のディスプレイには、〈南極支部〉北門をくぐって800mの、発生した巨大な亀裂について伝えていた。


〈新着メッセージ〉〈差出人不明〉

〈真っ黒な壁なら突き破ってよろし〉


ニュースタブを興味深くスクロールしていたところ、ぴろん、と比較的高めの音で通知を知らせる〈HalOS〉。標準搭載されているメッセージアプリに、一件のメッセージが入っていた。


「......差出人不明...? 誰だこいつ。『真っ黒な壁なら突き破ってよろし』......真っ黒な壁? チタン合金製のか?」

チタン合金製の壁なら、柱を通り越したすぐ横に聳える。真っ黒に染め上げられたそれは、その誇るべき強度を煌めかせる。


「......突き破っていいわけないだろ...。ってか、突き破れねぇよこんな硬い壁......」

そう呟いた。いたずらメールの類かと判断し、本部データベースに報告を送ろうとした。


送ろうとした――。


刹那。


強い横揺れが、俺と、俺の立つ〈南極支部〉本部棟一階エントランスを襲った。

植木鉢が倒れ、電光掲示板がゆらゆら危なっかしく揺れる。

何かが......現れた?

〈アルミス〉が地中から、地表に現れる際の地震と、どこか似ている。




「......なるほど」

これはいたずらメールじゃなかったわけだ。


差出人不明メールの報告を停止すると、俺は空中投影ディスプレイに展開する全てのタブを閉じ、戦闘モードを起動する。


〈HalOS ver12.7[S2]Rai_Aoi[A](T)〉

〈システム起動〉〈付属装備全てにコンタクト〉〈異常なし〉〈SJEPS優先度を《高》に切り替え〉


「......チタン合金なんて、この際発泡スチロールだぜ」

〈推進力増強シューズ・急速点火〉〈起動〉〈急加速・190km/hを目安設定〉〈浮上〉

がきりっ、と、地面の硬い石を大きく凹ませる。続いてばこっ、と音を立て、かなりの広範囲にヒビが生えるほど踏み込むと、俺は足にため込んだパワーを、一気に開放する。


〈超加速・236km/h〉


周囲の背景が流線形に流れていく。

長時間足を〈大陸間超音速航路〉で伸ばしすぎて、いきなり脚力をMAXまで使用すると少し痛みが走る。しかしそれら苦痛はあっという間に吹き飛ぶと、背中からゆっくりと青く光る美しい片手剣を引っ張り出す。


鞘と刀身が擦れ合わさる音、きぃぃぃん。

いい音を響かせながら、もう目の前に迫るチタン合金の壁に向けて剣尖を向ける。


「スターリット・スカイ」

〈起動コマンドを検知しました〉

突如、目の前に向けた剣尖から、青白い光が迸る。


〈アクチュエート〉

突如、煌めく星印が剣尖から射出されると、真っ黒だったチタン合金は赤く染まり、ぷくぅと餅みたいに膨れ上がって、しまいには融解した。

俺はそこの隙間をぎりぎりで通り抜けると、〈推進力増強シューズ〉の加速度を10xから100xに設定して、空へ舞い上がった。


〈浮上〉〈10x→100x〉〈リミッター制限〉

〈航空安全制限・超過〉


吹雪を斬る。


小型ジェットエンジンを積んだ〈推進力増強シューズ〉は急な点火と悪天候での使用に怒っているようだ。バリバリバリと巨大な音を立てて、速度メーターを狂わせている。


「グワァァァァァァァァァァァ!!!!!!」

〈アルミス〉の咆哮が轟く。恐らくは〈群れ〉だ。

まぁ、そんな装備関連の問題にあれこれ追及している暇はない。南極の吹き荒れる吹雪の中、微かに捉えた遠くの光は、恐らく〈アルミス〉の装備した荷電粒子砲の他無く。


〈高エネルギー観測〉〈危険〉

刹那。

俺のすぐ真横を通り過ぎる、緑色の一閃の光。

それは、俺のすぐ後ろに聳えている山に向かって――。


――溶けた。

一瞬で、山に穴が開いた。巨大な山に、穴が開いたのだ。新しくできた穴の縁はサーモグラフィーで確認しなくても超高温だと分かるきつね色。紫色にも見えるそれは、相手の攻撃力の高さを伺える、数少ない流れ弾であった。


「ま、管轄でないから守る義理は無いけど......手柄、上げますか」


〈推進力増強シューズ・超加速〉〈900km/h〉〈空中展開シールド・展開〉

ただでさえ不機嫌な〈推進力増強シューズ〉は、もう爆発してしまいそうなくらい甲高い音を立てて、俺を飛ばす。

前面には空気抵抗を防ぐための緑色のシールドが展開され、民間航空機レベルの速度で〈南極支部〉の外周まであっという間に到達する。


まるで流星群の一つのように、変幻自在な角度で高さ100mはある〈南極支部〉の外壁を超える。

すると......、


〈マーキング〉

〈A1〉〈A2〉〈A3〉〈A4〉〈A5〉〈A6〉〈A7〉〈A8〉〈A9〉〈A10〉〈A11〉〈A12〉〈A13〉〈A14〉〈A15〉〈A16〉......。

〈S12〉......〈第十二柱出現〉〈本部データベースに照合中......〉


一面広がる雪原に、白い地面を隠すほど並んだ〈アルミス〉の群れ。隙間ないその軍隊を見てしまえば、どう戦えばいいのか、戦意を喪失させる。

数が多すぎる。〈ハーモニア〉のマーキングシステムも、いまだすべての機体を捉えきれていない。それに、〈アルミス第十二柱〉のうちの十二位、〈蚯蚓〉も、その巨体を土の中からゆっくりと出し、背面に背負った巨大な荷電粒子砲の砲身を煌びやかに見せる。


「――ラクティアッ!」

〈起動コマンドを検知しました〉

剣を右手に持ち替え、左手でその刀身を撫でる。

人差し指が触れたところから、徐々にその水色の刀身は紺碧に染まっていき、そしてぽたぽたと水滴を垂らし始めた。

大岩をも削り、しまいには粉々に粉砕してしまう。そんな大河の激流を、数百倍の威力にして繰り出すこの技――。


〈アクチュエート〉

視界の右斜め端に映る、〈アクチュエート〉の文字。それが表示されたと同時に、剣は眩い光を発する。


横に、空気を斬るよう素早く剣を振る。すると、青白い液体がまき散らされる。それらは地面に着弾、もしくは〈アルミス〉の鋼鉄の体にへばりつくと、その体積を一瞬で数百倍に膨らませ、激流が生み出される。

残念ながら、 〈アルミス〉は防水性能が高く、水没してぶっ壊れることは無い。しかし、俺の生み出す激流は、溺れさせる、のではなく、その体を融かして、内部機関を爆発させることができる――。


〈激流〉が着弾したのは前列先遣隊〈アルミス〉であるが、じゅわぁぁと巨大な融解音を鳴らし、次々爆発し、そして誘爆していく。

一機の爆発で、まとめて〈群れ〉を破壊する。まとまりが過ぎる〈アルミス〉に対抗できる策だ。


そして――。


「どけっ!」

地面にすっ、と着地する。音は殆どない。しかし、俺は全体重を両足に集中させて、着地と同時に地面を蹴る。ばこっ、と雪が凹む音が響きながら、俺の体は一気に、爆発するように超加速する。


「よっと」

俺は剣を盾に、自分の身長の倍はある〈アルミス〉の一機に向けてとんでもない速度で突っ込む。

空中で体の向きを真逆にすると、剣をその鋼鉄の体に突き刺しながら〈アルミス〉の体に着地する。


そして、自分が重力によって地面に落とされてしまう前に、俺は内部機関を剣で貫通されて爆発寸前の〈アルミス〉の機体を足場に、また加速する。


がりがりがりがり!!!!!!と、厭な金属音が自分の鼓膜を叩く。自分の剣が、その鋼鉄の体を無残に引き裂いているからだ。そしてその体から噴き出す......有色コードの束の鋭利な部分が金属面をひっかく。


流れるように、次々と〈アルミス〉の機体を破っていく。極寒凍て刺す大雪の大陸で、俺は無残な〈処理〉をする。


〈Te値・上昇中〉〈通常値上昇〉

視界端に警告テロップが浮き上がるが、直ぐに消して、今度は〈推進力増強シューズ〉のエンジンを再稼働させ空へ舞い上がる。


〈急速点火〉〈浮上〉

ばこっ、と音を立てて、俺は空へ舞い上がる。下を見れば、ざざざっ、とドミノ倒しのように、群れの中央一本、残骸の山が出来上がっている。


そして――。

「っつ」

やっと〈アルミス〉たちも今起こっている現状を把握することが出来たようだ。背中に背負った戦車級の大型砲で俺を狙う。右足首ら辺を巨大な銃弾が掠り、ぷしゅっ、と血が噴き出す。

「......集まれ雑魚ども」

俺は一定高度まで上昇すると、真下の地上に剣尖を向ける。下には俺を殺そうと鉛弾を発射し続ける〈アルミス〉が高密度で固まっていた。


「ステラ」

〈起動コマンドを検知しました〉


〈HalOS〉が展開する戦闘補助用ビュワーが、ぱきぱき音を立てて等倍スコープにすり替わっていく。

剣尖に、真っ黒な光が集まっていく。真っ黒だ。そしてどろどろである。


一コンマにも満たない、小さな時間の流れ。すべての物の流れがゆっくりであった。

そんな中、剣尖から黒い液体が、ぽたっ、と垂れる。


黒い光が......。

いや、黒くは無い。剣尖からぽたっと垂れてから、どこか黄色く光って見える。


星......。

星だ。


流れる流星群の一つに、ゆっくりと落ちる星があった。

地上にゆっくりと落下していく。それはうまい具合に浮上している俺めがけて飛び交う銃弾を躱しながら。


星が......落下する。


綺麗だ。


〈アクチュエート〉


黄色の液体は、地面に優しく落下し、そして優しく地面を根こそぎえぐり取った。


燃え広がる炎。誘爆する鋼鉄の塊。


〈《群れ》の三十パーセントを壊滅〉〈新型機の報告なし・完全破壊を進言〉


あっという間に、群れの三分の一を壊滅する。

まだ当直兵などは到着しておらず、たった一人でこれだけの戦果を上げれば十分だろう。


〈マーキング〉

〈A1〉......。

〈S12〉


〈アルミス第十二柱・十二位機体を検知〉〈速やかに破壊してください〉

突如、〈HalOS〉の〈マーキングシステム〉が大ボリュームで特別指定機体の出現を報告する。


「......はッ⁉」

しまった。


〈技〉のクールダウンで剣を冷やしていたのに気を取られ、遠くからその巨体を煌めかせる〈アルミス第十二位〉に気が付かなかった。

もう、完全にその巨体を地面から出し、巨大な細長い体の背中に取り付けられた荷電粒子砲が発射寸前まで来ていた。


「......しまった」


今、あの一億六千万ワットの電気エネルギーを全部背負ったビームをここ〈南極支部〉にぶつけられたら、地下で強固な守りを固める〈極点ゲート〉が、地上の施設群が吹き飛ばされむき出しになってしまう。


「......っつ」

間に合わない。ここで自分の持ち技〈ムゥルス・アクア〉を展開する暇はなく、もう射出寸前の巨大ビームを防ぐ術はない。

なぜか、いまだ当直の兵は到着しないし、防衛体制に移行している南極支部のトップが、基地襲撃を知らせても出てこない。

――くそッ!

俺は〈推進力増強シューズ〉のダイヤルを1000x、安全保障を考えた最高ジェット倍率500xの倍の数値までねじろうと握った。


何とか、あの機体を一瞬で解体すれば――!


「――お見事」

ふと、後方から声が響く。

俺はダイヤルを捻ろうとしていた手を、ぱっと止める。


〈高エネルギー検出〉〈直撃に備えてください〉


「......なっ」


「アドミスィズ・ムゥルス」

低くて、そしてよく通る声が響いた。

ふと、後ろを向けば、ある一人の男が、本を左手に、右手を前方奥に聳え、発射体制に入る〈蚯蚓〉に向ける。

手のひらからは、灰色の光が眩く光る。あれは......〈広域特殊防壁生成術〉だ。


ぱりぱりぱり、と、なぜか知らないが俺の視界が真っ二つに裂けていく。

そして、デジタルホログラムの境界が空中に描写され始め、直ぐに灰色に染まっていく。


絶壁だった。

どこまで聳え立つのだろうあの壁は。

そして、俺の貧弱な〈スターリット・スカイ〉なんて、余裕で跳ね返してしまいそうなくらいの威圧感。


世界の果ての壁が、屹立した。


〈高エネルギー検出〉〈直撃まであと1...〉

突如、俺の視界の果てで、何かが燃え盛る。


荷電粒子砲から、もう計測も出来ないくらい速く、何かが発射された。


しかし、

その弾道は、真っすぐ絶壁に向かっている。


――衝突の衝撃は全く感じなかった。

ビームが、絶壁にかき消されたのだ......!


〈HalOS ver12.7 [M]Tetuo_Kurogane[M]〉

〈アクチュエート〉


俺の視線に釘付けになったのは、たった一人の、〈絶壁〉を生み出した男だった。


男は、俺を見るなり微笑み、そして右手を一振りするだけで、〈群れ〉の〈アルミス〉を全て誘爆で破壊する。


――まだ、別格の存在だった――。


〈南極支部支部長〉。〈ハーモニア〉施設群の中で最も防衛優先度の高い〈南極支部〉の統率を行う、〈ハーモニア〉幹部連の中でも重要な立ち位置に位置する男は、伊達じゃなかった。


全八種ある〈ソース〉テクノロジーのうちの七つ目、〈金属〉ソースの使い手にして頂点。

防御最強の男は、俺を指してこう言うんだ......。


「――結構成長したじゃないか。ライ」





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