チート勇者候補達は酒場にて

魔王を倒す使命を無視したチート能力者たちは女神からもらった大金で酒場を中心としたスローライフを満喫しています
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第8話 草の精霊エルバ(泣き虫精霊を仲間にする)

公開日時: 2021年1月30日(土) 23:00
文字数:2,035

 さらに奥に進む。林道を歩いていると、どこからかすすり泣く声が聞こえる。舞はいち早く、声に気づいて足を止めた。


「どうした?」


 振り向いて、侑希は舞に声をかけた。彼女は辺りを見渡しており、何かを探しているようだ。


「誰かが泣いてる」


「本当ですか?」


 数歩ほど、アリサは後ろに下がる。手を後ろに回し、抜刀の準備をする。臨戦態勢だ。


「本当。アリサちゃんも侑希君も聞こえているでしょ?」


 舞の話を聞いた侑希は足幅を肩幅ぐらいに広げ、目を閉じる。「本当だ」とつぶやき、まぶたを開いた。


「探そう」と侑希は提案し、草陰や木の後ろをのぞき込んだ。しばらくして、アリサや舞も捜索を始めた。捜索範囲は少しずつであるが、だんだん広がっていく。


「あれ?どうしたの?」


 泣く声の主を、舞は見つけた。平均的な中学生ぐらいの子供の容姿。若草色のワンピースがチャームポイントだ。しかし、背中には羽が生えている。耳もとんがっている。彼女は泣く子供が、少なくとも亜人であることを突き止めた。


「いたわ。亜人の子供だけど」


 舞に呼ばれ、侑希とアリサは駆け寄る。そのまま、侑希は亜人の女の子の全身を捉えた。背には、鮮やかな蝶のような羽の生えている。女の子は膝を曲げ、大事そうに抱えている。そのせいだろうか。小石のように背中は丸まっていた。


「エルフ、妖精だ」と小声で、2人に種族を教える。すぐさま、エルフの女の子の隣に座る。


「どうしたんだい?何かあったなら言ってくれると嬉しいな」


 目を細めて、侑希は女の子に語りかける。最初、女の子は全く話さなかった。それでも、侑希は表情を崩さずに、話すのを待つだけだった。


「なんで……。アタシに構うの?」


 やっと少女が話したかと思えば、突き放すような発言。それでも、侑希は表情を変えなかった。それどころか腕を組み、「うーん」と唸りながら、何かを考えていた。「そうだな」と侑希は組んだ腕を解く。


「泣いている君を放って置けないから。何か困っているなら、助けになりたい」


「どうしてなの?」


「それは俺が先生だから、かな?困ってたら、自分の知識と経験で解決まで手伝いたい」


 少女は顔を上げ、侑希の方を向いた。目にはうっすらと涙。今にも、決壊しそうである。


「だから、何があったか言ってくれると、俺は嬉しい」


「……分かった。言うよ」


 エルフの女の子の声は小さいながらも意思表示をする。少なくとも侑希には心を開いたようだ。


「森の泉が炎の龍の住処になっちゃって。それで、何とかしようと私たち妖精は討伐隊を組むことになったの。でも……」


「でも?」


 妖精は地面に視線を落とした。黙ったまま、何も語らなかった。目は伏せており、侑希に視線を合わせる気はないようだ。


「辛いこと。あったんだな」


「そうなんだ。途中で、私、逃げ出したんだ」


「……そうか。そういうことがあったのか」


 まずは同情。侑希は妖精と龍の実力差を魔術学院の書庫を通じて知っていた。そうなると、次に取るべき行動は一つしかなくなる。


「辛かったな」


 この侑希の一言。妖精の目に溜まっていた涙がこぼれ落ちた。侑希は彼女の涙が枯れるまで、じっと様子を見ている。


「落ち着いた?」


 妖精はコクリとうなずいた。涙もとうの昔に流れなくなっていた。


「ありがとう。……本当に情けないよ、私は」


「だったら、私たちと龍を倒しにいかないかしら?」


 弱音を吐く妖精に、舞は提案をした。彼女の瞳はしっかりと妖精の端正な顔を捉えている。


「でも、お姉さんたちじゃ、あの龍には勝てないよ……」


「勝てるかどうかはやってみないと分からないわ」

 

 一字一句。舞の言葉は力強い。アリサと侑希は自分宛に言葉を贈られてないにも関わらず、背筋が伸びた。


「それに私たちは強いから」


 にこやかに、そして、凛々しく、舞は自分たちがどれほど自信があるのかを示した。


「大丈夫です。何かあれば、私たちが助けます」


 勇気を振り絞ったアリサの発言。彼女の目線も妖精の方をしっかりと向いていた。


「で、でも……。私と一緒に言ったら……」


「足手まといになるんじゃないか。そう思ってるでしょ?」


 エルバが言おうとしていたことを、侑希は先に言ってしまった。図星だったのか、下を向きながらも、ハッとした表情に変化させていた。


「一歩を踏み出せば、必ず変われる。だから、変化を恐れないでほしい」


 魔術学院の先生である侑希は優しく諭す。エルバはゆっくりと顔を上げ、前を見つめる。彼女の視線には、侑希たち3人の姿。


「もし、変われるなら、一緒に冒険したい」


「決まりね。良いでしょう?侑希君」


 舞と妖精の会話を聞いていた侑希は二度、手を叩いた。


「君、名前は?」


「エルバ。草の妖精だよ」


「エルバちゃん。よろしく頼むよ」


 侑希は名前を聞くと、エルバに手を差し出した。エルバは躊躇いもなく、ぎゅっと手を握りしめた。2人はハンドシェイクし、互いの健闘をたたえた。


「さて、4人で龍退治に行くとするか」


 侑希が音頭をとり、動き出せば、他の者たちが彼に先導され、龍が根城にする湖へと歩みを進める。

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