スキルイータ

北きつね
北きつね

第二十九章 鉱山

第二百九十一話

公開日時: 2023年11月12日(日) 12:05
文字数:3,143


 結婚騒動は、子供ができた場合でも、仕事に配慮すること、産まれた子供を安全に預かる場所を作ること、これらのことを、ルートガーに宣言をさせた事で、落ち着いた。


 獣人族は”子供は皆で育てる”が染み付いているので、それに倣った形だ。


 ルートガーは、最初は抵抗したのだが、クリスからの説得を受けて、最後には受け入れて、宣言を出すのに賛成した。ルートガーが反対していた理由も理解ができる。上流階級で産まれて教育を受けてきたルートガーには、獣人族のやり方が正しいと言われても納得ができないだろう。俺も、クリスも、獣人族が正しいとは思っていない。仕組みとして、子供を育てる環境を構築して欲しいだけだ。ルートガーが、他に、素晴らしい方法があるのなら、話を聞きたい。しかし、”誰でも”享受できる形での施策が出ない以上は、俺のやり方を押し通させてもらう。


「カズトさん?大丈夫ですか?」


 シロが俺の横に座って、覗き込むように質問してきた。

 最近、二人になると、以前の様に前に座るのではなく、横に座るようになってきた。誰も居ないと本当に甘えてくるようになってきた。


「ん?あぁルートガーに渡した施策の状況を確認していただけだ」


 今日は、崖の上の屋敷で執務を行っている。

 別荘になり始めているロックハンドに行っても良かったのだが、シロが屋敷で過ごしたいと、希望を言ってきたので、屋敷で過ごしている。


「先日の?」


「そうだ。ルートガーは、上からの統治には向いている。けど・・・」


「はい。その辺りは、クリスティーネ様に補佐をお願いするのが・・・」


 シロも感じているのだろう。

 確かに、ルートガーの補佐は、クリスにしかできない。でも、そのクリスも果たして”統治に向いているのか?”と聞かれたら疑問符がついてしまう。結局は、切り捨てる側に居た人間たちだ。切り捨てられる側の気持ちは解らない。俺の隣に居るシロも同じだが、シロはそもそも統治に向いていない。全員を救おうと考えてしまう。シロは為政者ではない。どこまでも、騎士なのだ。


「まぁなるようにしかならない」


「はい」


 いつもの結論に達したところで、扉がノックされる。


 今日は、誰かが訪ねて来る予定にはなっていない。シロが立ち上がって、ドアを開ける。


「旦那様。奥様。ファビアンと名乗る者が、旦那様を訪ねてきております」


 ファビアン?

 中央大陸のたしかゼーウ街にあったスラムの顔役だった男だ。


「ファビアン?」


「はい。中央大陸ゼーウ区のヨーゼフ様の書簡を持ってきています。他にも、リヒャルト様の紹介状をお持ちでした」


 ヨーゼフとはしっかりと話が出来ているのだな。

 中央大陸への足がかりだが、デ・ゼーウには安定して欲しい。ヨーゼフが書簡を持たせたのなら、ファビアンが自ら赴いたのではないだろう。リヒャルトまで絡んでいるのなら物資に何か問題が発生したか?


「まだ下に居るのだな?」


 頷いているので、下で待機させているのだろう。下なら、監視も簡単だ。


「1人で来たのか?」


「はい。従者も護衛も連れてきていません」


 リヒャルトの紹介状を持っているのなら、リヒャルトの商隊と一緒に来た可能性があるのか?


 エルフ大陸から帰ってきて、やっと落ち着いたと思ったのに、今度は中央大陸か?


「シロは、待機していてくれ」


「・・・。はい」


 一緒に行くつもりだったのだろうけど、中央大陸に行くのなら、シロは絡めたくはない。

 いまだに、アトフィア教の奴らが幅を利かせている街が多い。中央大陸の前に、アトフィア教の奴らをどうにかしたくなってしまう。滅ぼしてしまおうか?でも、自分の正義を疑わない連中で、宗教というよりどころを持っているロマンティストは、テロになりやすい。それも最悪な・・・。自爆テロを、殉教だと本気で考えるような連中の相手はしたくない。内部から壊れてくれるのがいいのだが・・・。


「会おう。先に書状と紹介状を預かってきてくれ、そのうえで、屋敷の応接室に通せ」


「はい。グレードは?」


「3でいい。いや、2だ」


「かしこまりました」


 頭を下げて、メイドのドリュアスが出ていく、グレードは、ドリュアスたちが困っていたので、作成した物だ。

 グレード1がもっとも上級な対応で、ドリュアスが2名以上で相手を行う。飲み物も最上級な物を出すようにしている。部屋も、調度品から拘った部屋だ。グレード2は、部屋のグレードが下がるだけで、それ以外には、飲み物のグレードが下がるが、十分に上級な物を提供する。食べ物も出している。来客の状況次第では、風呂に誘導することもある。

 グレード3-5は、徐々に部屋のグレードを下げる。対応する者も1名になる。

 グレードAからは、敵対者への対応になり、エントの分体を配置する。威嚇することを目的とした対応だが、今まで使われたことはない。


 どうやら、ドリュアスの報告からファビアンは風呂が必要な状況らしい。

 下の家で、風呂に入れて・・・。身を清めてから、上に移動させることになったようだ。


 着ている物も着替えさせるようだ。

 そこまでしなくてもいいと思ったが、グレード2を指定したので、部屋の格調に合わせてもらうのだと説明された。


 少しだけ時間が出来たので、俺も風呂に入ってから、応接室に移動する。

 途中まで、シロが付いてきたが、部屋には入らないように、もう一度だけ伝える。


「カズトさん」


 シロが縋るような声と表情で訴えるが、中央大陸の事には絡ませない。


「中央大陸で無ければ、シロに頼る」


「わかりました」


 渋々だが従ってくれた。

 シロが引いてくれたので、グレード2の応接室に足を踏み入れる。


 ソファーには、恐縮した表情で座っていたファビアンが立ち上がって、俺に頭を下げる。


 シロに、引いてくれと言ったが、ファビアンの用事は、中央大陸が絡む話だが、中央大陸に赴く必要はない。


「ツクモ様。本日は」


 手を挙げてファビアンの口上を遮る。

 別に、ご機嫌伺いに来たのではないだろう。


「早速で悪いが、本題に入ってくれ」


「はっ」


 別に立ち上がる必要はない。

 座ったままで問題はない。


 ファビアンにもう一度だけ状況の説明を、座ってしてくれとお願いする。

 ヨーゼフからの書簡に、詳しい内容はファビアンから伝えると書かれていた。


 ファビアンは、まだ緊張が解けていないのか、口調が前に戻っていない。

 別に気にする必要は無いのに・・・。もしかして、応対のグレードを上げたのは間違いだったか?


 書簡の内容を思い出しながら、ファビアンの状況の説明を聞いた。


「そうか、それで、リヒャルトの紹介状に繋がるのだな」


「はい。ツクモ様には、デ・ゼーウ。ヨーゼフ様。ゼーウ街の未来の為にも・・・」


 大げさな言い方をしているが、一部の者にはチャンスに見えているだろう。そして、一部の者には恐怖と思えているだろう。ファビアンは、恐怖の方が強いようだ。ヨーゼフは、チャンスと考えている。だから、リヒャルトを巻き込んで、ファビアンを使者として送り出したのだろう。


 問題は、ヨーゼフでも、ファビアンでも、リヒャルトでも、ゼーウ街に住んでいる者たちではない。


「それで、ドワーフ族たちの言い分は?」


「それが、チアル大陸の鉱山に連れていけの一点張りで・・・。今は、ヨーゼフが引き止めていますが・・・」


 中央大陸に居るドワーフ族が、鉱山を求めている?

 ヨーゼフからの書簡は、ドワーフ族が鉱山を求めていると書かれている。鉱石ではなく、鉱山を?


 採掘権が欲しいのか?

 ファビアンも、ドワーフ族たちが求めているのが、解らない。


 しかし、このままでは、ドワーフ族が・・・。中央大陸に住んでいるドワーフ族が、チアル大陸に移住を開始してしまう。移住と言っても、正規な手続きではない可能性がある。そのために、ヨーゼフはドワーフ族が密航などでチアル大陸に渡る事を危惧している。


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