2人が家を出ると、陽が沈むであろう西の方向に歩く。目的は酒場を探すことだ。
「なかなか、良さそうなところがないなぁ」
侑希はバツが悪そうに辺りを見渡しながら歩く。彼の右手は暇を持て余しており、雷やら火やら氷やら、いろんな属性の魔法をまとわせている。
今のところ、彼らは酒場らしき建物を見ていない。右を見ても、左を見ても酒場はない。
「なかなか、ここはないわね。もうそろそろ、方向転換し……。あった!」
諦めかけようとしていた舞。そんな彼女が指をさす。酒場『エスペランサ』と書かれた掛け看板だ。
「日本語で書いてあるね」
「よくある異世界転生モノのライトノベルに近い世界だからか。当然、日本語で書いてあっても不思議じゃない」
舞は日本語で書いてあることに気づくが、2人はそれほど驚かない。
なぜなら、どんな世界であるかを大雑把に把握していたからだ。彼らは日本でよく読まれるファンタジーのような世界を想定している。そういう心構えをしていたから、別にリアクションをする必要がない。
「舞が見つけてくれたんだ。ここにしよう」
ドアの取手を握りしめ、侑希は思い切り開ける。
「どうぞ。お嬢様」
侑希は舞に酒場に入るように、手のひらを上に向け、指をまっすぐに伸ばし、指先を揃えた手で酒場の中を指し示す。
舞は堂々と酒場の中に入る。侑希も後に続くように中へ入った。
「アンティークな内装だな」
酒場に入ると、侑希は感じた印象をそのまま口にした。たしかに、瀟洒な装いの机と椅子、そして、カウンターが規則正しく置かれている。手入れがしっかりされているのか。それらは全て光を反射して、侑希たちにとって、どこか幻想的に感じられるのだろう。
カウンターの後ろにあるお酒は眩い照明に照らされ、1つ1つがダイヤモンドのように輝いていた。どれも酒好きの侑希と舞にとっては、価値のあるものばかりだった。
「いらっしゃいませ。お客様。お好きな席へどうぞお座りください」
抑揚のない声で接客を始めたのは、白髪の少し癖毛のあるボブカットの女性。舞は軽くお辞儀をして、カウンター席に座る。その右隣に、侑希が着席する。
「初めまして。オススメのお酒を僕と彼女に頼めるかな?」
「かしこまりました。それでは、私、アリサがセレクトしたオススメのお酒をご用意いたします」
また、アリサは律儀にペコリと頭を下げる。2つのグラスを棚から取り出し、お酒を作り始めた。
侑希は胸に期待を秘め、興味深そうに彼女の仕事ぶりを拝見する。どうやら、彼女のバーテンダーとしての手腕が気になるようだ。
まず、アリサはグラスに氷を入れる。次いで、蒸留酒を開け、グラスの約3分の1まで注ぐ。
次に、マドラーを中指と薬指で挟み、2回ほどステア、つまり、かき混ぜる。アリサのステアの技術力は高く、綺麗な案を描いている。
酒のボトルの蓋を閉め、カウンターの下から一本の小瓶をカウンターの上にトンと置いた。小瓶の栓を抜き、中に入っている液体である炭酸水を慎重かつ大胆に注いだ。
仕上げは、氷を軽く持ち上げ、綺麗に上下させる。美しい所作の連続だったのか。侑希は「おぉ」と声をこぼした。
「こちらがアヴァンチュール・カレジ。冒険者の勇気です。そして、こちらがフライドビーンです」
侑希たちの目前に、グラス越しに景色が見えるほどの透明な、炭酸の入ったお酒。それと、深緑色の豆が出された。
彼らはまず、豆を食べた。
各々の口から軽やかなリズムが奏でられる。歯応えはカリッとしている。噛むたびに、食感を擬音にしたような音が口の中で発せられる。しかも、リズムも面白いほど不規則だが、奥深さを感じさせた。舞は気に入ったらしく、もう一個、口に頬張った。
次に、2人はアヴァンチュール・カレジを少しだけ口に含む。
両者が微妙な表情を浮かべている。特に、侑希は首を大きく傾げ、口を結んでしまった。本当に表情に出るほどの微妙なテイストだったのだろう。
このお酒がアリサのオススメなのか。侑希は疑っている。それでも、グラスの3分の1の量を飲んでみた。目を思い切りつぶり、ゆっくりと首を横に振った。
「アリサさん。これは本当にオススメなのかい?」
「どうして、そう思われるのですか?」
「薬を飲まされているようなテイスト。飲んだあとの感触もなんか、すんなりと行き過ぎている。質の悪いお酒がオススメのはずはないと思うんだ」
隣では、舞が黙ってうなずいていた。何も言わぬということは、彼が言っていることに同意しているということは言うまでもない。
「面白い方々ですね。そこまで、お酒がお好きだなんて」
「よく飲むからね。まだ、僕は若いけどテイストの良し悪しぐらいは分かるよ」
「かしこまりました。今度は、私の本当のオススメをお出ししましょう」
「楽しみにしているよ」と侑希はアリサに言葉を送り、アヴァンチュール・カレジをゆっくりと飲みながら、フライドビーンを食べた。
「それでなぜ、アリサはアヴァンチュール・カレジなんかを出したの?」
興味本位で、舞がアリサに尋ねる。彼女は表情を変えなかった。
「この酒場は冒険者が多いのです。だから、手軽に酔えるお酒がよく飲まれます」
「そうなのね。だから、彼らにとってオススメというわけね」
舞はグラスに残るアヴァンチュール・カレジをガラス越しに眺めていた。結局、2人はグラスに口をつけ、残っていた酒を飲み干した。
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