「ところで、春樹。向こうの世界で助けてくれたお年寄りの名前って『チパパ』って言うんでしょ? 変わった名前ね」奈津美が笑いながら、持ってきたリンゴの皮をむいて春樹に差し出した。
「うん。俺も最初は変な名前だなと思ったんだ。手帳に書いてあったんだけど、一緒に見つかった幼児のレラがね『チパパ』ってしゃべったんだって。それをそのまま使ったらしい。父さんは『パパ』と呼ぶつもりが『チパパ』になったんじゃないかって笑ってたよ」
春樹がリンゴをひと口かじる。
「ふうん。そういえば里沙もね、まだ生まれたばかりなのに『リサ』ってしゃべったのよね。この子は天才じゃないかって思ったわ」
奈津美が笑う。
「そうなんだ。私は自分で自分の名前をつけたのね」
里沙も笑いながら一花の腕を引っ張って病室の角に誘った。
「どう? 一花、また兄さんと付き合う気ない? 今の兄さんなら一花も納得でしょ?」
「なに言ってんの。今の春樹はあたしなんか相手にしないわよ」
里沙の意地悪そうな顔に一花がささやくように答えた。二人で口に手を当てて笑う。
そのとき一花のスマートフォンがポケットの中で振動した。
「あれ? 父さんだ」一花が画面の電話マークをタップして耳につける。
「一花か?」裕也の声が聞こえた。
「父さん? どうしたの?」
「どうしたのって、連絡もせずにいつまでそこにいるんだ?」
「あ、ごめん。明日の便で帰る」一花が里沙を見て舌を出した。
「ところでお父さん? あたしの名前って、お母さんがつけたんでしょ?」
「ああ、そうだ」
「どんな意味があるの?」
「なんだ? 急に、変なこと訊くなぁ」裕也の考えこむ雰囲気が伝わる。
「うん。ちょっとね……気になって――」
「特に、意味はないと思うよ、でも母さんが言ってたよ。韓国だったかなあ、一花って書いて別の読み方するって──」
「韓国?」
「うん。一花と書いて『イルファ』って読むんだ」
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