贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那
緋色刹那

肆:蒼き鬼

公開日時: 2021年7月6日(火) 20:00
文字数:2,683

 その何かは、陽斗が天井の穴から差し込んだ月光を遮ったことで、彼の存在を察知した。水のように土をかき分け、地面の下から飛び出す。

 現れたのは、鉄で出来た巨大なムカデだった。体長は約十メートル、光沢を帯びた鋼の体を持ち、側面には先が鋭利に尖っている無数の足が生えている。かなり巨大なムカデだったが、地上に出ているのは体の半分で、実際の長さは見えている分の倍あった。

 顔には巨大なプラスネジとマイナスネジが三対、合計六本、目玉のように刺さっており、口には牙と思われる、死神が持っていそうな大きな鎌が鋭く光っていた。

「ムーッ!」

 普通のムカデとは大きさも外見もまるで異なっているムカデに、陽斗は口が塞がっていることも忘れ、悲鳴を上げる。

 しかし鋼鉄のムカデは問答無用で陽斗の体に巻きつき拘束すると、目線の高さまで持ち上げた。何かの役に立ちそうだったスマホは、持ち上げられたはずみで落としてしまった。

「目標、確認。解体ヲ実行シマス。危険デスノデ、離レテイテ下サイ」

 鋼鉄のムカデは陽斗の顔を凝視し、何かを確認すると、口から合成音声のような声を発し、クワッと口を横に大きく開いた。陽斗を頭から丸飲みするつもりらしい。

 口の中には無数の小さな刃が隙間なく生えており、それら一本一本が月の光を反射してピカピカと輝いていた。

「ムーッ! ムーッ!」

(食べないでーッ! 僕、美味しくないからぁーッ!)

 陽斗は鋼鉄のムカデから逃れようと、必死に訴え、もがく。しかし全身を締めつけられているせいで、全く身動きが取れなかった。

 ただただ悲鳴を上げ、死の瞬間を待つしか出来なかった。


       ・


 その時、天井の穴から青い光の塊が飛来し、鋼鉄のムカデの脳天に突き刺さった。それは今夜の満月のように青く輝く、一振りの日本刀だった。

「シ、シ、衝撃、確認。至急、テ、テ、撤退ヲ、ス、推奨、シマス」

 鋼鉄のムカデは「ギギギ」と、鉄と鉄がこすり合わさったような、耳障りな音を発しながら、脳天に突き刺さった刀を抜こうと、頭を振り乱した。

 鋼鉄のムカデが暴れるごとに、工場に積もっていたホコリが空気中に舞い、月光に反射して煌めく。

「ムーッ!」

 鋼鉄のムカデに捕らわれている陽斗も一緒に振り回され、絶叫する。

 しかし、刀はなかなか抜けない。それどころか、刀が刺さっている箇所から青い光の粒子と化していっていた。

「……しぶとい妖怪だな。これでは奴が消える前に、あの人間が死んでしまう」

 ふいに、天井の上から声が聞こえた。鋼鉄のムカデとは違う、人間の青年の声だった。

「ムゴ?」

(誰?)

 陽斗はムカデに振り回されながらも、声がした方を見上げる。

 声の主は、蒼劔だった。天井に空いた穴のフチに立ち、工場の中をを見降ろしている。

 蒼劔は左手からさらに刀を取り出すと、両手で柄を握り、穴から工場の中へ飛び降りた。そして空中で刀を振り上げると、陽斗に巻きついている鋼鉄のムカデの胴体を断ち斬った。

「ムゴゴッ!」

(すっごい切れ味!)

「エラー、エラー。ボディガ、著シク損傷シテオリマス。新タニ、部品ヲ交換シテ下サイ」

 斬られた胴体は刀の切断面から青い光の粒子へと変わっていき、霧散する。

 胴体が消えたことで鋼鉄のムカデは仕切りに不具合をアナウンスし続けていたが、やがて頭部も光の粒子となって消えると、静かになった。

「ムゴーッ!」

(落ちるーッ!)

 鋼鉄のムカデから解放され、陽斗は地面へと真っ逆さまに落下していった。手足を縛られているせいで、身動きが取れない。

 見かねた蒼劔が咄嗟に刀を捨て、両手で陽斗を受け止めた。

「ムゴッ!」

「無事か?」

 蒼劔は心配そうに、陽斗の顔を覗き込む。

「ム、ムゴフ……フ?」

(だ、だいじょう……ぶ?)

 陽斗は礼を言おうと蒼劔を見上げ、その特殊な出で立ちに言葉を失った。

 歳の割に白い髪、日本人離れした青い瞳、額に生えた青いツノ、纏っている衣服は白い着流しと下駄……。

 専ら「怪しい」という意味で目を引くその姿に、陽斗は美しさを見出していた。月光に照らされた髪は、毛の一本一本がテグスのように輝き、瞳とツノは青い宝石のように神秘的な光を放っている。そのため彼の整った顔立ちも相まって、人形かと疑ってしまうほど美しかった。

(綺麗な人だなぁ……おんなじ人間だとは思えないや)

 あまりの美しさに、暫し心を奪われていたが、頭を失った鋼鉄のムカデの体が轟音を立て、真横に落下してきたことで正気を取り戻した。

「ムゴッ! ムッムムゴッ!」

(うわっ! ビックリしたぁ!)

「何を言っているのか、全然分からんな」

 蒼劔は陽斗を床に降ろすと、彼の手足を縛っていた結束バンドを引きちぎり、口に貼られていたガムテープを剥がした。

 口が自由になった途端、陽斗は矢継ぎ早に蒼劔に質問をぶつけた。

「君、誰?! 何で、髪がそんなに白いの?! 若白髪?! それに目も青いね! もしかしてハーフ?! それとも、今流行りのカラコンってやつ?! おでこに何か生えてるけど、たんこぶ?! 青いし、尖ってるし、痛くない?!」

「……先程まで襲われていたわりに、元気だな。貴様」

 蒼劔は煩わしそうに眉をひそめながらも、律儀に答えた。 

「俺は蒼劔。お前が街で拉致されるところを偶然目撃し、ここまで追ってきたんだ。髪と目の色がなぜこうなのかは俺も知らんが、少なくともハーフではない。そして、額から生えているこれはたんこぶではなく、ツノ。九百年近く生きているが、今まで痛みを感じたことはない」

「九百年?! 僕のおばあちゃんより長生きじゃん! 何でそんなに若々しいの?! ヒアルロン酸のおかげ?!

それとも、DHC?!」

「何だ、それは。すまんが、残りの質問は後にしてくれ。今はここから逃げる方が先だ」

 そう言うと蒼劔は陽斗の手を引き、暗闇の中を突き進んでいった。陽斗が床に散らばったスマホと携帯電話に足を取られぬよう走るのに精一杯なのに対し、迷いのない軽やかな足取りで進んでいく。

 何処をどう走ったのか、やがて二人は工場の出入り口らしき大きな鉄の扉の前にたどり着いた。見上げるほど大きく、頑丈そうな扉だった。

「重そうな扉だね。どうやって開ければいいんだろう?」

「こうする」

 蒼劔は片方の扉を躊躇なく、蹴りつけた。

 すると、扉と壁を繋いでいた留め具が根本から折れ、扉は勢いよく吹っ飛んでいった。工場の外に生えていた雑木林をなぎ倒し、数メートルほど進んだところで、扉はようやく止まった。

 予想外の扉の開け方に、陽斗は呆気に取られた。

「ご……豪快だね!」

「いいから行くぞ」

 扉を吹っ飛ばした本人は見慣れているのか、開墾された雑木林には目もくれず、陽斗の手を引いて足早に工場を後にした。

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