チート勇者候補達は酒場にて

魔王を倒す使命を無視したチート能力者たちは女神からもらった大金で酒場を中心としたスローライフを満喫しています
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第9話 水の妖精ヴァプール(妖精との戦闘、そして、炎龍イグニオスとの遭遇)

公開日時: 2021年1月31日(日) 21:00
文字数:2,376

 どれほどのモンスターを倒し、どれほどの距離を進んだのかは、龍討伐を試みるパーティは分かっていない。森の中をエルバの案内で歩いていると、開けた土地にたどり着く。


「ここが妖精の湖だよ」


 侑希たちは妖精の導きに従い、開けた土地に足を踏み入れた。しかし、彼らが見た景色は衝撃的なものだった。


「木々が焼けてる……」


 見たままの光景を、侑希はそのまま言葉にする。湖の周りの木々に葉はない。木の幹は黒く焦げ付いている。どこを見ても、殺伐とした光景が広がるだけだ。


「草木も見事に焼けてるね。ドラゴンの仕業かしら?」


 舞は散々だる景色を見て、一種の仮説を立てた。地面は灰となった草木によって、黒く染まっていた。生命の息吹はどこにも感じられない。まるで、誰かが滅んだかのように。


「これは……。ひどいですね」


 アリサは微妙に唇が開いた。すぐさま、両手で口元を隠す。


「ここを根城にしているのは確かだな。よし、探すか」


 侑希は湖に向かった一歩踏み出した。しかし、彼の足元に水の槍が突き刺さる。


「誰だ?」と頭上を見る。水色のドレスの着た美人が空にふわふわと浮いていた。ゆっくりと、青い長髪をなびかせながら降りてくる。


「ここに踏み入れる者は誰だ?」


「アンタは……」


「私は湖の妖精、ヴァプール。この湖に宿し者」


 侑希の問いに、ヴァプールは胸を張って堂々と答えた。


「ここは神聖なる湖、人間が立ち寄って良い場所ではない!」


 力強く、不届き者である人間の侑希たちに、力説するヴァプール。全体を俯瞰しようとする彼女の目線はエルバをとらえた。


「貴様は……。ほほう。竜討伐の使命から逃げるだけでなく、精霊の掟まで破るとは……。貴様、生きては返さぬぞ!」


 空中に水の玉を浮かせる。水玉を4本の剣に変化させ、刃をエルバに向けた。そのまま、勢いよく剣がエルバに向かって飛んでいく。


「う……。嘘……」


 突然の攻撃に、エルバは何も出来なかった。


「危ない!テレポーテーション!」


 瞬間移動でエルバを庇うように、侑希は彼女の前方に立ち塞がる。「マジックシールド!」と声を大にして詠唱。すぐさま、円形のシールドが展開される。水の剣はシールドに全て突き刺さる。


「庇うつもりなのか?」


「あぁ!仲間を殺させはしない」


 侑希の思い切った一言に、ヴァプールは高笑い。翌日、筋肉痛になるのではないかというほどに声を出して笑っていた。


「ならば、貴様らごと消滅させてやろう!」


 湖から4つの水柱が噴き上がる。先端は鋭気なドリル状の形状になる。柱はだんだん長さが長くなり、180度程度に大きく曲がる。そして、4人それぞれの身体を突き刺そうとする。


「まずいわね」


 額に汗をかきつつ、舞は水柱が直撃する直前に大きく後ろに下がった。


「大丈夫?アリサちゃん」


 仲間の無事を、舞は確認する。アリサは何一つ表情を変えずに、剣を構えていた。


「大丈夫です。それよりも……」


 アリサは目線を侑希達の方に逸らす。侑希は2つの水柱を魔法で作ったバリアで受け止めている。


「くっ……。これでは……」


 侑希は唇を曲げ、苦悶の表情を浮かべる。マジックバリアには小さなヒビが入っていた。


「ど……どうしよう。逃げたいよ……」


 尻餅をついたまま、エルバは動かなかった。目の焦点があってはいないながらも、ただじっと侑希を見ていた。


「その手があったか」


 エルバの弱音に、侑希は好意的な反応。水柱にあえて押されつつ後退。エルバの腕を掴むと、「テレポーテーション」と詠唱し、攻撃の射程圏内から離脱。


 行き場を失った水柱は魔法壁を粉々に壊し、地面に激突。小さなクレーターを作った。


「仕方がない。エレクトロネット」


 ヴァプールの周りに雷の網を展開させる。侑希は舞に目配せする。


「これで、狙えるわね」


 舞は雷の網に向かって、銃弾を間髪入れずに放つ。狙いは一点だけではない。弾は散開し、電気の網の中めがけて、発射する。


「無駄なことを」


 ヴァプールは水のリングを自分の体から展開する。何重にも放出されたリングは電気を相殺する。さらに、水のリングの中に入ってきた銃弾の勢いを失わせた。


「まだ、終わってませんよ」


 アリサは跳躍。ヴァプールの背後から斬りつけようとする。


「甘い」


 水球の中に身を包まれるアリサ。溺れてしまった彼女の力は抜ける。持っていた剣は彼女の手から離れ、勢いよく地面に突き刺さった。


「しまった!侑希君!あの水の塊を切るわよ」

 

 舞は慌てた様子で金属板を生成する。瞬時に、意図を理解した侑希は銅板を浮かせ、アリサが閉じ込められている水の塊へ飛ばす。


 それを叩き落とそうと、ヴァプールは水の槍を飛ばす。


「今度はやられない」と金属板を囲むように、魔法のシールドを展開する。やりはシールドに阻まれ、水の槍は地面に落下する。


 金属板はアリサの頭上を通過。水の塊は風船のように割れる。中にいたアリサは地面に向かって自由落下。


「危ないっ!」


 エルバは草のマットをアリサの落下地点に生成。落下したアリサはマットで優しく受け止められた。アリサはむせているようで、何度も咳をした。


「大丈夫?」


「あ、ありがとうございます。何とか立てそうです」


 何事もなかったように、アリサは立ち上がる。無事な彼女を見て、エルバは胸を撫で下ろした。


 一方で、ヴァプールと侑希は互いに睨み合っていた。


「交渉の余地はないのか?」


「貴様ら、人間にその権利があるとでも?」


「龍を倒すために、体力は温存したかった。本音を言えば、やりたくはないんだが、ヴァプール、アンタを倒させてもらう」


「待て。龍を倒すだと?貴様らは……」


 ヴァプールの話をさえぎる咆哮。妖精の湖の空気を震わせ、雰囲気をよりシリアスなものに変えた。


「まさか」


 侑希は湖の方を見る。上空には、翼が生えた巨大なトカゲが彼らに迫ってくる。体毛は鮮やかな赤。侑希は、その雄々しい龍の姿を見て、ある名前を口にする。


「イグニオスか」

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