布製の袋は固めの繊維で織り込まれていて、中にはシステム手帳が入っていた。
里沙は駐車場に停めた車の中で手帳に書かれた内容を読んでいる。筆跡は春樹のものではない。
「どう? 何かヒントになりそうなこと書かれてる?」
一花が手帳を持つ里沙に話しかけたが、里沙は首を横に振った。
「なんか、日記みたいだけど……。書かれていることが良くわからない」
里沙はがっかりした面持ちでページをめくっている。
「この布袋の材質って見たことがないよね。固いし細かい網目だし……」
一花は手帳の入っていた布製の袋を指でなぞっていた。すると手帳を見ていた里沙の手が最後のページで止まる。
「これは……これは、兄さんの筆跡だわ──」
「どれどれ……」一花が里沙の持つ手帳を覗き込む。
『レラの子を助けて、未来の世界で育てる。ここは明治初期のアイヌ部落』
里沙は手帳に書かれた文章を何度も読み返して苦しい顔をした。春樹がでたらめを書いているとは思えないが、奇妙な文は理解に苦しむものだった。
「レラってだれ? 意味がわからない。でも――」
里沙は、裕也のカウンセリングを受けたときに「古代のアイヌ集落で『ハルキ』と叫ぶ女がいた」と言われたことを思い出した。
「あまり気にしないでって、一花のお父さんが言ってたけど──」
「――そうね。でも、この春樹の筆跡を読むと……」
「兄さんが明治の時代にいたってこと?」
「いやいや、里沙……。さすがにそれはないわぁ」
一花が顔の前で手のひらを振りながら笑う。
「でもね、昨日博物館で見た不思議な遺跡って、みんな明治のころだったよね?」
里沙は、昨日のことを考えていた。鮮明なカラー写真や朽ちたスマートフォン、キーホルダーの木片……。
「まさかね」里沙がポツリと口を開いた。
「まさか……って?」不思議な顔をする一花の目に里沙の苦笑いが映った。
里沙は、大きくうなずくと車のエンジンをかけてハンドルを握った。
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