That sky was always light blue.
〈......封鎖域第三ブロックに入りました〉〈東海エリアは現在Te指数・基準値よりやや高〉
〈2046年5月31日〉〈《M》クラスからの立ち入り許可印を確認〉
ごぉぉぉぉ、と、自分の体が空気を斬るのが見える。
〈速度......264km/h〉〈264km/h〉〈264km/h〉〈263km/h〉
ぴっ、ぴっ、ぴっ、と定間隔で機械音が鳴る。ミッションレコーダの出す音だ。
〈東海エリア・Te基準値通常より高〉〈危険度上昇中〉
次にぴぴぴ! と、少し大きな警告音が鳴る。数秒もせずに視界の端っこに浮かび上がる空中展開ディスプレイの通知タブに入った広域無線の拾う情報を受信したときの音だ。
そして、ぴっ、と小さな音を立てて、耳につけたイヤホンからフリーチャネルにオンライン通知が入る。
〈フリーチャネル開始〉〈マイクミュートを解除〉
『――こんちはーっす! 今日の東海エリアはTe指数若干高めっ! まぁまぁ気を付けて!』
――これまた陽気な人が居たものだ。イヤホンの音量を低く下げておいてよかった。
「連絡どうも。こちら[S2]、哨戒任務に入ります」
『いいえー! えっあれぇ⁉ ライ先輩⁉』
陽気な交信相手さんは、俺の名前を聞き、素っ頓狂な声を上げて見せた。
「......どうも」
俺は少し吹きだすと、そう軽く言った。
〈マーキング〉
〈E1〉〈E2〉……〈取り消し〉〈全て動力反応認めず〉
「[S2]、哨戒任務にあたり、東海エリア半径四キロを立ち入り禁止設定。権限は自分ので」
『......相変わらずめちゃくちゃっすね...先輩』
「見学してもいいよ。俺がミスった時は自己責任で」
『――早めに退去させていただきます』
広域無線のマイクに、俺はつい吹き出す。数秒後にぷつっ、と言って、応答先が交信終了する。
〈ボイスチャネル無効〉〈マイクミュートを適用〉
上空1000mから見る地上の光景は綺麗であって汚かった。
〈ARMIS〉。そう体に名を刻む残骸は、あちらこちらに横たわる。
〈《群》を発見〉
ふと、耳を澄ますと、遠くからダダダダダという、複数の物体が足を鳴らす音が聞こえる。
「――発見っと」
飛行軌道をとんでもない角度でへし曲げ、地面に殆ど垂直で落下する。
〈高度低下中〉
〈減速......190km/h〉〈逆噴射・減速度維持〉
そっと、地に足をつける。〈推進力増強シューズ〉はそれに合わせて光を消し、ふっと俺の体が重くなる。砂鉄の地面はさらさらしていて、それでいてガサガサしている。
背中に吊るした鞘から、丁寧に収納されていた愛剣を引き抜く。
〈武器ユニット起動〉〈会敵準備完了〉
〈東海エリア内独占権限実行中〉
「よし――ひと仕事するか」
ぼこっ、という地が凹む音を響かせながら、俺の体は瞬時に236km/hまで加速する。瞬時に周りの背景がすり変わりながら、自動マーキングシステムが目まぐるしく対象を赤く染める。
高速で向かってくる銃弾の隙間ない雨を勢いだけで避ける。大口径の弾が少し頬を掠めるが、涼しい風が同時に擦り少し気持ちいい。
少し血が出てしまっているのにも関わらず、「涼しい」、そう思える所まで来てしまった俺はもう手遅れなのだろうか。
自嘲の笑みを浮かべてしまってから、唇付近まで垂れた赤い液体の雫をぺろっと舐め味を楽しむ。
多種型殺戮兵器〈アルミス〉の群れが丘の向こうから体を見せる。バックに沈みゆく太陽の光が輝き、縁を明るく輝かせる。鋼鉄の体は錆びつきながらも、光を反射する。
〈会敵〉
〈アシスト無効〉〈マニュアル〉
群れの先頭に立つ機に約十秒で間合いに入ると、既に鞘から抜いていた愛剣を左手から右手に持ち替え、左に大きく切り払う。
水色に輝く刀身は鋼鉄でできた〈アルミス〉の首元にいとも容易く食い込み、そのまま切断した。そしたら鮮血が噴きあがる……のではなく、様々な色がついた無数のコード類が火花を散らしながらぶちまけられる。
〈HalOS ver12.7[S2] Rai_Aoi[A](T)〉
〈超高精度マーキング〉
二十、四十、六十、八十。飛び来る秒間約二十発の銃弾を剣で斬り落とすと、群れの先頭に立つ人型機械との間合いを一瞬で詰め、大きく切り払う。
「おっと」
〈アルミス〉腕に装着した高速振動刃が頬を削る。同じくしてプシュッと血が吹き出し、ちょっとした痛みが押し寄せる。
「――やるじゃん」
と吐き捨てながら、俺に傷をつけることが出来た優秀な機体に剣の両刃を活かした秘伝のバラバラ解体術をお見舞いする。敬意をこめてみじん切りで。
〈Tv汚染レベル加速中〉
〈早期決着を進言〉
剣尖を再び前方の〈アルミス〉のうち一気に向けて、起動コマンドを唱えた。
「スターリット・スカイ」
〈起動コマンドを検知しました〉
直後、眩い水色の光が刀身から溢れ出た。
三秒もたたずしてつぎに剣尖に円形の魔法陣的なものが浮かぶ。剣からある程度の距離を取って円を描いたそれは、複雑な〈Tv言語〉で組み立てられたプログラムが目まぐるしく乱立する。
〈アクチュエート〉
きゅいん、という何か吸い込む音とともに放出された一直線の水色の光は、横一列に並ぶ〈アルミス〉を跡形もなく消し去った。
星の光が宿った水色のビームは、人型の殺戮兵器の群れをいとも容易く寸断し、おまけに奥の山まで融解してしまった――。
「ふぃぃ……」
ケガが治ってから間もない今、大量の体力を消費する〈技〉は体に毒であった。どっと疲労が押し寄せる。溜息をつきそうになってしまったが、無理やり母音を変更して溜息じゃなかったことにした。
〈Te汚染レベル・許容値突破まで残り三十秒〉
気づけば、現在の濃度を示す白い線は72.2まで上昇していた。
直ぐに撤退しろとモニタのアナウンスは急かす。
「はいはい」
そう言いながらディスプレイの電源を落す。
ホバリングしながら風景を眺めた。
かまぼこみたく巨大な溝が灰色に染まる台地に出来上がり、所々燃え盛っている。立ち上る黒煙は赤い空をかき消し、宙を舞う化学物質と反応してまた爆発する。
綺麗だ。
〈Te汚染・加速中〉
〈危険域突入〉
〈《DANGER》《DANGER》《DANGER》《DANGER》《DANGER》〉
〈《DANGER》《DANGER》《DANGER》《DANGER》《DANGER》〉
〈《DANGER》《DANGER》《DANGER》《DANGER》《DANGER》〉
〈《DANGER》《DANGER》《DANGER》《DANGER》《DANGER》〉
「――ごめんね」
「ごめんね」
「ごめんねごめんねごめんねごめんねごめんネごめんネごめんネごめんネごめんネごめんネごめんネごめんネごめんネごめんネごめんネごめんネごめんネごめんネごめんネごめんネごめんネごめんネごめんネごめんネごめんネごめんネごめんネごめんネごめんネごめんネごめんネごめんネごめんネごめんネごめんネごめんネごめんネごめんネごめんネごめんネごめんネごめんネごめんネごめんネごめんネごめんネ」
死んだ両親の――声だ。
〈微弱汚染進行中〉〈自動除染機能起動〉
〈《DANGER》《DANGER》《DANGER》《DANGER》《DANGER》〉
〈《DANGER》《DANGER》《DANGER》《DANGER》《DANGER》〉
〈《DANGER》《DANGER》《DANGER》《DANGER》《DANGER》〉
〈《DANGER》《DANGER》《DANGER》《DANGER》《DANGER》〉
「――はっ⁉」
〈除染成功〉〈危機状況回避〉〈本部への報告は設定より報告なし〉
刹那。
ドカーン!!!!!!と、視線上に捉える山が吹き飛んだ。真っ赤な炎をまき散らし、高く乱立していた木々が根こそぎ宙を舞う。
「......容赦ないな」
ずきずきとする頭痛にもがきながら、俺は目の前で山をひっくり返し、中から現れる巨大な鋼鉄の塊を見た。
地中から這い出るその姿は、どこか新しい地を見つけ胸躍らせているようにも見える。
〈マーキング〉
遥か南の、極点地下から生み出された残酷な機械。
そのフォルムは、ツギハギながらも異様な殺気を放ち、真っ赤なそのカメラアイは、真っすぐ俺を捉えているようにも見えた――。
おまけに宙を舞う微粒子。
――捨てきれない心の闇の部分を意地悪に引っ張りぬこうとする。
空は真っ赤だった。
だけど、
――あの空は、いつになく水色に染まっていた、
はずだ。
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