男は馬に乗ると「その時がもうすぐ来るんだ」と言い残し、電車の窓を突き破り飛び立った。
電車の床は無事だった。どうやら、黒い馬は幽霊のようにあるいはモートのように床を通り抜けたのだろう。だが、車窓は別だった。大きな穴が空き。人々が幾人か外へと落ちていく。それと同時に凄まじい吹雪が車内で荒れくるった。
アリスとシンクレアは悲鳴を上げうずくまった。
「そんなに大きな悲鳴を出さないでください……もう大丈夫ですから」
屈んでいるアリスの肩に誰かが手を置いた。振り向くとオーゼムが一人立っていた。オーゼムの周りにも混雑時の人々は近づけないかのように寄ってこない。そこだけが人の波は来ないのだ。
大きく破れた車窓から逃げ出した人々の波を気にせずに、オーゼムは窓の外へ目をやった。
「もう、大丈夫です。これなら怪我人もいませんね。さて、お嬢さんたち聖痕を持つ少女のところへと行きましょう。そこならもう安全です。何故ならモートくんが先頭車両でゾンビたちを狩っていますので、こちらには寄ってこないのですよ」
屈んで震えていたアリスとシンクレアはホッとして、いつもの表情を取り戻した。
―――
モートは先頭車両で車内一杯のゾンビを狩っていた。
まるで溢れかえるように、皮が剥がれていたり、引きちぎられたりと、真っ黒な身体をしたゾンビが襲ってくるのだ。ある者は腐乱死体。ある者はつい最近まで人間だったかのような白い肌が見え隠れしている。
車窓の外は大雪が血の雨と変わりつつあった。
どうやら、ゾンビは電車に轢かれて死亡した人達なのだろうと、モートは考えた。その証拠にここセントラル駅の近くの共同墓地には、大きな穴が空いた中身のない墓が散乱していた。
ゾンビは墓からも来る。
至って単純なことだった。
だが、モートはそのことに気がついていたのだ。
腐臭で満杯になった車内で、モートは車窓の方へ一時首を向けた。血の雨によって、真っ赤になりだしたそれぞれの車窓を眺めて、少し焦った銀の大鎌を握り直した。
モートは、瞬間的に上方を真横に狩った。五体のゾンビの首が吹っ飛ぶ。
それからモートはそのまま銀の大鎌を斜めに降ろし、三体のゾンビの腹を右肩から裂いていった。
溢れかえるゾンビも徐々にその数が減って来ていた。
モートは額に浮いた汗を片腕で拭うと、このローカル線の運転手に手を振った。今までモートとオーゼムがこっそりと電車を停車しないでくれとお願いしていたのだ。
電車が止まれば、停車した場所の周囲にゾンビが溢れてしまうからだ。
自由を得たゾンビはやはり生命には危険だと思えた。
と、車内の連結部分のドアが開閉の音を発した。
モートが音のした方へ首を向ける。
ドアから乗客である男が一人だけ現れた。こちらに普通に歩いてくるのだ。ドアの向こう側にも乗客がたくさんいるのだが、皆うずくまって微動だにしていなかった。
不審に思ったモートは注意深くその男を観察する。
連結部分(つなぎ目)からは遥か後方にオーゼムの何色にも見えない魂が垣間見える。そこには、大切なアリスがいるのだ。
車窓から外は、種々雑多な建造物を真っ赤に彩る取り分けて激しい血の雨が降り続けていた。
車窓から見える景色はどこも真っ赤だ。
男はごく普通のサラリーマンだった。メガネを掛けてこちらにネクタイを緩めながら丁寧なお辞儀をしてきた。だが、微かにその男からは腐敗臭がした。
魂の色はこの上なく黒。
モートは即座に右手を真横にヒュッと振った。
一瞬で男の首が真上に吹っ飛んだ。血飛沫が電車の天井に向かって彩りを与えた。男が崩れ落ちると、男の首は足元へと落ち音もなく転がっていった。
しかし、倒れたはずの男は首なしの状態でも、ゆっくりと起き上がりだした。そして、即座に片手を挙げる。
途端に走行中の電車の屋根が無数の小さな跳ねる音でうるさくなった。
鳥の足音だろうと、モートは直観的に思った。
モートは天井へと飛び込んだ。
電車の天井を通り抜けて、血の雨で真っ赤になった電車の屋根に着地すると、焦ってアリスたちの元へと全速力で走った。
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