六、鷹巣宗近
あの後、外ではやりにくいからという理由で、僕らは店の中に移動した。
作業机の上に脇差を置いたまま、僕が机の内側に立ち、その隣にお姉ちゃんと菜月さん。そして、入り口付近に桂さん。その傍には笠の男が立っており、ぶっちゃけ桂さんは囚われた状態だ。少しでも妙な動きをしたら、笠の男に何をされるか分からないため、先程の態度とは打って変わり大人しい。ちょっと可哀想。
「じゃあ、最初から説明します。この脇差は、三条宗近の作品の一つ、鷹巣宗近です」
「三条宗近っていうと……あの三条宗近!?」
驚くお姉ちゃんに、僕は静かに頷く。
「三条宗近は、多くの名刀をこの世に生み出した。特に、代表作ともいえる三日月宗近と、この脇差・鷹巣宗近は、その中でも傑作とも言われている」
僕は、続ける。
「刃長は、一尺五寸と三分。刃文は、直刃。造りは、菖蒲造。そして、三つの目釘穴。全てが、鷹巣宗近の特徴と一致します」
「鷹の巣っていうと……」
お姉ちゃんが説明を求めるように言った。
「伝説では、輝く鷹の巣の中に、この刀があったって言われているんだ」
「何で、鷹の巣に?」
「多分、昔の習慣によるものだと思う。かつては、鷹の子を取ったら、巣の中に刃物を入れる習慣があったから」
それと鷹巣宗近と関係があったかは分からないが、伝説になる程に美しい刀だった事は確かだ。
「まあ、今の話で、大体の察しはついたわ」
お姉ちゃんがどこか棘のある言い方で、桂さんを見た。
「三条一派、まして三日月宗近を打った、あの刀工・三条宗近が打った脇差なら、貴重も貴重。そりゃあ欲しがるわけね」
「多分、それだけじゃないと思う」
僕が言うと、桂さんはあからさまな態度で視線を逸らした。
「この刀の元の持ち主は、豊臣秀吉」
「え!?」
菜月さんとお姉ちゃんが、同時に叫んだ。
「さらに言うと、秀吉さんの手から、島津義久の手に渡り、以降、島津家に伝わったとされている」
島津義久――。
島津家の十六代目当主。
戦国時代から安土桃山時代まで活躍した戦国武将。
島津の家督を継いだ後、薩摩・大隅・日向の三州を制圧。一時は九州の大半を手中に収め、島津氏の最大版図(領土)を築いた。
しかし――豊臣秀吉の九州征伐を受けて降伏。
豊臣秀吉との関係もそこで生まれ、彼の手に鷹巣宗近が渡った縁も、そこで生まれた。
「島津家って、あの島津家!?」
流石にそこまで大物が出てくるとは思わなかったのだろう。お姉ちゃんと菜月さんがさらに驚いた顔をした。
(だけど、驚いていない所からみて、桂さんも知っていたわけか)
「でも、何で、島津家の刀が、うちに……」
「それは……」
と、僕が言い掛けた時。勢いよく扉が開いた。
「おやおや、もう始まっているようですね」
そう言って入ってきたのは、朱色の着物を着た、眼鏡をかけた青年だった。見た目は師匠より少し若いくらいだ。二十代半ばといったところか。
(あ……あの羽織は……)
彼の着る羽織には、大きく「鑑定」の文字が刻まれていた。つまり、僕と同じ『鑑定係』。
「ああ、待っていたぞ、吉原」
桂さんが彼――吉原さんに軽く手を挙げた。
「どうも、桂様。大体の話は、使いの者から聞きました。とんだ災難でしたね」
「まったくだ」
桂さんに軽く挨拶をした吉原さんを僕らを見ると、途端に冷たい視線になった。
「あんた達かい? 桂さんの脇差を横取りしようとしている『刀剣改番』ってのは。まったく、最近のガキは。遊び方も知らねえのかい」
「あら、いきなり現れてご挨拶じゃないの」
対するお姉ちゃんは、相変わらず強気な態度で吉原さんに返す。
「こっちだって、『都喜鑑定屋』の看板背負っているのよ。『刀剣改番』として、私とサダメは依頼を受けているの」
「都喜つうっと……アイツの弟子ってえのは、あんた達かい」
吉原さんの目が、さらに鋭いものになった。
(何だろう? 都喜の名前を聞いた途端に、雰囲気が怖くなったような……)
もしかして、師匠と昔何かあったのかな。
そんな事をぼんやりと考えていると、笠の男が話を進めようと口を挟んだ。
「まあ、挨拶はそのへんにして、本題に入ったらどうですかい? もう日も傾きかけた頃だ。お互い、長居はしたくないでしょう」
彼の言う通り、日が沈み始め、周囲が暗くなってきていた。
「なんだ、テメエは?」
「お気になさらず。あっしは、用心棒的なもんですよ。荒事にならない限り、手出しはしやせん。『刀剣改番』同士の話は、そっちでやってくれ。そのために、わざわざ呼び出したんだから」
「呼び出したって……」
僕が問うと、吉原さんは面倒くさそうに答えた。
「一応名乗っといてやる。俺は吉原 左馬ノ助。桂様お抱えの『刀剣改番』だ」
(桂さんの家が贔屓にしている『刀剣改番』という事は、桂さんの刀剣収集にも関係しているって事だよね?)
僕が緊張で言葉を詰まらせていると、お姉ちゃんがすっと目を細めた。
「あら、それじゃあ、巷で噂の黒い商流にも関係しているって事かしら?」
「何?」
「聞いたわよ。最近、桂家の御曹司が、色んな所から刀剣を奪って回っているって。その刀の半分は、権力を武器に脅し取ったもの……」
と、お姉ちゃんは後方に立つ菜月さんを一瞥した後、続ける。
「そして、もう半分は、所謂黒い商流……出所不明の品ばかり」
「おいおい、いくら桂様が名刀ばかりを所持しているからって、言いがかりはよしとくれ。まったく、師匠に似て、礼儀の知らねえ嬢ちゃんだ」
吉原さんが薄ら笑いを浮かべながら言った。
「確かに、桂様は数々の名刀を所持している。だが、それも全て、桂様自身が自力で手に入れた品だ。相手に条件を提示して、呑むか呑まないか。それは当人の自由。自分で決めた事を、後からイチャモンつけられてもな」
「まったくだ。ぜーんぶ、オレサマが直々に商談して、手に入れた物ばかりだ」
吉原さんに続き、桂様も笑いながら言った。
「ちょいといいかい」
その時、笠の男が口を挟んだ。
「あっしは流浪人。刀や武家の事は、知りやせんが……なんだって、そんなに名刀を?」
「そんなの決まっているだろう。相応しいからだ」
桂さんは、言った。
「名将に名刀が寄り添うように、優れた者には優れた品が必要だ。特に、今のような時代はな。必要な人間の元に、必要な品が集まる。当然の事だろう」
「本当に、それだけですかね」
「どういう意味だ?」
「深い意味はありやせんよ。ただ……闇雲に集めているようには、とても見えませんかったからね。まるで……何か、特別な目的があり、そのための手段として、そちらのお嬢さんの刀が入り用だった……あっしには、そういう風に見えやした」
「え?」
僕が思わず声を漏らすと――、吉原さんがそれをかき消すように軽く手を叩いた。
「はいはい、そのへんにしましょう。こちらも時間が惜しい。俺を呼び出した用件を言いな」
「あー、そうでしたね。聞けば、今回の騒動はその脇差が関係ある、とか。ならば、ここは一つ、その脇差をかけて、勝負をするってえのはどうですかい?」
「勝負って……」
そんなの初耳だ。咄嗟にお姉ちゃんと菜月さんを見るが、彼女達も初耳だったようで、困ったように軽く肩をすかすだけだった。
「この勝負、勝った方が脇差の名義を手に入れる。負けた方は引き下がる。早い話、そこのお嬢さんと双子ちゃんが勝てば、あんたらは二度と脇差は勿論、お嬢さんにも近付かないって約束してくださいよ」
「ほう、つまり、オレサマが勝てば、そこの女を嫁にせずとも、刀を手に入れる事が可能ってわけか」
やはり最初から目的は脇差だったのか、桂さんは嫌な笑みを浮かべた。
「ならば丁度いい。こちらも、一時的とはいえ、貧相な女を家にいれる事には抵抗があったからな」
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