鑑定のサダメ

霜月セイ
霜月セイ

ふたり

公開日時: 2020年11月27日(金) 19:49
文字数:3,649

「いつまでも、しょげてんの」

 お客さんが去った後、僕は机の上で頬杖をついていると、お姉ちゃんが顔を覗き込んできた。

「お、お姉ちゃん」

 ちょっとビックリした。

「仕方ないでしょう。今はそういう時代なんだから」

(ちゃっかり鑑定代とった人だけあって、サッパリしているな)

 

 今――「人」の価値は「所持品」によって決められる。

 

 所有している「物」によって、価値が決まる。

 いくら腕が良くても名刀を一つも所持していない武家は軽視され、実力を発揮する事もなく枯れていく。逆に剣の腕や知識に優れていなくても名刀を所持しているだけで、その家は持て囃され、藩によっては優遇されると聞く。

 武家だけではなく、由緒正しき茶道の家元ですら、鑑定係お墨付きの茶器を所持していなければ、名門とは呼ばれず、いくら技術や歴史があっても、それを発揮する事なく枯れ果てる。

 つまり、武家なら名刀、茶道や華道なら名器や庭園、呉服屋なら着物や帯などの衣類など、その道を行く人にとって重要なものをどれだけ所持している事が重視される。

 

 人が物の価値を決めるのではなく、物が持ち主の価値を決める時代。

 

 そうなると、何よりも重視されるのは、流通を支配しているの商人になる。

 当然、政を行うのは武家であるが、武家であるからこそ、商人の存在が必須とされる。

 何故なら――武家の価値は、所有刀によって決められるから。

 特に、刀屋や鍛冶職人に対して、個人が接触を試みる事は禁じられており、必ず商人の中継を通らなくてはならない。

 そして今、至る所で攘夷や佐幕やらで志士気取りの浪士が謳歌しており、至る所で刀屋が繁盛している。

しかし、多く出回る分当然贋作も多くある。贋作を掴まされる事は武士にとって最大の恥であり、その気はなくとも贋作を所持しているだけで「うつけ」や「恥さらし」と罵られ、最悪の場合は脱藩を余儀なくされ、切腹を言い渡される場合もある。まあ大抵の者が言われる前に腹を切るか、売った刀屋を斬り殺すか、の二択だが。

 どこの藩でも専用の『刀剣改番』を雇っており、仰々しい肩書きまで頂戴している者もいるらしい。

 

 政を行う武家、武家が武家であるための流通を支配する商人、そして、その品物の価値を定める『鑑定係』。

 

 この関係を「三竦み」と呼び、互いに商売相手であり商売敵であり、三つの関係は協力し、そして規制し合っている、というわけだ。

 

 ゆえに、『鑑定係』に求められるのは、真実――正確に物を判断する、その鑑定眼である。

 しかし――

 

「分かっているけど……真実を突きつけるのって、たまに辛いね」

 武家にとって、名刀の所持はお家の未来にも影響する。

 これは贋作だ。これは名刀じゃない。その一言で、御家人株を剥奪され、下町に落される人達も多くいる。

(鑑定結果を言う時、まだ緊張する)

 その一言で、人生が変わってしまうと思うと――本当に真実を伝えていいのか。僕はいつも迷っている。

「人は、本物を愛している」

 お姉ちゃんが、言った。

「真作を正義、紛い物は悪……正しい血統、正しい銘柄、折り紙付きの商品……そうやって、人は、”本物”を求める。そうやって本物だけを愛し、求めた結果が、今の時代なんじゃないかしら」

 お姉ちゃんの言葉はたまに難しくて、厳しい。

「だから、サダメ。これが、真実だったのなら、仕方の無い事なの。真実は、決して覆らない。贋作が真作になる事なんて、あり得ないわ。そこに感情も、同情も、何一つ、影響しない」

「お姉ちゃんは強いな。いっそのこと、お姉ちゃんが店番してくれたらいいのに」

「ダメよ。知っているでしょう? 私にはサダメみたいな鑑定眼はないわ。特に刀剣とか骨董関係はからっきしじゃない。知識も観察眼も、お前の方が上なんだから、店番はあんたがやりなさい。その代わり、他の事は、私がやるから。ね?」

「分かっているよ」

 僕はお姉ちゃんに手を伸ばす。お姉ちゃんもまた、応えるように、僕に手を伸ばした。

 同じ指、同じ手の形、同じ手相。まるで鏡に映った自分を見るように、僕らは瓜二つだ。

 よく似た二つの手を、互いに重ねる。

「僕らは、二人で一つ」

「私に出来ない事をサダメがやって」

「僕が出来ない事をお姉ちゃんがやる」

「だから、私達は二人で一つ」

 

「二人で一人の『鑑定係』」

 

 僕らは、僕ら二人の間の合言葉を口にする。

 同じ顔で、お姉ちゃんが笑っていた。きっと同じ顔で、僕も笑っているだろう。

(だって僕らは、双子)

(二人で一つだから)

 

 それが、僕らにとっての揺るぎない真実――。

 

 現在、人の価値は、物が決める。

 そして、『鑑定係』は、真実を見極める。

 

 

       三、都貴鑑定屋

 

       *

「いいかい? しばらくわなみは店を開ける」

「「留守の間の事は、頼んだぞ、我が弟子達よ。心配いらない。お前達は、幼くとも立派な『鑑定係』だ。大人に気後れせず、どんどん経験を積んでゆけ」

「特にサダメ。お前の観察眼は素晴しい。もう我が教える事はない」

「それに、お前達は、二人で一つなんだろう? なら、きっと大丈夫」

 

「お前達なら、やれるさ」

       *

 

(師匠!)

 そこで、僕は目を覚ました。

 天井に向かって手を伸ばしたまま、僕は身体を起こした。

(夢、か……)

 横を見ると、隣で寝ていた筈のお姉ちゃんがいない。

 その時、どこからか香ばしい匂いが漂ってきた。

 

「サダメ-」

 

 お玉を持ったお姉ちゃんが、襖から顔を覗かせた。

「もう起っきした?」

「起きてるけど、その言い方、やめて」

「あら、どうして?」

「どうしてって、僕もう十二歳だよ。あと数年もすれば、元服(※江戸では男子は十五歳から成人)だし」

「あら、それだったら、私だって十二よ。まあ、元服は、私の方が一年早いけど(※女子は十四から成人)」

 お姉ちゃんはケラケラと笑いながら、軽く手を振った。まったく本気にしていない。

「それより、朝ご飯出来たから、早く食べちゃってね」

 

 

 薄暗かった部屋は、昇り始めた朝日に照らされ、灯りがなくても過ごせる。数ヶ月前までは日の時間が短かったが、初夏を迎える今は、とても過ごしやすい。油の節約にもなるし。

 小さなちゃぶ台には、炊きたてのご飯、アサリの味噌汁、めざしが並ぶ。

 僕らは二人並んで、ちゃぶ台の前に座った。当然、座る場所は正面など他にもあるが、僕らは常に隣同士だ。

 二人並ぶ事に意味があるというのもあるけど、今回はそれ以上に――僕らの正面の席は、師匠の席だからだ。

 

 かつて親を亡くした僕らが、親戚にバラバラに引き取られそうになった時に助けてくれた、僕らの保護者にして、『鑑定係』の師匠――都喜 要さん。

 

(師匠、今頃どこにいっているんだろう)

 

「こら、サダメ」

 ふいに、お姉ちゃんが僕の前にめざしを差し出した。

「早く食べちゃいなさい」

「いいよ、お姉ちゃんの分でしょ、それ」

 僕がそっぽを向いて拒否するが、お姉ちゃんはしつこく僕の口の前にめざしを突きつけてくる。意外にしつこいな。

「遠慮しないの。サダメは、育ち盛りなんだから、いっぱい食べて、おっきくならないと」

「だから、歳は一緒じゃん」

「あら、いいじゃない。だってサダメは、すっごく可愛いんだから。あー、本当に私の弟、世界一」

「答えになっていないし」

 一見、弟を構いたがる優しいお姉ちゃんに見せなくもないが――正しくは違う。

 僕らは双子。それこそ髪型と着ている物がなければ、どっちかが分からなくなる程に瓜二つだ。

 つまり、お姉ちゃんは、僕を愛でているように見えて、自分を愛でているのだ。

 お姉ちゃんのいう可愛いは、自分の顔が可愛いという意味であって――

「もうサダメはぁー、本当にいい子なんだからぁ。絶対に嫁とかいらない、というか、嫁候補とか現れたら、お姉ちゃん何するか分からな~い。絶対ぶっ潰す」

(むしろ、そうであってほしい)

(そうだと言って、お姉ちゃん!)

「それに、最近は羽振りがいいからね」

「え? そういえば、最近、少し依頼が多いね」

 普段なら、週に一、二件程度だが、最近では一日に五件もある。おかげで、毎朝めざしが食べられるわけだが。

 ちなみに、普段は一日一匹程度しか食べられません。師匠、たまには仕送りください。

「でも、あんまり奮発しすぎるのも……」

「え?」

「依頼があるのは、今のうちだけかも知れないし。それに、依頼っていっても、ここ最近の刀は、全部贋作だったわけだし」

 そういえば、少し妙だな。

 最近の依頼は、さっきのお侍さんみたく、「質屋で手に入れた」「蔵から出てきた」など入手方法が曖昧な品ばかりだ。それも、当の本人は具体的な名刀の名前を出し、これは「村正だ」「これは吉光だ」と自信ありげに依頼してきた。

(まあ、結局全部贋作だったわけだけど)

(こんなに贋作ばかり当たるのも不自然な気が……)

 僕がそんな事を考えていると、突然お姉ちゃんが抱きついてきた。

「ごめんね、サダメ!」

「ちょっ!? 何なの、急に!?」

「だって、三食めざしが出ただけで、豪華、奮発って……お姉ちゃん、情けなくて。お姉ちゃんが不甲斐ないばかりにっ……サダメエエエエエ! 世界一いい子おおおおお」

「だから、ご飯くらい静かに食べさせてったら!」

 

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