贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那
緋色刹那

拾:鬼と過ごす学園生活

公開日時: 2021年7月12日(月) 20:00
文字数:3,282

 土日を挟んだ、月曜日。

 陽斗はいつものように学校へ行き、教室のドアを開いた。

「陽斗! これ、見ろよ!」

 すると、珍しく先に登校していた成田がスマホ片手に駆け寄ってきた。

「どうしたの? 成田君」

「どうしたもこうしたもねぇよ! この前言ってた廃工場、いつの間にか倒壊してたんだよ!」

 成田が見せたスマホの画面には、ガレキの山と化した廃工場の写真が映っていた。

 SNSに投稿されたものらしく、写真の下のコメント欄には「ショック!」「行きたかったのに!」と悲しみの声が上がっていた。

「テレビのニュースでも取り上げられてるし、マジっぽい! おかげで、うちの部長がカンカンでさぁ……代わりに行く心霊スポットの候補を十箇所、終業式までにリストアップしてこいなんて言うんだぜ?! 無茶言うよなぁ」

 成田は部長への不満をこぼし、深くため息をつく。

 一方、廃工場の写真を見ていた陽斗は不思議そうに首を傾げた。

「うーん、おかしいなぁ。僕が行った時は壊れてなかったのに」

「え、陽斗行ってきたの?! いつの間に?!」

「いや、行ってきたというか、連れて来られたというか……蒼劔君、このこと知ってた?」

 陽斗は隣で一緒に成田のスマホを見ている蒼劔に尋ねた。

 蒼劔はいつになく険しい眼差しで写真を凝視しつつ、「知らなかった」と否定した。

「おおかた、黒縄が癇癪かんしゃくを起こしたのだろう。無理もない……俺に獲物を横取りされた上に、車まで奪われたのだからな」

「そっかぁ。なんか悪いことしちゃったなぁ」

「悪いのは黒縄だ。気にやむ必要はない……って、おい」

 ふと、蒼劔は今いる場所が学校だと思い出し、陽斗を睨んだ。

「学校にいる間は俺に話しかけるなと、何度も言ったはずだが?」

「あれ、そうだったっけ?」

 陽斗は危機感の欠片もない顔で、蒼劔を見る。

 未だ現状を理解しきれていない様子の陽斗に、蒼劔は「見ろ」と成田を指差して見せた。成田は蒼劔と話す陽斗を見て、心配そうにしていた。

「陽斗、大丈夫か? ソーメン君って誰だ? 腹が減り過ぎて、ソーメンの妖精でも見えてるのか?」

「ソーメン君じゃないよ、蒼劔君だよ! ほら、ここにいるでしょ?」

 陽斗は蒼劔の手を引き、成田の目の前に立たせてみせた。

 それでも成田は蒼劔に気づかなかった。自分と陽斗の間を蒼劔で遮られているにも関わらず、その場に立ったまま「いや、いねぇって」と答えた。もし見えているのなら、陽斗の顔が見えるよう、蒼劔の背後から身を乗り出して答えるはずだった。

「言っただろう? 俺の姿は普通の人間の目には見えない、と。お前が俺と話しているつもりでも、周りの人間にはお前が誰もいない空間に向かって話しているようにしか見えないんだ。この成田という男は心配ないが、人間の中にはお前のように"見える"人間を迫害する輩もいると聞く。他の者には極力気取られぬよう、注意しておけ」

「はーい」

 陽斗は忠告されたそばから、律儀に返事をした。

「……だから、言うなと言っているだろうが」

「陽斗、どうした? またソーメンの妖精が出て来たのか?」

 再び理解しようとしない陽斗に、蒼劔はあからさまに顔をしかめる。

 成田も、急に返事をした友人をより一層心配した。もっとも、成田の姿はは蒼劔の後ろに隠れて見えなくなっていた。

「腹減ってるなら、コンビニで買ったカレーパンでも食べるか? カレー、好きだろ?」

「え、いいの?! やったー!」

 陽斗は蒼劔の後ろからひょっこり顔を覗かせ、成田のカレーパンを受け取った。腹が減っていたのは本当だったので、すぐに袋を開け、中に入っていたカレーパンにかぶりついた。

「ホームルームが始まる前に食べきるんだぞ? 食べながらじゃ、さすがに怒られるからな」

「わふぁってるー。ありふぁとね、成ふぁ君」

 陽斗はカレーパンを咥えたまま自分の席へ座り、ゆっくりとカレーパンを堪能した。揚げパンの油っこい生地と、スパイシーなカレーの旨味が、口の中で絶妙にマッチしていた。

 その時、陽斗の背後にある掃除道具入れがガタガタと動いた。

「ん……? 何かいるのか?」

 蒼劔はいち早く異変に気づき、掃除道具入れへ近づく。

「贄原君、成田君、おはよう」

 そこへ飯沼も教室に入ってきた。珍しく陽斗よりも遅い登校だった。

「飯沼ちゃん、おっはよー!」

「おふぁよー」

 成田と陽斗も軽く手を挙げ、挨拶を返す。陽斗はカレーパンを頬張っていたため、口がモゴモゴしていた。

「カレーパン食べてるの? いいわねぇ」

「成田君からもらったんだー。飯沼さんも半分食べる?」

「いや、私は」

 いいかな、と続けようとしたところで、飯沼は掃除道具入れを見てギョッとした。

 凍りついたように固まり、掃除道具入れを凝視する。ひどくショックを受けている様子だった。

「うそ……」

「飯沼ちゃん、どうかした?」

 成田は飯沼の異変を察し、心配そうに声をかける。陽斗はカレーパンを食べるのに夢中で、気づいていなかった。

 すると飯沼はハッと陽斗を振り返り、怒りの眼差しを向けた。

「ッ!」

「? あ、やっぱ半分いる?」

 陽斗は飯沼の目つきが変わったことに気づかず、呑気にカレーパンを半分割り、差し出す。

 飯沼はしばらく陽斗とカレーパンとを見比べていたが、

「……いらないわ。贄原君が全部食べて」

 と、ほっと息を吐いた。その頃にはいつもの飯沼に戻っていた。

「そう? じゃ、食べちゃうね」

 陽斗は飯沼に差し出していたカレーパンの半分を一気に頬張ると、あっという間に飲み込んだ。

「陽斗、飯沼ちゃんを怒らせるようなことでもしたのか?」

 先程の飯沼の眼差しを見ていた成田は、こっそり陽斗に尋ねる。

 すると「ううん、違うの」と代わりに飯沼本人が答えた。

「さっき、掃除道具入れがひとりでに動いた気がして……でも気のせいだったみたい」

「へ? 掃除道具入れ?」

「いやいや、掃除道具入れが勝手に動くなんて、あり得ないって」

 陽斗と成田は半信半疑で掃除道具入れに視線を向けた。

 そこには掃除道具入れの前で、己と同じくらいの背丈の筋肉隆々な犬と格闘する蒼劔がいた。犬は二本足で立っており、かつ四つ目で、明らかに異形の犬だった。

「何なんだ、この犬! えぇい、さっさと手を離せ!」

「ワン! ワワワン!」

 蒼劔は左手から刀を抜こうとするが、犬に両手を掴まれているせいで抜けない。腹や脚部を蹴りつけ、怯ませようともしたが、異常に鍛え抜かれた犬の体には全く歯が立たなかった。

 時折、犬の体が掃除道具入れにぶつかり、揺れる。それが常人である飯沼と成田にはひとりでに掃除道具入れが揺れているように見えているらしく、「また動いた!」と驚いていた。

「あの掃除道具入れ、どうなってるの?! 誰も中に入ってないのに!」

「こりゃ、本物のポルターガイストだ! 早く録画しねぇと!」

 オカルト好きの成田は慌ててスマホのカメラを掃除道具入れに向ける。

 他のクラスメイト達も「なんだなんだ」と騒ぎに気づき、掃除道具入れの周りに集まってきた。

「わー! 撮らないでー!」

 陽斗は他の者には蒼劔の姿が見えないことをすっかり忘れ、慌てて成田のスマホのカメラを手で遮る。

「陽斗、邪魔するなよ! この映像を部長に送ったら、宿題チャラにしてくれるかもしれないだろ?!」

「ダメ! 確かに、蒼劔君とマッチョな犬が格闘してるところは、見ててちょっと面白いけど、宿題は自力でやって!」

「面白がってないで、助けろ!」


       ・


 その後、ホームルームが始まると同時に犬は教室の外へ逃げ出し、蒼劔も犬を追って出て行った。

 帰って来たのは、帰りのホームルームが終わった頃で、犬が掃除道具入れに逃げ込んだところを貫き、消滅させた。

「……結局、一日振り回された」

「蒼劔君、おかえりー。そろそろ帰るよ」

 成田と飯沼はそれぞれ用事があったため、陽斗は蒼劔と二人で帰った。

「せっかくだし、蒼劔君の歓迎会しよっか! 何か食べたいものある? あんまり高くないやつで」

「では……小豆のアイス」

「小豆、好きなの?」

「あぁ。小豆以外の食べ物には興味がない」

 常人には、陽斗が一人で喋りながら帰る寂しい少年に見えるに違いない。

 しかし実際の彼の隣には、頼もしい正義の鬼がいた。


(第1話「映える心霊スポット」終わり)

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