「古代ギリシャにおける妖術や呪術は、ギリシャ語でゴエーテエアというのです。つまり、その言葉のラテン語を、ゴエティア……つまり、それはレメゲトンの一つの書で、もっとも有名なんですね。ゴエティアは儀式魔術を意味しているんですが、同時に喚起魔法ともいわれている魔法が載っています。はい。そして、その喚起魔法とは邪悪な悪霊などを呼ぶ魔法として、人間をゾンビ化できるはずなんです。……恐らく、アルス・ノウァという……レメゲトンにある書なんですが。それは、逆にゾンビ化が治る魔法が載ってあるはずなんです……」
「レメゲトンとはそんな風に?! ああ、アーネスト……無事でいて……」
オーゼムの言葉に、真っ青な顔をしてアリスを介抱していたヘレンは、レメゲトンに畏怖と不可思議な興味が湧いてきた。
「さあ、モートくん。これで方針はだいたい決まったようなものですね! 皆さんを守ると共に、レメゲトンもなんとしてでも奪い返すのです! そして、勿論、黒幕はレメゲトンの近くにいます! ……何かの儀式を、今もしていることでしょう」
「わかった……よ」
そう言い残したモートは、片隅の質素な椅子から、いつの間にか姿がどこかへ消えていた。
ヘレンが窓際を再び覗くと、館外にさながら、黒い突風が走っていた。それは黒いロングコートを纏ったモートが一直線に、イーストタウンへと辺りのゾンビを肉片共々吹き飛ばしながら向かっていた。
モートは考えた。
街の人々を救うためには、死者となってしまった肉体の活動を停止させることだ。そして、急いでアーネストとシンクレアとミリーも探さないといけなかった。
イーストタウンまでモートは、激しい落雷と嵐のような赤黒い雹の中。元はホワイトシティという雪の街だった地獄を、ゾンビを突き飛ばしながら数十ブロックも走り通した。
やっと、イーストタウンのシンクレアが住む中心部にたどり着いた頃には、モートの黒いロングコートは、ゾンビによる汚れた血を吸って真っ黒だった。
モートは、渋々。
近くの水飲み場でロングコートを洗った。
辺りは真っ赤なゾンビのうめき声が今も木霊していた。
スラブ街の方からもゾンビが徘徊し、おおよそ人が住んでいた活気溢れるイーストタウンの面影は木っ端微塵に砕け散っていた。
そこはすでに、赤黒い雹によって、ノブレス・オブリージュ美術館と同じ阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
モートはロングコートを洗い終えると、水飲み場から、少しだけ慌てながら、シンクレアとミリーを探そうとしたが……。
その時、馬の蹄の音が路地裏の方からしてきた。モートがそちらをよく観察してみると、それは馬に乗った黒い剣を持つ仄暗い骸《むくろ》だった。
どうやら、ゾンビアポカリプスの中での黒い魂だったので、さしずめ黒幕側が差し向けた敵なのだろうと、モートは考えた。あるいは、スラブ街で育った悪人だ。だが、このところ、敵はアンデッドばかりだった。何か関連があるのだろうか?
そう考えると、モートは銀の大鎌を素早く構えた。
瞬間、空から降り散る。赤黒い雹がその激しさを増した。が、同時にモートは黒の骸へ飛び掛かった。
乾いた音が辺りを襲う。
一瞬で、黒の骸は、頭から馬の足まで真っ二つになっていた。
骸の乗っていた馬の二つに分断された背から、足に掛けて、おびただしい鮮血が舞う。
アンデッドなので脆いのだ。
だが、モートはできるだけ早くに、シンクレアとミリーを探すことにした。モートがゾンビ以外の音を聞こうと、耳をすますと、今度はスラブ街の方で激しい銃撃戦の音がした。
新鮮な血の臭い漂う密集されたスラブ街は、ゾンビが溢れかえっている。とうとう、向こう側の道路の端まで溢れかえってしまい。それを一軒の平屋建ての中から、雄々しく黒いスーツを着た男たちがトンプソンマシンガンで蜂の巣にしていた。
元はアンデッドと化したホワイトシティの住人だが、……ゾンビは人を襲うようだ。そう考えたモートは、仕方なく。黒いスーツ姿の男たちを助けるため。ゾンビの首を狩っていった。
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