スキルイータ

北きつね
北きつね

第二百七十六話

公開日時: 2023年11月12日(日) 11:59
文字数:3,234


 本当か?

 原因を切り分けていくと、起因している状況が似てきている。


「カズトさん?」


 俺がまとまった資料を見ていると、シロが飲み物を差し出してきた。

 資料をまとめるのは、シロも手伝ってくれたから、内容は理解が出来ている。


「シロ。すまん。少しだけ驚いただけだ」


 本格的な調査は、戻ってから行うとしても、取っ掛かり位はつかめればと思って、始めた作業だったが、想像以上に、人はどこに居ても人なのだと、納得させられてしまった。


「そうですね。余裕が出来て、できた余裕の為に、争って余裕が無くなる」


「そうだな。愚かだけど、しょうがないのかもしれないな。”隣の芝生は青く見える”らしいからな」


「え?」


「簡単にいうと、同じ物でも、近くにいる人が持っていると、なぜか相手が持っている物の方が”いい物”に見える現象だ」


「あぁ」


 シロが何か納得した表情を見せる。

 何か、心当たりがあるのだろう。


「シロ?」


「カズトさん?」


「いや、シロが何か、納得していたから・・・。何か、あるのかと思っただけだ」


「・・・」


 シロが、耳まで赤くして、なぜか恥ずかしそうにする。これ以上は、突っ込まないほうがよさそうだ。


「シロ。何か、解決策があるか?」


「え?あっ・・・。そうですね。余裕を無くしてしまうのは、本末転倒なので・・・」


「そうだな」


 まったく同じ物を持つのでは意味がない。

 全く同じではなく、自分が持っている物が一番だと感じなければ、衝動が押さえられない。


 ペットなどは、衝動を押さえるには役立つが、どこにでも愚か者が存在する。その愚か者が、”金額”でペットを選んで、自慢する。その結果・・・。


「やっぱり、娯楽か・・・」


「娯楽ですか?」


 不思議そうな表情で俺を見るけど、娯楽が少ないから、できた余裕をもてあます。

 持て余した余裕が吐き出されるのが、家具だったり、食器だったり、服だったり、日々の些細な物になる。高級品も確かに作られているが、それは一部の者が独占している状態だ。

 そして、既製品という概念を持ち込んでいない状況では、家具にしろ、食器にしろ、服にしろ、まったく一緒の物は皆無だ。そのために、他人と比べてしまって、優劣を考えてしまう。

 優劣を考えるだけなら問題にはならないが、それが嫉妬に変わった時点から問題に発展してしまう。

 矛先が、優劣を競っている者に向くのならまだいいのだが、作った者や売った者に向かい始めるのが問題だ。


 買い手と売り手は、平等であるべきなのに、関係が崩れてしまう。

 ”お客様神様”という考えは嫌いだ。増長した客は、迷惑にしかならない。


「そうだな。例えば、武術大会には、”武”に心得がある者だけが出場・・・。しないだろう?」


「はい」


「武術大会は、見て楽しめる可能性はあるから、娯楽としての武術大会は必要だ。だけど結局は、中央だけになってしまう」


「そうですね」


「個人が・・・。そうか、表現できるような物があればいいのか・・・」


「表現?絵とかですか?」


「絵だけじゃなくて、玩具を作って、玩具の腕前とか、いろいろ競い合える物が有れば、隣の芝生の状態は気にならないだろう?」


 ヨーヨーやけん玉でもいい。

 簡単に作られる物なら、職人の練習にもなるだろう。素材を高級品にしても、腕がなければ、意味がない。収集癖を持つ者は、収集すればいい。


 産まれた余裕を、娯楽で埋める。


「でも・・・」


「わかっている。結局は、同じ事になってしまうのだろうけど、やらないよりはやったほうがいいだろう」


 娯楽の提供にも限界がある。

 それこそ、|偶像《アイドル》でもプロデュースしないとダメかもしれないが、自然発生するまで待った方がいいだろう。

 大会を繰り返していけば、自然と人気が集中する者が出てくるだろう。


「いえ・・・。カズトさんが、忙しく・・・。僕では、何も手伝えない・・・」


「あぁ玩具は作るけど、大会はルートと長老衆に|任せる《丸投げ》」


「あっ(また、ルートガー殿?大丈夫かな?)」


「どうした?」


 シロが遠い目をしているけど、何かを考えているようだ。


「ルートガー殿に仕事が集中すると思って、クリスティーネ殿が・・・」


「大丈夫だろう。クリスの従者たちも育っている。作業の分担を行う者たちもいる」


「そうですが・・・」


「それに、ルートは解っている」


「解っている?」


「責任は、俺に帰着する。だから、問題が発生した時には、俺が出ていくしかない」


「え?」


「ん?ルートは、その自分の首を差し出せばいいと言ってきたけど、責任を取るのは俺の役目で、作業をするのがルートの仕事だ。それに、長老衆もいる。長老衆が、好き勝手にやっているのは、何かの失策があった時に、責任を取るためだ。組織は、上が責任を取るために存在する」


「そうなのですか?」


「俺は、そう考えている。上が責任を取らない組織は腐っていく」


「・・・。そうですね」


「だから、大丈夫だ。ルートは、しっかりと認識しているよ」


「そうですね」


 シロが資料に目を落すのを見て、俺は”何を”作るのか考え始める。

 自重する必要はない。問題を先送りしてきた部分を含めて・・・。対処を行う必要がある。


 ヨーヨーは、芯が難しそうだな。

 けん玉は大丈夫だろう。技は覚えている限り書き出せばいいだろう。


 定番物は当然として、個人的に好きだったゲームも作るか・・・。

 バックギャモンは作ろう。カジノは中央で、商人たちに仕切らせるか?


 ダイスを作って、クラップスとかかな?

 トランプゲームは、ギャンブルで行うのには、紙質が今の状態ではダメだろう。最低でも見分けができるようになるのに、使い捨てにできるくらいの量産が出来なければ、ギャンブルとしては成り立たない。トランプは無理だけど、パイゴウなら可能か?ツーアップとか簡単でいいけど、商人が仕切るようなカジノ向きではない。ルーレットは作ってもいいだろうけど、どこまで厳密にするのかが問題になりそうだ。


 つらつらメモを作成している。

 シロは、資料を読むのに飽きてしまったようだ。俺が書いたメモに質問をしてくるようになると、玩具の説明をする。シロとしては、子供向けの玩具があるとよいと考えていたようなので、本当の意味での玩具も考える。


 シロに説明をしながら、玩具をメモしていく、馬車での移動だが苦にならなかった。

 新婚旅行らしくはなかったが、SAやPAの視察を兼ねていると言っても、二人だけで過ごす時間が持てた。


 最後の野営地を出れば、明日の昼には中央に到着する。


 時間をかけた帰り道だったが、良かったと思う。

 いろいろ見えなかった事が見えてきた。先ぶれとして、向かわせていたモデストが戻ってきた。俺の帰還は、大げさにしないようにだけは厳命した。もし、大げさに、派手にしたら、ルートとクリスの結婚式を”ド派手”にしてやり直すと伝えた。


「それで?」


「はい。ルートガー様は、嫌そうな顔をしながらもご納得していました」


「そうか、そうか、それはよかった。クリスは?」


「笑っておいででした」


「そりゃぁよかった」


「カズトさん?」


「あぁシロはモデストに頼むときにはいなかったな」


「はい」


「少し、ルートとクリスに頼み事をしただけだ」


「頼み事ですか?」


「そう、だから、断ってもいいけど、断ったら」


「断ったら?」


 シロの復唱が可愛い。


「ルートとクリスの子供の名付けを俺が行うと伝えただけだ」


「それで、お二人の返答は?」


「快く、俺の頼み事を承諾してくれたよ」


「それで、僕にも関係するのですか?さっきから、モデストがニヤニヤしているので・・・。気になってしまって」


「モデスト」「すみません。奥様。簡単な頼み事で、ルートガー様とクリスティーネ様で揃って、奥様を含めたお二人での食事を頼んだのです」


「え?僕も?」


「はい」


「モデスト。シロにも秘密だと言わなかったか?」


「言われておりません」


 モデストは、悪びれることなく、シロに教えやがった。

 口止めは、軽いレベルで、シロに知られないようにとだけ伝えていた。確かに、秘密だとは言っていない。言っていないが・・・。


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