あの空は、いつになく水色に染まっていた。

ー空色革命ー
蒼月凛
蒼月凛

第一話 「この世界にはまだ希望が」

公開日時: 2022年5月7日(土) 07:49
更新日時: 2022年7月6日(水) 07:05
文字数:5,693

A high school boy who belongs to a special investigative agency under the direct control of the United Nations ....... Sounds good, but it's not a good job.

--They're devoting their lives to it.


国連直属の特務調査機関所属男子高校生......。聞こえは良いが、ろくな仕事じゃない。

――命、捧げてるんだから。




〈ハーモニア〉。


2030年の悲劇から国連により立ち上げられた、特務研究調査機関〈ハーモニア〉に、俺は所属している。

本部はハワイに位置し、世界主要各国に支部を置くこの組織は、日本、東京にも支部を置いている。2030年の〈アルミス〉による〈世界侵略〉を受け、壊滅状態であった東洋を再建すべく、ここに建てられた。建造中の高層ビルが隙間なく屹立し、外周二百キロには高さ1000mの巨大な特殊防壁が築き上げられているここ〈東京〉は多くの〈ハーモニア施設群〉の一端を担いながら、同時に俺、碧雷の所属支部及び管轄区域である。


「「「敬礼ィーッ!」」」

〈東京支部〉の北端に位置する、巨大な訓練場のチタン合金製の巨大なドアを開くと、各々自分の技に磨きをかけていた〈戦闘員〉が一斉に髪の毛ぼっさぼさな俺を見て、敬礼をする。


「......どうも。続けて」

髪の毛をかきむしりながら、俺は手を伸ばし修練を続けさせる。


「――今日はどこが空きかな」

数歩歩いたところで、タオルで汗を拭いている俺と同じくらいの身長の男の子に、訓練場の空きを尋ねる。

「――ライ先輩、お疲れ様です! えーと、あの山の麓とか」

「いいね。どうも......よっと、エクソジオ!」


〈起動コマンドを検知しました〉


俺は背中に吊るされた鞘から水色の刀身を輝かせる愛剣を引き抜き、目の前の山に向かって剣尖を向ける。


「へっ⁉ ここで⁉」


突如、ぴりっ、と稲妻が走る。あまり遅れをとらずに、続いて水色の光が渦上に湧き上がり、トルネードのように刀身にまとまる。


〈アクチュエート〉


閃光。

刹那。


音も無く剣尖から放たれた稲妻と海渦のビームは、静かに山に着弾する。


「融解」


――パチン。

指を鳴らした。

 

突如。轟音と共に山肌が爆発を引き起こし、ドロドロに溶けた木々が流れてくる。

立ち上る爆煙。香る焦げ臭い匂い。

 

――今日も、出来は悪くない。


「あわわわわ......」

空きを尋ねた男の子は、絶句していた。


「――これが〈天武〉よ。さぁ、あんたもあぁなれるよう、努力しなさい!」


ぱんっ、と音を立てて、俺の肩に誰かの手が乗る。この大きさからして......。


「......あぁなれるよう、なんて言わないでくださいよ......。自分を目標にされちゃ困ります」

「あなたは、誰から見ても〈目標〉よ。〈天武〉第二位さん」


水縹灯織(みなはだ あかり)。長い藍色の髪を縛りもせず風に晒すその様は、かえって美しさを助長させている気がする。一本一本の繊細な髪束は、触りたくなってしまうような美しさだ。碧い瞳は透明感が高く、夏の日に風に揺られる風鈴のよう。俺も片目は碧眼なのに、なぜあぁまで差がついてしまうんんだ、と少し自分の瞳と比較してしまう。端正な顔立ちは小さく、ファッション誌の表紙を飾ってそうなルックスの持ち主である彼女は、その美貌を生かして組織の宣伝活動も担っているという。


――まぁ、その容姿は彼女を象徴する一つの要素でしかない。背中に背負った自分の背の倍はありそうな豪華な槍を見れば、とんでもない戦闘能力の持ち主であることもすぐわかる。


「――で、本日はどんな要件なんですか? 」

まぁ、分かりきったことだ。ここ〈ハーモニア東京支部〉のトップを務めるアカリが俺に直接言いに来ることなんて、ほぼ100%、〈出張要請〉なんだから。


「あぁ、そうそう。あなたに〈出張要請〉が出されてて......」

案の定告げられる〈出張要請〉に、俺は溜息を吐いた。


◇◇◇


『耳に挟んだ情報なんだが......あいつ、〈天武〉第三位と第四位の優秀な戦闘員を、見殺しにしたらしいぜ』

『なっ、なんて奴なんだ......。それでよく幹部連も動かないよな』


『知ってるか? 青い髪と赤い髪の野郎が、両親、殺しちゃったんだとよ』

『なるほど完全に、殺害ってことなんだな』

『殺し屋が、うちの組織に入ったってことだよ』

『マジか。私、夜廊下歩かないようにするわー』

『流石に、殺害は違うんじゃないか?』

『いいや、それ以外無いんだ』『お前、まさかあいつらを擁護するつもりか?』『ひぇっ、お前も輪、入れてやんねぇぞ』

『マジか』『それでよく生きてられるよな』『いずれ〈アルミス〉が殺してくれるでしょ』『ははは』『なぁ、人殺しの手がこの手すりにもついてるかもしんねぇぜ?』『このボタンも、血まみれの手が一度ついたってことだよね』『こわっ』『早くいなくなればいいのに』


――あいつが、殺したんだ。


◇◇◇

――どんっ。


「はっ」。そう声が出る。ふと目の前が真っ暗から明るい場所に映り、目が眩む。


「――ほい、これ出張許可証......いろいろ手続き踏まないといけないの、面倒だよね......」

どすっ、と、大量の紙がテーブルの上に置かれる。一番上に挟まれたプリントには確かに「出張許可証」の文字が。


「今の時代ペーパーレスなんだから...よっと......こういう形式の物、極力排除したいんだけどねぇ......」

支部長は、広い部屋の中をすたすた行き交い、棚から雑に書類を引っ張り出している。

書類が雑に並べられた目の前の机から、純金のプレートが床へと落下する。刻まれた文字は「東京支部支部長水縹灯織」。

天井から釣り下がる豪華な照明や、壁に取り付けられた棚に入る多くのトロフィーなどを見て、ここは支部長室なんだと理解する。


「......どこに出張なんですか......?」

持った一枚の紙にしっかり「南極支部」と書かれているのにも関わらず、俺は行き先を聞いてしまう。まだ、ぼーっとして頭が回らない。

「我が組織〈ハーモニア〉の最南端かつ、最も重要な基地〈南極支部〉よ!」

アカリは声のボリュームを大にして教えてくれた。

「あの、〈極点ゲート〉だとかいう建造物が位置する、〈ハーモニア〉で最も古い基地ですよね?」

「そう、そうよ! 〈ハーモニア〉施設群で、現存する最古の基地! そこが、あなたを派遣してくれって」


腰まで垂れ下がる、深い青と淡い青が混じったそれを交互に三つ編みした髪を冷風機の風で靡かせながら、天井に突き刺さりそうなくらい長い槍を背負った女は言う。


「いや~、光栄ね。私が要請受けたわけじゃないけど、なんか嬉しい」

「......そこまで光栄ですかね......」

自分が食べていたコンソメポテチ(特大サイズ)の袋の口をこちらに向けて食べろと促すが、俺は結構ですと言う。

「......まぁ、少し見に行く程度よ。南極のさむーい空気を、味わってきなさい」

「......味わってきまーす」

アカリは俺の素っ気ない態度に怒りもせず、にこっとして見せた。続いて指を鳴らすと、机に散らかっていた資料たちが一瞬で消え去り、まとまった一束の冊子になった。


「よし、詳しい話は聞いてないけど、テツオさんとかによろしくね」


アカリは机の端に置いてあった紙袋と、その隣に置いてある水色のお守りを持ってけと急かす。

――紙袋の中身が生もののおはぎであるのは、アカリが俺に科した試練なのか、それとも本当に間違えたのか、真意は不明。


「ふっ。もし命が危うくなったときは、そのお札を握って願うのよ」


水色のお守りは、焼いて印字された文字が若干擦れてきている。

しかしその文字を解読することは出来ず、結局怪しみながらそれを胸ポケットの中にしまい、深く敬礼してから部屋の扉のノブに触れる。


「危うくなるって、俺は〈天武〉第二位ですよ?何ですか?このお守りの中には死をも克服できるようなやばいものが入ってんすか?」

「さあね?」

俺の半場自慢の混じる質問に、アカリは二ヤついて答えようとしなかった。

普段、氷のように振る舞うその冷酷な瞳は、一瞬だけ柔らかで暖かい物へと変わった気がした。

彼女は部屋の扉を閉めて外へ出ようとする俺に手を振った。


「――いってらっしゃい」

「行ってきます」


いつの間にか恒例となってしまった、いってきます、いってらっしゃいの挨拶。

まるで家から学校へ出かけていく高校生を見送るお母さん、みたいな構図だが、案外嫌いでは無い。

和菓子が入ったその袋を片手に、俺は東京支部で最も権限を持つ、女王の部屋から退室する。

 

いつもみたく、俺の一日の任務がスタートした。

なんの変哲も無い、十六歳の一日、そして日常。

 

――大したことは何も起きないと思っていた。

普段通り任務を終えて、自室に帰って、そしてカルボナーラを啜る。それを無限に等しく繰り返す俺の日常は、不変であると思っていた。

 

激動の四日間は、現時刻を以て始まった。

 





〈東京支部超音速航路パイプ第一番ゲート〉

〈推進力増強シューズ・メンテナンス完了〉〈レール追随モード起動〉

〈速度制限を1100km/hに固定〉〈抵抗防御シールド展開を確認してください〉


白い戦闘服に身を包みながら、俺は空を飛べる〈推進力増強シューズ〉という靴を履いて各国間超音速航路の透明なパイプに足を付ける。周りは特殊強化ガラス張りで、丁度人間一人分が入れる位の大きさである。


ガラス張りなので、下も上も透けている。眼下に映るのは十六年もの間、数えきれないほど通り抜けた〈発着場〉のコンクリだ。そして左奥には世界一を謳う強固なセキュリティゲートが赤と青の光を明滅させている。何度あそこで認証に失敗し追い出されかけたか。〈天武〉になってからは組織証のカードを入れればすぐ入れるのだが、それになる前、いわゆる下積み時代には、あのように、ビービーブザーを鳴らされて警備員に取り押さえられたことも沢山あった。


「懐かしいなぁ」


なんて零しながら、上部の開閉弁を大きな音を立てて閉めた。それの直後、ぷしゅーと音を立てながらパイプの外部装甲が稼働し、パイプ内の空気が薄まる。よって酸素濃度も下がり、何時間もこの中にいると酸欠となるが二年ほどこれで大陸間を行き来すればなれるものである。


〈推進力増強シューズ点火準備完了〉

〈通信システムをパイプ内設定へと切り替え〉


一度、戦闘用補助システム〈HalOS〉がシャットダウンし、空間投影ディスプレイの電源が切れ目の前に浮かんでいたHUD表示が再起動する。


〈一番線・開通を確認〉〈情報・十二番線事故通行止めのためオーストラリア支部にて分岐〉

〈出発可〉

 

軽めの効果音と共に浮かび上がってくる、大陸間超音速航路パイプ内専用のHUD表示。普段と違う点は速度計が独立したタブで左上に浮き上がっていることと、その下に路線図が詳細に浮かび上がっている点である。


〈スーツスラスター起動〉〈出力微小・安定〉


組織服に四つつけられた黒い出っ張りから青い光が輝いたかと思えば、うつ伏せだった自分の体が狭いパイプの中で浮上していく。


出発の準備は完了。今から五時間ほど、この狭いパイプの中過ごすこととなる。まぁ、それも任務のためと考えれば、そして無事ここ東京支部に帰ってこられるならばそう憂鬱なものでは無い。


「……デパーチャー」


いつものセリフを放つと、ぐわぁぁん、と重低音を響かせながら靴の底から熱を感じる。そして、


〈種別……快特〉〈南極支部行・[S2]〉〈第二東部区域超音速航路・開通〉


〈加速開始〉


とテロップが一秒前後浮き上がった後、ゆっくりと俺の体は前進していく。そしてHUD表示の奥に緑色のシールドが無駄に派手なエフェクト光を輝かせながら現れる。


〈速度を280km/hまで加速します〉


透明な筒に包まれながら、俺はゆっくりと動いていく。ゆっくりと言えど60km/hはもう到達しているのでチャリよりスピードは出ていることになるが。


眼下に広がる光景が少しづつ速さを変えて塗り替えられていく。十年前の〈地球侵略〉で滅びかけた東京。今や元通り、いや更に近未来感を備えた完璧な都市へと仕上がっている。超音速航路パイプは〈ハーモニア〉組織員しか使用することが出来ないが、それに似た透明の筒がそこかしこに走っている。ビルの壁面はハーモニア東京支部と同じ特殊装甲で作られ、一部分だけ色が褪せているパネルには〈アルミス〉対抗用の機関銃がいかなる場合でも出撃出来るよう埋め込まれている。そんなマーブル模様のビルの壁の合間を縫って何とか生きる苔など植物類。エアコンの室外機をすっかり覆ってしまう中くらいの木。透明なパイプを包む出所不明の太い根。〈アルミス〉の地中ゲートの真上に存在する、〈東京〉は、今日も一日、眠ることなく動き続けている。


ふと、真後ろへと頭の向きを変えた。視界に入るのは曇った透明のパイプを透いて見える、巨大な摩天楼。


俺の家がある、地上百五十階の巨大な防衛基地は苔むしながらも、巨大な900mm迫撃砲がその巨大すぎる砲身を太陽に翳している。ロマンどころか税金の無駄遣いであると個人的に思うが、一キロ近く離れてから改めてその城郭を眺めてみれば、蔓延る摩天楼の侵略は不可能だと思う。〈東京〉。写真で残る昔の風景はすっかりと変わってしまっているが、ここが日本という極東の島国の、首都である。


〈速度を1100km/hまで加速します〉


どこぞのアニメで見た電脳都市みたく、張り巡らされた電線に付随する電柱。昼間なのにも関わらず最大輝度で煌めく電光掲示板群。そして、

 

雲がふわりと浮かぶ、〈快晴〉。

 

――空は水色に染まっていた。

 

〈気象・限定浄化装置の影響により、午後四時頃から局地的な豪雨が降るおそれがあります〉

〈空度・72%〉

 

前面ガラスの、透明なパイプを颯爽と駆けながら、〈快晴〉な〈東京〉をあとにした。





まだ、この世界には希望がある。


この美しい都市〈東京〉を、俺は守るんだ。


だって、まだ空は赤いだろ?


青くしなきゃ。






「チッ」 



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