スキルイータ

北きつね
北きつね

第百十六話

公開日時: 2023年11月12日(日) 08:21
文字数:6,013


 今日は久しぶりに朝から大忙しだ。

 面会の申し込みをさばくので精一杯になっている。


 全員が、新しく恭順を誓った街や集落の人たちなので、無下にするわけには行かないと思って・・・対応を始めたのが失敗だった。


 収拾がつかなくなりそうだったので、まずは、ミュルダ老からの報告を聞いてから、俺の計画を語ってから、それでも話がしたければ、話を聞く時間を個別に作るという事で納得させた。


 昼前には、ミュルダ老を始め使者として各地を回ってもらった者と、各街の代表と47名の集落の代表と、護衛や腹心たちが集まってきた。迎賓館を作ってよかったと本当に思った。


 目の前に並ぶ200名近い者たち、会議室で話を聞く事になった。

 正直、全員が集まる必要はないと思ったのだけど、会議室にはクリスとクリスの従者と眷属を除いた全員が揃っている。シロとフラビアとリカルダも参加している。反応をした3人の状況を確認するためだ。


 3人はやはり集落の長と護衛のようだ。

 枢機卿と思われる者が席に座り、聖騎士が後ろに立つ形になっている。

 やはり、シロとフラビアとリカルダを見ている。何も言ってこないので不気味でしょうがない。


 ミュルダ老からの報告が始まった。


 ユーバシャール街は思った以上にひどい状況だったようだ。

 元領主が後継者を決めないまま死んだ。後継者を選べなかったのか、選ばなかったのか、それはわからない。元領主には、3人の息子と4人の娘が居た。4人の娘は既に領内の有力な商人に嫁いでいる。この4人の娘たちが強欲だった。

 二人の兄に付かず離れずの関係を保ちながら娘同士で利権の取り合いをしていた。そこに、領主の死が重なった。


 そして、アンクラムが、ミュルダに統合されたという話を聞いて、娘たちが慌てた。この4人の娘たちは、獣人を大量に奴隷にして、魔の森から素材を持ち帰らせていたからだ。ミュルダがその事に抗議してきたらと考えたようだ。

 そして、元々ミュルダに恭順する方がよいと唱えていた末弟を監禁して、上の兄二人をそそのかして、アンクラムを恭順させる事を考えさせた。あくまで自分たちの権益を守るためと、上手くいけばロングケープや他の街も支配する事ができるかも知れない。ミュルダを恭順させる事ができれば、奴隷を増やして魔の森から素材をもっと持ち帰られると考えていたようだ。


 使者たちがユーバシャール街に到着してすぐに末弟を解放して、4人の娘たちを拘束した。

 頭の中までお花畑になっている娘たちは、兄たちが助けに来てくれると本気で考えていたようだ。商家も末弟の手のものが入って調べれば不正行為のオンパレード。即時裁判が行われて、処刑が決定した。

 処刑を決めたのは、末弟だという事だ。この時点では、まだミュルダ老たちの存在は、街の一部の者たちしか知らされていない。

 末弟は、粛清が全て終わるまで、ミュルダ老たちを安全な場所で待機してもらっていたのだ。


 ほぼ報告書通りだ。

 本人から話される事なので、報告書とはニュアンスが多少違う部分があるが、些細な問題だ。


 その後は、ユーバシャール街が恭順を示した事が大きかった。

 他の集落と街は、使者が来る前に恭順の意思を示してきた。


 報告は滞りなく終わった。

 問題は、今の所発生していない。貢物も必要ないと全員に伝えた。持ってきた物を持ち帰らせるのも手間なので、正規の値段で買い取ることにした。シュナイダー老が苦笑を浮かべていたが、この程度で財政が揺るぐはずがない。俺が今持っているスキルカードだけで買い取る事ができるだろう。


 さて、俺にとっては本題になるのだろう。面倒な事だが片付けないとならないことだろう。


 一端、休憩の為に、皆が部屋から出ていく、シロは俺の後ろに来て、剣に手を添える。

 フラビアとリカルダは、枢機卿から目を離していない。


 枢機卿たちも、俺たちが気がついているのを認識しているのだろう。席を立とうとしない。


「ツクモ様」

「あぁミュルダ老。済まないが、あそこの3名以外を、迎賓館の中を案内してやってくれないか?」

「かしこまりました。でも」

「大丈夫だ。カイとウミがもう来ている」

「・・・ご無理をなさらないようにお願い致します」

「わかっている。でも、相手次第だな」

「・・・」


 ミュルダ老が、枢機卿たちをヒト睨みしてから会議場から出ていく。

 ミュルダ老が出ていったのと入れ違いに、スーンが出口を塞ぐように立ちふさがる。


 カイとウミが、俺の足元に現れる。

 ライも一緒に付いてきたようだ。


「いつまでそうしているつもりだ?」


 枢機卿に声をかける。


 男三人は、立ち上がって、俺の側まで来て、臣下の礼を取る。


「どうした?何か、俺に話が有るのではないのか?」

「はっ我ら、集落にいる者を含めて29名、貴方様に従います」


「はぁ?」


 思わず、シロとフラビアとリカルダの顔を見てしまった。

 3人とも訳がわからないという雰囲気だ。確かに、3人の開けられた胸元を見ても、アトフィア教のシンボルは持っていないようだ。


 聖騎士だと思っている1人がシロたちを見て言葉を続ける。

「ヴェネッサお嬢様。ファイエット嬢。エウヴィール嬢。我らを怪しいとお思いなのかも知れないが、我らは、ヴェネッサお嬢様のお父様の命を受けて、この大陸に根を下ろした者たちです。29名全員が、現教皇とは違う陣営の者です」


「シロ。知っているか?」

「いえ、申し訳ない。私には、覚えがない」


 今度は、枢機卿が口を開く

「それはそうです。私は、お父様の命を受けて、教皇派閥に入り込んでおりました。お父様の事が有ってからも、穏健派に情報を流すために教皇に近い筋に、潜り込んでいました。お嬢様の出陣を止められなくて・・・総本山から駆けつけましたが、そのときにはお嬢様は自害されたと聞かされて・・・それならばと思い。この大陸に居る者たちと合流したのです」


「それならなぜ今になって出てきた?」

「お嬢様が生きておられると・・・この者が情報を持ってきました。この者は、サラトガに潜り込んでいた者ですが、お嬢様の姿を見たと・・・すごく幸せそうにしていたと聞いて、私達なりに、貴方様の情報を調べました」


「そうか・・・それで?」


「はい。お嬢様のお父様の理想とする世界が・・・ありました」

「え?」「は?」「ん?」


「ん?俺が聞いていたのは、”人族による平等な導き”だったのではないか?」

「いえ違います。それは、総本山で語られた話です。お父様の本当の理想は、種族に関係なく能力によってのみ優遇される世界です」


「おかしくないか?それでは、アトフィア教の教典から外れるのではないか?」

「そうです。お父様・・・ローレンツ様が望んだのは、アトフィア教の解体です」


「・・・そうか、シロの・・・ヴェネッサの母親の件か?」

「・・・はい。カズト・ツクモ様。私達では力が足りません、貴方様に縋らせていただきたい」


「迷惑だ。俺は、アトフィア教の解体なぞ望んでいない。手を出してくれば、叩くし、迷惑だと思えば排除する。だが、俺から総本山に攻め込もうとは思わないし、そうだな・・・できるだけ遠くで幸せになってくれればいいだけだ」


「それで構いません。カズト・ツクモ様が、今後も今のように獣人だけではなく、ハーフや魔物たちを束ねながら、人族を支配下に置いていけば、自ずとアトフィア教から侵攻してきます。我らはそのときを待って、総本山に残っている者たちとともに蜂起します。その為に、我らは貴方様のお側に、この身を如何様にされても構いません。是非、配下の末席に加えてください。お願い致します」

「「お願い致します」」


 確かに、今後もアトフィア教からちょっかいかけられるのは間違いないだろう。

 それなら今まで以上に積極的に情報収集しなければならない。眷属を使った情報網はできるだろう。思惑を読み解く人間が必要になってくるだろう。シロやフラビアやリカルダにはできない事が、目の前で臣下の礼をとっている者ならできる可能性がある。


 それ自体が盛大な罠だという事も考えられる。それならそれで、罠ごと食い破ってやればいいだけ・・・か。


「一つ聞きたい。お前たちにとってアトフィア教とはなんだ?」

「憎しみの対象です。私は、娘と妻と妻のお腹の中の子を殺されました。獣人を奴隷から開放したというだけでです。そんな物は宗教でもなんでもない。滅んでしまえばいい」


 聖騎士が頭を上げた

「私は、目の前で恋人を、酒精に溺れた枢機卿に殺されました。ただ、獣人に似ていたからという理由でです」

「訴えなかったのか?」

「訴え出ました。訴え出ましたが、彼女の4代遡った祖母が獣人だったという理由で却下され、私は枢機卿を愚弄したという理由で、準正聖騎士に落とされ、この大陸に移動させられました」

「素朴な疑問だが、4代も遡れるのか?」

「なぜか、彼女の家の家系図が出てきて、それが証拠として採用されました。その家系図は・・・」

「新しい羊皮紙だった・・・というところか?」

「はい」


 クズだな。

 聖騎士になっていた者の訴えだから無下にもできない。しかし、枢機卿を罰するわけには行かないといった理由でも有ったのだろうな。


 もうひとりの聖騎士が頭を上げる

「私は、食堂を営んでいた兄と兄嫁を・・・獣人に食べ物を売って、聖騎士の分がなくなったという理由で殺されました」


 言葉が出ない。


 シロは知らなかったようだ。

 フラビアとリカルダは、聞いたことが有るのだろう。そんな雰囲気が出ている。


 枢機卿が頭を上げる。

「カズト・ツクモ様。我ら、29名は、恨んでいるのです。今のアトフィア教を、今のような体制にした現教皇と枢機卿たちを滅ぼしたい。できる事なら、自分たちの手で行いたい。でも、私達にはその力がありません。ならば、対抗できる方に微力ながら力を貸す事で我らの本懐を遂げようと考えております」


「そうだな。忠誠を誓われるよりも、その方がしっくりくる」


「それでは・・・」


「ちょっと待て・・・シロ!」

「はい」

「どう思う」

「私にはわかりません」


 シロは困った顔を俺に向けるのみだ。


「フラビア」

「はっ」

「お前は?」

「ツクモ様のお考えどおりで・・・」


 フラビアは、俺に期待しているようだ。状況は違うが、フラビアも同じ様な思いなのだろう。違うかたちの自分たちと思ったのだろう。


「リカルダ」

「はっ」

「いずれ、アトフィア教との衝突は避けられないのなら、お味方は多いほうが良いかと思います」

「そうか?でも、優秀な味方ならほしいけど、そうじゃないのなら、味方に居られる方が面倒だぞ?」

「そうですね。それなら、お試しになればよろしいかと思います」

「そうだな・・・」


 スーンを見るとうなずいている。

 一連の流れで話がわかっているのだろう。


「スーン。お前に任せる。29名を使って、奴らをあぶり出すなり、殲滅するなりしろ」

「はっ承りました」


 3人が頭を上げて、俺を見る

「ツクモ様」

「一度チャンスをやろう。明日、俺たちは”誕生祭”をとりおこなう。そのときに、招かれざる客や無粋な者たちが何かを行おうとしている。スーンと協力して、その者たちを捕らえるか、抹殺してみせろ」

「はっしかし・・・」


「あぁわかっている。スーン手配できるか?」

「エリン様にお願いしてよろしいですか?」

「あぁ大丈夫だ」


 竜族に26名を連れてきてもらう。

 今から行けば、明日の朝には到着するだろう。集落での説得が必要になるのなら、タイムオーバーになるかも知れないが、そうなったら、コイツらを信じなければいいだけだ。


 敵対組織の捜査やあぶり出しには、裏切った者を使うほうが効率がいい場合が多い。

 まさに今回がそのパターンだ。魔蟲を待機させているから、コイツらが失敗した場合でも、”誕生祭”を邪魔させないという最低限は守れるだろう。

 できれば、この機会にアトフィア教で俺たちに敵対行動をとっている者たちを、大陸から一掃したい。スーンたちは優秀だが、潜っている奴らを探すのは、同じく潜っている連中に任したほうがいいだろう。スーンは、もっと違う事を担当してもらいたい。


 3人は立ち上がって、俺に一礼してから、シロとフラビアとリカルダに深々と頭を下げる。

 その後で、スーンと一緒に会議室から出ていった。近くの会議室で話を続けるようだ。


 タイミングを図っていたかのように、ミュルダ老が迎賓館の案内から戻ってきた。


 会議を再開したいという事だったが、俺が疲れてしまったので、3時間後に再開という事になった。


 一度迎賓館に用意している執務室に戻る事にした。カイとウミとシロが俺に続いている。フラビアとリカルダは、先程の男たちの所に行って話をしてきたいという事だったので許可しておいた。


 3時間のつもりで居たが、2時間ほどの仮眠で会議を再開する事にした。


 後半は、各集落の事情が説明された、ほぼ”陳情”といった感じになっている。

 陳情を全部聞いていたら何時まで経っても終わらないし、利権の調整なんてしたくない。


 まずは俺の計画を説明する。

 ようするに、ユーバシャール区からパレスキャッスルを街道でつなぐ、間にSAとPAを作成していく、同じくサラトガ区からパレスケープ区に街道をつなげて、SAとPAを作る。

 サラトガ区とユーバシャール区を街道で結ぶ。アンクラム区とユーバシャール区を街道で結ぶ。


 これで、ユーバシャール区-アンクラム区-ミュルダ区-サラトガ区とつながる事になる。中心地には、サラトガ区とアンクラム区とミュルダ区を経由することになる。

 魔の森は、俺が預かる事を宣言する。

 今後開放するにしても、調査を行ってからになる。


 税に、関してはシュナイダー老が説明した。

 先日、シュナイダー老からの提案通りにする。


 集落は、いまのままの運営形態にするが、SAとPAに関しては、代官を設置する事になる。規模や設備は既にあるSAやPAを参考にして作る事にした。

 ユーバシャール区とパレスキャッスル区とパレスケープ区の代官は、明日の誕生祭のときに任命する事になった。


 これらの計画を話し終わった所で、集落からの質問は無かった。

 陳情に関しては、ミュルダ老とシュナイダー老で対処するという事だ。あとの細かい調整は、行政官に任せる事にする。


 俺が立ち上がると、皆が椅子から立ち上がって、臣下の礼をする。


「皆、これから頼む」


”はっ!”


 カイとウミが先導して会議室から出ていく、シロが後ろに従っているが、誰も何も言わないので、これで間違いじゃ無いのだろう。

 そのまま転移門でダンジョンに入ってから、居住区経由で洞窟に帰る事にした。


「疲れた・・・。明日は、誕生祭か・・・中止にはできないだろう・・・な」

「カズト様」

「わかっているよ。シロ。みんなが楽しみにしているのだろうからな」

「はい!私も楽しみです」

「そうか・・・はぁ明日も疲れそうだから、今日は早めに寝ることにするよ」

「わかりました。カズト様。お疲れ様でした。おやすみなさい」

「あぁシロもな。今日はありがとうな。おやすみ」


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